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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第八章 冬、訊ねが続く

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知らない子がわたしのいきの入れかたを言っていた

 上のほうから、靴の音が下りてきた。

 一つじゃない。三つか四つが、段のとちゅうでいっしょになって、下でまたばらばらになる。石の段は、まんなかがへこんでいる。へこんだところを踏む子と、はしを踏む子とで、鳴りかたがちがう。

 起きた。ミナは、もう寝るところに座って、靴のひもを結んでいた。

「早いね」

「音がしたから」

「あの音ね、いつもおなじ子たちなの。いちばんはじめに下りていくの。朝のところで、はしの台に座ってるでしょ。あの子たちだよ」

「知らない」

「見てないだけだよ。ね?」

「うん」

 上着を着た。首のところのひもは、村で結び直してもらったところに折れ癖がついている。指でのばしても、おなじところがまた折れる。

 板は、うらを上にして、寝るところのはしに置いてある。かえるまでのぶんの棒は、帰ってきた日に手のひらで消した。手のひらは黒くなって、洗ってもすぐには落ちなかった。

 瓶の水は、蓋のところまで足してある。入れる人がいるはずなのに、音は、わたしのいるあいだには聞こえない。

 廊下は、朝がいちばん冷たい。靴の下から来る。走ると足のうらだけあたたかくなって、止まると、また下から来る。

 下へ下りて、朝のぶんをもらった。ミナは、食べるまえに紙を一枚、上着の内がわへ入れた。

「なにするの」

「あとで書くの。もらったら、先に入れておくの。台のところに置いておくと、ぬれるでしょ。桶を持って通る人がいるから」

「ぬれたこと、あるの」

「あるよ。いちどだけ。はしのところが波になって、書くと炭がにじむの。だから、それからは入れてるの」


 食べおわって、外の戸のほうへ歩いた。

 壁ぎわに、子が二人いた。

 ひとりは、水を溜める日に、となりの器の前にいた子だ。あの日、床に残った器は、その子のとわたしのだった。もうひとりは、知らない子だ。

 となりの器だった子が、両手を口の前に上げた。

「はじめに、いきをいっぱい入れるんだよ。あとから足すと、切れちゃうから」

 知らない子は、口をあけて吸ってみせた。肩が上がった。

「そんなに?」

「そんなに。おなかのところが、かたくなるまで」

 言いかたが、わたしのだった。声だけがちがう。

「だれに聞いたの」

「つむぎに聞いたの」

「つむぎ」

「髪をうしろでくくってる子。溜める日にいたでしょ」

 知らない子は、もういちど吸った。今度は、肩が上がらなかった。

「ありがとう」

 二人は、中のほうへ入っていった。歩きながら、まだ入れている。前を行く子の背が、いちど大きくなった。

 戸のしたのすきまのところだけ、石の色がうすい。そこへ靴のさきを置いてから、わたしは歩きだした。

 歩きながら、わたしも入れてみた。三つぶんより、すこし多く。字と数のへやまでは、持たなかった。


 机は二人で一つだ。ミナが先に座って、紙をまん中に置いた。紙は、ひとり一枚だ。

 板は、先に膝の上へ出す。うら返して、炭で線を一本引く。線から上が字で、下が数だ。数のほうは、右のはしを三つぶん空けておく。ずれるのは、いつも右のはしだからだ。

 板に引いてから、紙に書く。板は消せる。紙は消せない。

 前の板に、ハンネスが字を書いた。書くと、粉が下へ落ちる。

 板の字を、わたしははしから読んでいった。きのうは、四つ目でつかえた。今日は、五つ目まで行った。つかえたのは六つ目で、上のところが二本に分かれている。塾のには、無かった形だ。

「つむぎ、いま読んでたでしょ」

「よっつめまでは、きのう。きょうは、いつつめまで行った」

「むっつめは、まだ習ってないよ。上が分かれてるのは、あとで出てくるの。ひとつずつ出てくるから、いま読めなくてもいいんだよ。分かった?」

「よんだだけ」

「よんだだけね」

 ミナは、自分の紙に戻った。ミナの字は、はじめの行と終わりの行で、大きさが変わらない。

 数のほうへ移った。ならべる位置が、また一つ増えている。増えたのは、右のはしだ。空けておいたところに、そのまま入った。

 となりの机の子が、板を出していた。膝の上でうら返して、線を一本引き、上と下に分けた。下のほうは、右のはしを空けている。

 その子の板は、わたしのより厚い。自分のを手前へ引いて、見くらべた。炭は短い。線は、まっすぐではない。その子は、書くまえにいちど板を見てから、紙に書いた。

 ハンネスが、はしの列から下りてきた。手は、今日も黒い。となりの机で、いちど止まった。板のほうは見ないで、紙だけを見た。

「読める」

 ハンネスは、わたしのところでは止まらなかった。列をぜんぶ見ると、板の前に立った。上の行から消していく。下の行は、しまいまで残っている。

 消えた字は、もう読めない。きのうより、一つ先まで行った。

 字と数が終わって、廊下を奥まで歩いた。突き当りの戸を押すと、下のはしが石にあたる。

 膝をついた。上着を厚くしたぶん、布が二重になっている。それでも、石の冷たさは下から来る。

 ゾフィー先生の前で、三つ、続けて言った。あいだは、あかなかった。

「はい。できています。今日は、あいだがあきませんでした」

 ゾフィー先生は、立ったままだった。それから、はじめから言わせた。二度目も、おなじだった。

「明日も、この時間です」

「わかった」

 立つと、膝のところの布が、石のかたちに押されていた。指でのばした。首のところのひもとちがって、こっちはすぐに戻った。


 部屋に戻ると、瓶の蓋は閉まっていた。

 ミナは、壁のほうを向いて座っていた。ふり返って、膝をこっちへ回した。

「ねえ、むらの水って、井戸から汲むんでしょ。前に、坂の下だって言ってたよね」

「坂の下。いまは、おとうさんが汲んでる」

「うちのほうはね、通りに桶を出しておくと、水を売る人が入れていくの。だから、汲みには行かないの。むらには、その人、来ないんでしょ」

「来ない」

「じゃあ、ぜんぶ坂を上がるんだね」

「棒の両はしに、桶をさげるの。一回で、一軒ぶん上がるんだよ」

「一回で」

「うん。前のほうを、すこし短くさげるの。そうすると、はねないの」

 ミナは、指を二本立てて、片方だけ下げた。

「こう?」

「そう」

「なんで前だけ短いの。うしろじゃだめなの」

「上るとき、前が高くなるから」

 ミナは、二本の指を、そのまま上へ動かした。下げたほうが、上のほうに追いついた。

「わかった。坂を上るぶんだけ、はじめから短くしておくんだね。そうしないと、前だけ先に上がっちゃうの。ね?」

「そう」

「棒は、二本あるんだよ」

「二本」

「一本は休ませるの。そのぶん、長くもつんだって」

「うちも、帳面は二つあるよ。書いてるのと、しまってあるのと。父さんが、いっぺんに二つ使うと、どっちに書いたか分からなくなるって言うの。だから、使うのはいつも一つなの。分かった?」

「わかった」

「むらのうちは、土間なんだよ。石じゃないの」

「土」

「朝、上のところだけ白くなるの」

「白くなるって、なにが」

「霜だよ。ふむと、音がするの」

「こっちでは、まだ見てないな。外に出るころには、もう消えてるのかも。父さんが、石は土より遅れて冷えるって言ってたよ」

「あさいちばんだけだよ。日が当たると、消えるの」

「じゃあ、朝に外へ出ればいいんだ。こんど、いちばんはじめに下りていく子たちについていこうかな」

「行く」

「つむぎが行くと、走るでしょ」

「走らないよ」

 言ってから、けさ廊下を走ったのを思い出した。笑いが、口の中でつぶれた。

 ミナは、布を手のひらで押さえた。それから、膝の上まで引いた。

「むらには、水路があるんだよ。木をくりぬいて、上のほうからつないであるの」

「水が、そこを通るの?」

「通る。いまは止まってるの。葉っぱが入ってた」

「うちのほうは、道のはしに溝があるよ。雨のとき、そこへ流れていくの。ふたはしてないから、落としたものは拾えないの。分かった?」

「うん」

 ミナの話は長い。長いのは、いやじゃない。

「かえりは、五日だったよ」

「行きは、四日って言ってなかった? 一日ふえたのは、雨?」

「雨は降ってない」

「宿は、三つが行きとおなじだった」

「まえに泊まったところのほうが、いいでしょ。どこに何があるか、もう分かってるもんね」

「段の高さを知ってるから」

「段って、上のへやへ上がるところの?」

「そう。夜に下りるとき、いちばん下の一つだけ高いの」

「わたしも、うちの段は数えてるよ。数えておくと、足が先に出るでしょ。はじめてのところだと、それができないの。ね?」

「うん」

 水のことは、井戸と桶のぶんだけ言った。奥のへやのことは、言わなかった。ミナは、魔法の授業へ行かない。

 返事が来なくなった。ミナは、こっちを向いたまま寝ていた。

 板を取って、うらを上に戻した。棒は、消したままだ。

 昼の子は、両手を口の前に上げていた。おなかのところが、かたくなるまで、と言っていた。

 わたしがおしえたのは、ひとりだけだ。


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