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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第七章 秋、帰る日を数える

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うちの水は、いまはおとうさんが汲んでいる

 目があいた。上のほうに、木が二本通っている。

 うちの屋根は、三本だ。

 起きて、上着を着た。おとうさんとおかあさんは、まだ寝ている。おかあさんの手だけが、布の外に出ていた。

 戸をあけた。外は暗い。息が白くなって、すぐに消えた。

 うちの戸までは、わたしの歩幅で二十歩ある。今朝は、数えないで歩いた。

「さむい」

 言ってから、走った。走ると、走ったぶんだけ息が上がる。

 うちの戸は、下のところがふくらんでいる。持ち上げてから押すと、あく。行くまえと、同じだ。

 においが薄い。煙が、しばらく入っていないにおいだ。中は外より暗い。土間の土は、乾いて白くなっている。

 竈のところへ行って、しゃがんだ。棒を灰に入れて、下から寄せる。赤いところは、どこにも出てこない。

 細い枝を先に入れて、上へ手を向けた。下のほうが赤くなってから、太い薪を渡した。

「よし」

 外へ出た。うちの屋根から、煙が出はじめている。となりの屋根からは、出ていない。

 鶏の囲いをあけた。三羽が、もう起きている。いちばん小さいのが、わたしの足の先まで出てきた。

「まだ寝てると思った」

 囲いの横の桶に、水が入っていた。ふちの近くまで来ている。三羽が、かわりばんこに首を入れた。

 干し場の竿には、なにもかかっていない。夏に取り込んだきりだ。竿の下の草が、わたしの足首まで伸びている。ここは、いつも踏んでいたところだ。竿を押してみたら、片がわの受けから浮いた。

 中へ戻って、水瓶の蓋を横へずらした。水は、口のすぐ下にあった。わたしが指を入れると、はじめの節までが濡れた。

 手を出しかけて、下ろした。蓋を、もとの向きに戻した。合わせ目のところが、すこしずれた。

「あとは、なんだっけ」

 棚のいちばん上に、板が置いてある。行くまえに、わたしがここへ置いていった板だ。炭のほうは持っていった。線は、引けない。

 板をうら返して、また表に戻した。うらには、線が一本も無い。

 棚の、そのとなりは空いている。あずかりものは、ぜんぶ返してある。

 いちばん小さいのが、桶の横で足踏みをしている。

 坂を下りた。走ってもいいくらい、乾いている。まん中のへこんだところが、深くなっている。


 井戸のところで、桶の音がしていた。

「つむぎちゃん」

 下の家のおばさんが、縄を手繰る手を止めた。

「帰ってたのかい。いつだい」

「きのうの夕方」

「そうかい。いつまでいるんだい」

「六日か、七日」

「あっという間だねえ」

「大きくなったねえ」

「わかんない」

 汲んだぶんを、縁の桶へ移している。両手で持ち上げて、こぼさないように傾けた。

「水はね、いま、あんたのおとうさんに運んでもらってるよ」

「知ってる」

「朝と夕方に、一軒ぶんずつ来るよ。助かってるよ」

 井戸の縁に、桶が二つ伏せてある。朝に鶏のところで見たのと、同じ形をしていた。

「つむぎ」

 坂の下から、子が二人上がってきた。走っていたのが、わたしのところで歩きになった。

「馬車、うちの前とおったよね」

「とおったよ。門のところで下りたの」

「乗ってるとき、なにしてるの」

「箱をおさえてるの。石のところで、前に出てくるんだよ」

「宿って、どこで寝るの」

「上のへやだよ。下で話してるのが、聞こえるの」

「がくえんに、鶏いる?」

「いないよ」

「いないんだ」

 二人とも、黙ってしまった。わたしは笑った。鶏で黙るとは思わなかった。

「板、まだあるよ。まんなかの割れたやつ」

「もう、すべったの?」

「まだ。雪、降ってないもん」

 そういえば、いちども降っていない。地面が、日に日に硬くなっていくだけになっている。

「あとで行く」

 子は、二人とも走って下りていった。

 置き場の横から坂を上がった。南のがわの筵は、編み目が黒くなっている。行くまえは、置き場の床が見えていた。

 水路には、水が落ちていない。冬のあいだは、止めてあるらしい。下から見ると、木が丸い。上手のほうまで、ずっとつづいている。中を覗くと、底に落ち葉がたまっていた。

 上の段まで戻るあいだに、二軒から声をかけられた。どっちも「つむぎちゃん」だった。訊かれたのは、どっちも、いつまでいるのかだった。

 畑の段は、土しか無い。行くまえは、まだ穂が立っていた。刈ったあとの株が、段のはしまでならんでいる。


 日の落ちるすこし前に、うちへ戻った。

 戸は、閉めてあった。朝、出るときはあけておいたのに。

 持ち上げて、押した。竈に火が入っている。細い枝が、朝より減っている。

「サナ」

「戻ったのね、つむぎ」

 座るところは、ずっとまえから決まっている。サナが戸のがわで、わたしが竈のがわだ。

 ならぶと、サナの肩が、わたしの目のところに来る。行くまえは、耳のあたりだった。

 サナの上着は、前があいたままだ。おとうさんも、下の家のおじさんも、この時期はひもで留めている。

「さむくないの?」

「平気よ」

 襟が、外へ折れている。

「あのね、馬車、四日だったよ。三ばん寝たの」

「長かったわね」

「行くとちゅうに、わきへ入る道が三つあったよ。ぜんぶ、あの道から出てるの。先に行った人は、いるんだって」

「帰りも四日か、五日だって。雨だと、のびるの」

「あのね、あっちはね、壁も石なの。木のところが、どこにも無いんだよ。火も、入れないの」

「石だと、冷えるでしょう」

「うん。朝は、廊下がいちばん冷たいの。ミナはね、足を先に布の中へ入れてから、上まで引っぱるんだよ。わたしのは、はしが出ちゃうの」

「字はね、塾のとおなじだったよ。板じゃなくて、紙に書くの。紙は、一枚ずつもらうんだよ。おかあさんに手紙も書いた。みじかくするといいって、ミナが教えてくれたの」

「そのミナって子と、同じ部屋なのね」

「それでね、朝ごはんのあと、いちばん奥のへやに呼ばれるの。ひとりだけ。呼ばれたら、詠唱をやるの」

「毎日なの?」

「うん、毎日。詠唱ってね、」

 口が止まった。

「ことばなの。水を出すまえに言うの。みんな、言ってから出すんだよ」

「呪文は、まだみっつのところまでなの。切るところが、みっつあって、はじめのが起こすところで、つぎが水で、」

 水のつぎが、出てこない。

「言うと、はんぶんで止まるの。器の、まんなかのところまで」

「先生は、それで合ってるって言うの。水のほうは見ないんだよ。口だけ見てるの」

 両手で、器のかたちを作ってみせた。作ってから、くずした。

「あ、やってみせる」

 棚から器を出して、土間へ置いた。器は、わたしの両手にちょうど入る大きさだ。

 手を向けようとして、口のほうが先に動いた。

「アド・ウェニ」

 あとは、飲みこんだ。

 手を向けた。水が出て、ふちの下まで来たところで、手を下ろした。

 サナは、その上へ手を持ってきた。かけるぶんは、わたしが足した。

 こすってから、サナは膝の布で指を拭いた。

「がくえんの水は、溜める日にしか出さないの。ほかの日は、下働きの人が井戸から運ぶんだよ」

「けさ、地面が硬かったよ。霜だね」

「そうね。けさは白かったわ」

「あっちは、霜が来てなかったよ。石だから、外より中のほうが冷たいの」

 サナは、立ちあがった。戸をあけて、外へ出ていった。閉まるとき、下のところが鳴った。


 夕飯は、となりで食べた。

 おかあさんが、鉢の蓋をあけて、わたしのぶんをよそった。台の上の鉢は、行くまえより数がふえている。手前は蓋がしてあって、奥のほうは口があいている。どれにも、小さい紙がはさんである。奥の一つだけ、紙が二枚ある。

「……明日の朝は、寝ててもいいのよ」

「起きる」

「じゃあ、起こすわね」

 おとうさんは、椀を置いた。

「明日は、上の段から回る。桶は二つある」

「行く」

「北のはずれは、あさってだ。あそこは、坂の下から回ったほうが早い」

「うん」

「棒、二本になってるね」

「一本を休ませる。そのぶん、長くもつ」

 紙が、台のはしに出ていた。おかあさんは、いちばん下の行に日づけを書いて、その下をあけたままにした。

「じゃ、もどるね」

 おかあさんは、上着のひもを、わたしの首のところで結び直した。

 おとうさんは、戸をあけて、外を見てから、下がった。

「朝、桶のところで待ってる」

 二十歩のあいだ、下だけ見て歩いた。

 うちの火は、まだ赤かった。灰でふさいで、朝に下から出せるようにしておく。

 布と藁は、棚の下にある。わたしの寝るところは、行くまえのままだ。

 寝るまえに、水瓶の蓋を、また横へずらした。

 水は、朝のところから下がっていなかった。


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