↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第八章 冬、訊ねが続く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/74

娘に何ができるかを、主家は答えなかった

 置き場の袋の面は、胸の下から手のひら一つぶん下がっている。二度目に蓄えを出した日で下がったきりだ。

 筵はその日の夕方に戻した。杭は打ち直していない。縄は秋に結んだままで、風の来る側だけを長く残してある。引くと、そちらが先に締まる。

 土台の南に噛ませた平たい石は、へこまずに残っていた。袋を下ろすとき、みな同じ側へ乗る。沈むようなら、もう一枚足す。今年は要らない。

 袋は上から取る。下の二段は麦で、今年のぶんはその上だ。外から積んであるので、上の面は真ん中がわずかに高い。低いほうから先に減る。

 配るぶんは、家ごとに何人いるかで決まっている。決めたのは、俺ではない。村のほうだ。三度目の日も、もう決まっている。

「そこの石、いつ噛ませた」

 置き場の裏からヨナスが出てきた。皮を剥いた丸太を一本、肩に載せている。皮は端のほうだけ残っていて、そこが白い。

「村長が来た日の、日のあるうちです」

「道理でな。おれが乗ったときは、動いた」

 ヨナスは丸太を下ろして、柱のわきへ立てかけた。端が土に少し入った。柱のその高さだけ、木の色が薄い。去年からそこに立てかけている。

「上のまん中は、藁を足したところがまだ黒い。乾くまでは、上がるな」

「上がりません」

「上がるやつがいるんだ。毎年な」

 ヨナスは手のひらを二度打ち合わせて、木屑を落とした。それから上の道へ戻っていった。声は坂の上のほうまで続いた。こっちに言っているのではない。

 井戸の縄は、水を一杯かけたぐらいでは戻らなくなった。二杯かける。二杯目は縄の下側へ回してかける。凍るのは、いつも下側からだ。

 畑のあいだの道は、朝に踏むと音がして沈む。前は昼のうちに戻っていた。いまは夕まで硬い。硬いほうが担ぐには楽だ。桶が振れても、足がとられない。

 一軒ぶんを運びおえて、鶏に餌をやった。水は娘の家の水瓶から汲む。井戸より近い。餌の入れものは干し場のわきに置いてある。動かすと、三羽とも先にそっちへ行く。


 昼を回ったころ、村長が坂を上がってきた。上着は着ていない。息が上がっている。上まで一息で来たらしい。

「使いの人だ。おまえに用があるとよ」

「いま行きます」

 村長の家の前に、馬がいた。一頭で、荷は無い。鞍の上に、たたんだ布が一枚のせてある。

 ローレンツは戸口から出てきた。旅装の上に、もう一枚重ねている。前に見たときは着ていなかったものだ。袖の先だけがこすれている。手綱を持っていた側だ。

「直さん。主家からまいりました」

「ローレンツさん」

「お伝えすることがございます」

「うかがいます」

「つむぎさんのことを、またお訊ねになった方がございました」

「またでしたか」

「またでございます」

 前と同じ人かどうかは、この人にも分からないという。取り次いだ者が、前とは別だそうだ。別の者が受けたぶん、言葉は書き取ってある。書き取ったものを、この人は読んできている。

「何を訊かれましたか」

「何ができるお子か、と。訊かれたのは、その言葉のままでございます。先方からも、それ以上は承っておりません」

 俺は、いま聞いた言葉をもう一度、頭のなかへ置き直した。三つではない。一つだ。

「主家は、なんと答えましたか」

「お答えしておりません」

「答えなかったんですか」

 村長が戸口のところで足を止めた。

「お名と、お年と、村のことは、お答えするものでございます。できますことは、お答えしておりません。家のことでございますので」

「前のときは、答えたと言いましたね」

「答えました。訊かれたのが、名と年と村でしたので」

「なぜ、できることは答えないんでしょう」

「答えるものと、答えないものが、家によって決まっております。主家では、できますことは答えません。どこまでが家のことかは、家ごとに違います」

 馬が首を下げた。前足を一度替えて、また止まった。柱に手綱をひと巻きしてあるだけだ。結んでいない。

 ローレンツは、はじめに立った場所から動いていない。足もとの土は、踏み固まらずに乾いたままだ。手は腰の前で合わせている。紙は持っていない。

「名は、まだ下りてきませんか」

「下りてまいりません」

「こちらへ人が来る話は」

「出ておりません。出ましたら、お知らせにまいります。今日も、そのつもりでまいりました」

 こっちから足せる条件は無い。俺が増やせるのは、知らせてもらうことだけだ。

「訊かれたことは、答えても答えなくても、こちらへ教えてください」

「承ります。主家へも、そのように申し上げます」

 ローレンツは鐙の革を一つぶん詰めた。指を入れて、あいだを見た。それから足をかけた。上がると、腰を鞍の前へ入れた。

 馬は坂の下で、前と同じように東へ向いた。蹄の跡は、乾いた土に浅くしか残らない。

 村長が門のところから戻ってきて、坂の下を見た。

「答えたのか」

「今度は、答えなかったそうです」

 村長は口をすぼめた。それから、置き場のほうへ顎をやった。

「三度目の日の前に、文乃さんの紙を見せてもらう。何が先か、決め直す。明日の昼前でいいか」

「今日、伝えます」


 坂を上がりながら、聞いたことを並べ直した。

 名も、年も、村も答えた。できることは、答えなかった。

 伏せてもらった、と読める。外へ出さないと決めた、とも読める。同じ一つの返事だ。どちらなのかは、あの人に訊いても出てこない。決めているのは、あの人ではない。

 井戸の前で桶を持ち替えた。夕のぶんだ。上の段の家は、器を出したままにしてある。中身が減っているのは、耳の遠い人のいる家のほうだ。使う量は、こっちの都合では動かない。


 戸をあけると、炭のにおいがした。文乃は台の奥へ紙を寄せて、こっちを見た。台の手前に、書きおえた一枚がある。端が汚れないように、字のあるほうを下にしてある。

「使いの人が来た」

「……つむぎのこと?」

「無事だ。そっちじゃない」

「主家に、つむぎのことをまた訊いた人がいる」

「……こんども、名前と、年と」

「今度は、何ができる子か、だ」

 文乃は炭を持ったまま、手を膝の上へ下ろした。炭の先は、紙に触れていない。触れれば、そこに点が残る。

「……答えたの」

「答えなかった」

 文乃は炭を台へ置いた。置いた音がした。

「名前と年と村までは答える。できることは答えない。家のことだから、と言っていた」

「……家の」

 文乃は台の上の紙を一枚だけ手前へ引いた。指で端をそろえて、そのまま置いた。手を離してから、もう一度端を見ている。ずれてはいない。

「……つむぎは、知らないのね」

「知らない」

「……知らせる?」

 次に人が来るのは、季節の節目だ。書いて渡しても、向こうへ着くのは四日か五日あとになる。読むのは、そのあとだ。返事が村へ来るまででは、その倍になる。

「あの子は、書いたぶんを数える」

「……数えるわね」

 文乃は写しかけの紙を裏返して、束のあいだへ入れた。入れた場所に指を挟んだままでいて、それから抜いた。抜いたところから下が厚い。書きおえた紙が下へ溜まる積み方で、上へ足していくやり方ではない。

 次に人が来るまでには、日がある。


 夕方、鶏を入れた。小さいのから入れる。逆にすると、外で騒ぐ。

 娘の家の干し場の竿が、片がわの受けから浮いていた。夏に取り込んだきりだ。受けの下へ木を一つ噛ませて、まっすぐに戻した。雪が乗ってからでは、手間が要る。竿そのものは折れていない。受けのほうが先に痩せた。

 村長が明日来ることを言うと、文乃の目は、紙の行から動かなかった。

「……朝じゃなくていいの」

「昼前だ」

 文乃は行の頭へ炭を戻して、続きを書きはじめた。


 外へ出た。風が止まっている。

 土のにおいが上がってこない。冷えは、朝のとは底が違う。指の先ではなく、耳のうしろから来る。息が、目の高さより上まで行かない。

 軒の下の薪を、乾いたほうから土間へ運んだ。二日ぶんある。三日ぶん入れると、奥の濡れたほうへ手が届かなくなる。運んだあとの軒の下は、前より広く空いている。

 鶏の桶は、いつもは洗って戸のわきへ伏せておく。朝にそのまま使える。

 俺は、外の桶を軒の内へ入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。