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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第七章 秋、帰る日を数える

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わたしの通る道から、知らない道が三つ出ていた

 幌の中は、干した草のにおいがした。

 板の上は藁で、藁の上に布がかぶせてある。顔を近づけると、草のにおいだけになる。離すと、木と、油のにおいがまざった。油は、輪の心棒に塗るものだ。

 すきまから風が入ってくる。吸うと、のどの奥まで冷たい。吐くと、白くなって、うしろへ流れていった。

 出たのは、まだ暗いうちだ。下の広いところには、だれもいなかった。門を抜けるまで、馬はゆっくり歩いた。

 馬は二頭で、背に布をかけている。息が、鼻のところから二本出る。

「馬の息、白いね。わたしのは一本なのに」

 道のわきの草は、枯れて倒れていた。朝のうちは、その上が白い。日が当たると、白いところから先に消えていく。

 がくえんを出る日は、三日まえに言われた。板のうらへ棒を足すのは、その朝でやめた。

 うらの棒は、わたしが朝ごとに引いたものだ。半分を過ぎて、指二本ぶんのところまで来ている。はしから当てていって、抜けているところが無いのをたしかめた。うらの下のほうは、まだ何も引いていない。

 箱は、わたしの膝の前に置いてある。行きに持ってきた箱だ。蓋と中身のあいだの布も、はさんだままにしてある。板は下へ入れて、炭は布に巻いて、板の横へ寝かせた。蓋に耳をつけて、中で何か動く音がしないか聞いた。しなかった。

 石を踏むたびに、箱がすこしずつ前へ出た。出たぶんだけ、幌の柱に当たる。

「箱、動いてる。石のとこで動くんだ」

 押し戻すと、また出てくる。

 藁を手でかき寄せて、箱と柱のあいだへ詰めた。詰めたぶん、箱はうしろへ寄った。手を離した。石を踏んでも、箱は出てこなかった。

 上着の袖は、手のはしまである。手をひっこめると、指の先まで隠れた。

 ローレンツは、前の側に座っている。膝の板のはしを押さえている指の場所が、揺れても変わらない。重ねてある紙は、風の来ない側に置いてあった。

「おじさん、寒くないの。手、出しっぱなしだよ」

「幌がございます」

 口の中で三つ言ってみた。声は出さない。揺れていると、切れるところがずれる。息の残りかたも、部屋でやったときのようにはならなかった。

 昼に止まった。外で桶の音がする。降りてもいいと言われたが、降りなかった。幌の中のほうが、風が来ない。縄を締め直す音が、うしろのほうでした。締めるのは、二回で終わった。

 道は四日か五日だと聞いている。五日になるのは、雨がつづいたときだ。

 日が落ちてからは、幌の中も外と変わらないくらい冷えた。足のさきを、藁の下へ入れておいた。

 はじめの晩の宿は、階段に鳴る段が二つあった。上がるときと下りるときで、鳴るのは同じ段だ。次の晩の宿の階段は、どこも鳴らなかった。


 二日目の昼すぎに、馬の足の音が高くなった。

 幌のすきまへ指を入れて、すこし広げた。下が石になっている。歩く人がふえて、大きな袋を背負った人が、道のはしへ体を寄せてよけた。

 石の道は、途中で色が変わる。新しく入れたところだけ、角がとがっていた。

 道の左右に店がある。下がっている板の、字のところが先に見えた。

 はじめの板は、字が二つだった。声は出さずに読んだ。

「あのね、いま読めたよ。字が二つのやつ」

 次の板には、下のところに数がある。数のならべ方は、がくえんの紙と変わらない。板の数は、どれも小さい。

 同じ形が、いくつもの板に出てくる。がくえんの紙にも、その形はよく出た。出てくる場所は、どれも字のはじめだ。

 読めたのを右、読めなかったのを左にして、頭の中で分けた。右のほうが、先にいっぱいになった。いっぱいになると、どっちへ入れたか分からなくなる。分けるのは、やめにした。

 箱の板は、出さなかった。読めるほうに線を引いていったら、わたしの板は線ばかりになる。

 馬車の中は、通りにいるあいだだけ暗い。両がわの建物が高い。空は、通りの幅しかなかった。

「外、屋根がないのに暗いね」

 店の前で、だれかが板を下ろしていた。下ろした板を布で拭いて、また吊るした。字は、拭いても消えない。

 馬車は、通りのまん中で一度止まった。前に荷車がいて、動くまで待った。

 止まっているあいだに、目の前の板を読んだ。字が四つある。はじめの二つは、名前だと思う。あとの二つは、分からない。分からないほうの形をおぼえた。まるが一つあって、その下に、線が横に一本入っている。

 低いところの板は、わたしの高さからだと、字の上のほうが柱にかかる。体を起こすと、こんどは下が見えない。

「リューデン」

 言ってみた。ローレンツは、紙のはしを指で押さえ直した。

 荷車が動いて、馬車も動いた。石が終わると、下がやわらかくなった。


 三日目は、朝から日が出なかった。

 刈ったあとの畑は、土が黒い。黒いところが切れると、また木になる。木のあいだは暗くて、奥のほうまでは見えない。

 上りにかかったところで、外へ出て歩いた。荷台の中より、あたたかくなる。馬より、わたしの歩くほうが速かった。

 ローレンツも下りていた。紙は両手で持って、胸のところへ寄せている。

「あのね、がくえんはね、床が石なの。ぜんぶ平ら。だから、こぼしても、水が動かないんだよ。うちの土間はね、戸のほうへすこし下がってるの。水がこぼれたら、ぜんぶ戸のほうへ行くんだよ」

 ローレンツは、紙を寄せ直した。

「あのね、馬って、上りだとゆっくりだね。村の坂は、もっと急なの。桶をさげてると、前のが先に地面に着いちゃうんだよ。だから、前を短くするの。そうすると、両方いっぺんに着くの」

 歩いていると、うしろから馬車が来るのが分かる。石の道ではないから、音より先に、地面がすこし震えた。

「あ、あれも道だよね」

 わきに、もう一本の道があった。草が両がわから寄っていて、まん中だけ土が出ている。轍は、この道のより深い。深いところに、水が残っていた。

「道でございます。南へ下ります」

「みなみ」

「南です。荷の馬が通ります。冬は、通る数が減ります」

「みなみは、なにがあるの」

「荷の出るところがございます。私は帳面で見ておりますだけで、参っておりません」

「じゃあ、行った人はいるんだね」

「おります」

 それきり、前を見て歩いていた。

 上りが終わって、また乗った。

 昼から日の落ちるまでに、横から来る道を三つ見た。一つ目は、いま見たところ。二つ目は、わたしの村の道より広い。轍は、二本とも同じ深さになっていた。その道のはじまるところに、木が一本だけ立っている。ほかより低くて、枝が横へ出ていた。三つ目は、木のあいだへ入っていって、途中から見えなくなる。

 どれも、この道から出ていた。

「ねえ、道って、いくつあるの」

 二つ目の道の先にも、家があるのかもしれない。あったら、そこにいる子から見て、いまわたしのいる道が、横の一本になる。

 日が落ちるのは早い。暗くなると、横の道は見えなくなった。あっても、分からない。

 三晩目は、窓の下に霜が寄っていた。指でなぞると、線が残る。朝に見たら、線はまだあった。


 四日目は、日が低いところへ来るころに、木がまばらになった。

 道が細くなって、両がわの草が幌にさわった。

 畑の段が見えた。段の上のほうに、藁の屋根がならんでいる。日は、木の高さまで下りていた。

 門は、遠くからだと低い。近づくと、横木が上がってくる。門の横木は、わたしの頭の、ずっと上にある。抜けるとき、幌の上が横木をこすった。

 馬車は、広いところで止まった。坂は上がれない。

「箱、わたしが持つね。ひとりで持てるよ」

 踏み台が出た。手を借りずに下りた。この村で馬車から下りる子は、わたしのほかにいない。

 地面は、霜で硬くなっていた。踏んでも、跡がつかない。

 箱は、ローレンツが荷台のはしまで引いて、地面へ下ろした。下ろすとき、片方の手を底へ回している。

「発つ日は、直さんに紙が届いております」

「わかった」

「雨なら、日が動きます」

「あめ」

「雨でございます」

 ローレンツは、馬の側へ回った。回りぎわに、車の輪を上から一度押した。

「また、こちらへ参ります」

 馬車は、門の外へ出ていった。輪の音より、馬の足の音のほうが、あとまで聞こえていた。

 箱は、わたしの手で持てる重さのままだ。持ち上げて、そのまま立っていた。

 井戸のところまでは、坂を上がる。井戸から上は、もっと急になる。曲がるのは二回で、どちらも右だ。

 上の段に、うちと、となりの家がある。煙が出ているのは、となりだった。

 足のうらが、坂のかたむきを、わたしより先におぼえていた。


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