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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第八章 冬、訊ねが続く

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俺が断ったのは、名を知らない相手だった

 土が凍ってからは、音が短くなった。桶を石の縁へ置くと、置いたところで切れる。前は土が吸って、少しあとまで残った。

 割る場所から上がってくる斧の音も、途中で細くならない。届いて、それきりになる。坂の下の話し声も、聞こえはじめと切れるところだけが分かる。

 道は、昼になっても戻らなくなった。踏んでも沈まない。荷があるときは、そのほうが楽だ。気をつけるのは、足が横へ逃げないように踏むことだ。

 朝の白いところは、踏んでも下の土が出ない。前は出た。夜のうちに降りたぶんが、日のあるあいだも残るようになった。


 置き場の袋は、腰まで下りた。四度目のぶんを出して、四日になる。去年の冬も、このころは、このへんだった。

 下の二段は麦だ。そこは出さない。北の柱ぎわは前より広く空いて、風がまっすぐ抜ける。麦の袋は、抜けない側へ寄せた。

 種にするぶんは、いちばん下にある。手をつけるのは、雪の消えたあとになる。

 去年は、器を落とした者がいた。今年は、まだ聞いていない。


 俺が運ぶのは、北のはずれの二軒ぶんだ。朝と夕に一度ずつ、桶を提げて上がる。凍った道では、桶が振れてから足で直せない。振れる前に、肩で止める。

 手前の一軒は、戸の内まで入れる。奥の一軒は、戸のわきの台へ置く。台の高さは、去年、婆さんの肘に合わせて足した。低いと、下ろすときに膝を折ることになる。

 台に置くと、桶の底が半分、外へ出る。婆さんが引くときに、そこへ指がかかる。

 井戸の縁は、こぼれたぶんが日ごとに厚くなる。桶の底で押しても、もうずれない。朝のうちに割って、割ったぶんは外へ投げる。汲むときは、縁の氷へ桶を当てないようにする。当てると、割ったところが広がる。

 奥の婆さんが出てきて、桶の縁に手をかけた。

「今年は、ここまで運んできたろう」

「道が通りましたので」

「去年は、出す日に行けなんだ。あれで、ひと冬もつ。助かった」

 言っているのは、蓄えのぶんのことだ。婆さんは戸の内へ下がって、桶には手をつけない。あとで自分で入れる。

 娘の家の水瓶から、鶏のぶんを取った。減りが遅い。二日に一度足せば足りる。


 坂の下で、蹄の音がした。凍ってからは、音が高い。数は一つだ。


 村長の家の前で、馬は前と同じ柱につないであった。鼻の先から、息が上がっている。

 鞍のうしろは空いている。来て、その日のうちに帰る支度だ。

 馬のいるところだけ、土が湿っている。息と、鼻から落ちたぶんだ。凍らずにいるのは、そこだけだ。

 ローレンツは手袋を外しているところだった。外したぶんを、片方ずつ腰帯へ挟んだ。旅装の上に重ねた一枚は、この前と変わらない。襟が立ててある。

「お返事を承りにまいりました」

 濡れた手を上着でぬぐって、そばへ行った。

 先に一つ、俺のほうから聞いた。

「その前に、いくつか教えてください」

「かまいません。私にお答えできますところで、お答えいたします」

「相手はどなたです」

「お名は、主家が承っております。外へ出すな、との仰せでございますので、私からは申し上げられません」

「主家は、知っているんですね」

「存じております」

「知っていて、こちらへは出さない」

「そのように申しつかっております」

「断れば、それで仕舞いになりますか」

「お断りは、お伝えいたします」

「伝えたあとは、どうなりますか」

「先方がどうなさるかは、主家へも下りてまいりません」

 馬が土を掻いた。掻いたところから、湿った土が出た。

「主家では、断らなかったんですね」

「お断りのできるお相手でございましたら、主家が先にお断りしております」

 村長が戸に手をかけた。あけも閉めもしないでいる。

 言い方は、道の日数を言うのと変わらない。持ってきた言葉ではない。聞いたから、そのぶんだけ出てきた。

 主家は、この村の領主だ。その家が断らずにいる相手が、上にいる。いま増えたのは、それだけだ。

「もう一つ、訊かせてください」

「はい」

「前に枠で行った子に、会いたいと言ってきた者はいましたか」

「おりません。お訊ねのほうは、前の子たちにもございました。会いたいという申し入れは、つむぎさんが初めてでございます」

「四人とも、無かったんですか」

「四人とも、ございません。枠で参りました子の控えが、主家にございます。読んでまいりました」

 この人は、読めるものを読んで、言えるものを持ってくる。

 四人のうち二人までは、名と年を聞かれて、それで終わっている。終わっていないのは、うちだけだ。

 条件を三つ取ったときは、目の前に相手がいた。何を欲しがっているかが分かって、どこまでなら呑めるかも、顔を見ていれば見当がついた。取れたのは、そのぶんだ。

 今度も、相手はいる。名もある。名は主家まで来て、そこから先へ出てこない。

 会わせるとなれば、名の分からない相手の前へ、娘を一人で出す。俺は村にいる。何かあれば、紙か使いが来る。着くころには、済んでいる。

 条件が付けられるなら、付けて出す。付けられないなら、出さない。

「会わせません」

「承りました」

「日を置いても、同じです」

 ローレンツは手綱を柱から外した。輪が二つ残って、それを腕へ掛けた。

「そのままお伝えいたします」

 鞍へ上がると、袖の先を一度だけ引いた。蹄の音は、坂を下りきったところで、聞こえなくなった。

 条件は、相手と結ぶものだ。結ぶ相手が出てこないなら、足すところが無い。この人に足しても、届く先はこの人までになる。

 目の前にいる相手なら、断ったあとの顔が見える。顔が見えれば、次に何が来るかの見当はつく。持って帰るのは、俺の言った言葉だ。紙にしていない。

 断りが向こうへ着いたかどうかは、先方が何か言わないかぎり、俺のところへは来ない。着かないまま日が経つのと、着いて黙っているのとは、同じ形に見える。

 村長は、戸をあけて出てきた。柱のところの土を、靴の先で二度押した。

「北のはずれの台は、去年より高いのか」

「肘に合わせて足しました」

「なら、こぼれんな」

 村長は家へ入った。戸は、開けたときより強く閉まった。


 坂を上がりきるころには、足もとが見えなくなった。踏んだところは、朝までこの形で残る。

 鶏は、坂を下りるまえに入れてある。

 戸を引くと、湯の音がしていた。台の前に文乃がいる。手前に鉢が二つ出ていて、蓋はどちらも取ってある。

 台の上の鉢は、冬に入って数が減った。夏のあいだは、置くところが足りないと言っていた。

「使いの人が来た。返事は持って帰った」

「……なんて」

「会わせないと言った」

 炭が、行のなかばで止まった。止まったまま、行の頭のほうへ戻った。

「……相手は」

「向こうも言わない。主家は知っている。名を出さないのは、先方がそう言っているからだ」

「……知っていて」

「知っていて、出さない」

 湯が鳴りはじめた。鍋のほうへは行かずにいる。

 炭の先が、指のあいだで一度まわった。まわして、また同じ持ち方に戻った。

「断ったら終わりになるのか、と聞いた。伝えるとだけ言われた」

「……伝えて、それで」

「伝えたあとのことは、あの人のところへも来ない」

 紙の端に置いた指は、そのままだ。

「あの人が、一つ言った。断れる相手なら、主家が先に断っている、と」

「……主家が」

「そういうことになる」

 文乃の口が動いて、声にならなかった。手が束のほうへ行って、途中で戻った。

「つむぎには」

「……言うの」

「言えば、あの子はそれを持ったまま、向こうにいることになる」

「……持たせないほうが」

「あの子は、行くかどうかを自分で言った。今度のは、こっちで決めた」

「……あとから言っても、間に合う?」

「間に合う。人は季節の節目に来る。それまでに、日はある」

 蓋を戻す音が、二つした。

 こっちで決めたものを、あの子は知らないままでいる。知らないままでいるあいだは、こっちが持っている。

「書きそこないの裏を、一枚くれ」

 束の下から出てきた。字のあるほうを下にして、こっちへ向けて置かれた。

 紙を一枚もらって、俺は台のはしへ寄った。はじめの行に、こっちは変わりがないと書いた。次の行で、炭が止まった。

 炭を置いた。指の腹が黒くなっている。


 外へ出ると、足の下で土が鳴った。風は無い。

 軒の下の板には、布がかけてある。布のはしは、下のほうだけ硬い。夜のうちに湿ったぶんが、そのまま凍った。

 布をあげて、板を少し起こした。

 書きかけの紙を、板の下へ置いた。


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