俺は棒をもう一本こしらえ、娘の帰る日を数えた
薪を割る音が、上の段から下まで届くようになった。
葉が落ちて、家と家のあいだに何も無い。夏は、隣で割っていても途中で消えていた。いまは、どこの軒先でやっているかまで分かる。
木は、もう出してある。ヨナスが人を集めて、林から割る場所まで運んだ。俺の手はいらなかった。上の段の、まん中の家の屋根には、そのあとで藁を足した。上へ上がったのはヨナスで、俺は下から束を渡した。南の面の痩せたところへ、上から重ねてある。
「あんた、枝を一本持ってったろう」
割る場所のほうから声が来た。
「もらいました。棒にします」
「棒なら、夏に削ったのがあるだろう」
「縄の当たるところが減っています。二本にして、交替で使います」
「減ってから削っても、間に合うだろう」
「減ってからだと、その日は運べません」
「……あんたは、去年もそう言って、壁を先にやったな」
「壁は、村長に頼まれたものです」
「頼まれる前から、見て回ってたろう」
ヨナスは丸太を一つ起こして、割る場所のまん中へ据えた。
軒の下の薪は、どの家も去年より高い。春のうちに頼んで、夏のあいだに乾かしたぶんだ。
見回りは、この前で一度終えてある。屋根と、壁の下と、薪と、戸。戸のところは、どの家も下の隙間を見た。冬に風が通るのは、たいてい下からだ。北のはずれの手前の一軒は、埋め木を入れてから音が出ない。
坂の途中で、あの婆さんとすれちがった。
「風が、入らなくなったよ」
布に包んだものを俺の手へ押しつけて、そのまま上がっていった。中は見ていない。手のひらに、温かいところがあった。
置き場の前で足を止めた。袋の面は、胸の下まで下がっている。秋に積み終えたときは、胸のところまであった。はじめの出す日が、霜の降りた朝にあった。減ったのは、そのぶんだ。次の出す日までは、この面は動かない。
南の風よけは、その日の夕方に戻した。夜になると風の向きが変わると、去年言われた。杭は動いていない。縄も、たるんでいない。
枝は、軒の下に立てかけてある。木を出した日に、一本もらってきたものだ。
節が二つある。節のところは折れないが、肩に当たると痛い。どちらも、はしのほうへ来るように向きを決めた。節のまわりは、ほかより硬い。小刀が滑るので、そこだけ刃を立てて落とす。
片目をつぶって、はしから通して見た。まん中で、わずかに逃げている。逃げているほうを上にして使う。下にすると、重さのかかったところが、そのまま下がっていく。
古いほうを横へ並べて、はしをそろえた。長さは変えない。変えると、桶の振れ方が変わる。古いほうは、娘の発つ日が決まる前に削ったものだ。印のところへ鉈を入れて、余ったぶんを落とした。
皮を剥いだ。肩の来るところだけは残す。剥いだ側は、しばらく手に粉がつく。
「それ、なに」
木屑を拾いに来た子が、袋の口を持ったまま覗きこんでいた。
「棒です。水を担ぐのに使います」
「そのくずも、もらっていい」
「持っていってください。焚きつけになります」
「なんで、二本もいるの」
「一本を休ませます。休ませたほうが、長くもちます」
子は削り屑を両手で集めて、袋へ入れた。入れてから、走っていった。
まん中は細くしない。重さが乗るのはそこだ。太さは、握って親指と中指の先が触るくらいにする。細いと、肩に食い込む。落とすのは、はしのほうだけにする。小刀で回しながら削って、握って、指の腹に当たるところをまた落とした。
はしの溝は、爪が引っかかるだけの深さで止めた。深くすれば縄は動かないが、木がそこから折れる。縄は、夏に綯ったのが一巻き残っている。新しいうちは伸びるので、伸びたぶんは二度目に締め直せばいい。
一日に二軒ぶん、二度に分けて運ぶ。上りのあいだ、棒は肩から下りない。減るのは、いつも同じところだ。
持ち上げて、古いほうと持ち替えた。新しいほうが重い。切ってからの日が浅い。使ううちに軽くなる。肩へ入れてみると、当たるところが古いほうより俺の首に近い。皮を残した幅を、そのぶん広げた。溝から桶の縁までの長さは、古いほうで測ってある。長く提げると、坂で足に当たる。縄は、まだ通していない。
村長が来たのは、日が高くなってからだ。日の当たっている側に立って、俺が手を止めるまで何も言わなかった。
「昨日、主家から人が来た」
「置いていきましたか」
「置いていった。泊まりは一晩だ。向こうのやることは変わらん」
村長は、たたんだ紙を出して、俺に渡した。手のひらより小さい。
「つむぎちゃんが学園を出るのは、今日から十日あとだそうだ」
一度、通して読んだ。
学園を出る日が、まず書いてある。その下に、迎えのことがあった。行き帰りの人は主家から出す、とある。前に書かせたとおりだ。
その下に、学園へ戻る日があった。今日から二十六日あとだ。
日にちのところへ戻って、指で押さえた。道は四日か五日ある。十日に足すと、着くのは十四日か十五日あとだ。帰りは冬が進んでいるぶん、五日のほうで組む。戻る日から引くと、村を発つのは二十一日あとになる。村にいるのは六日か七日だ。村長と俺で、二度読み返した。
「迎えは、どこまで来ますか」
「村までだ。前と同じところまで来る。坂は上がらん」
「日は、動きますか」
「雨なら動く。向こうは先に決めて、決めてから知らせてくる。人と馬をそろえる都合があるからな」
「一人で乗ってくるんですか」
「いや、人はつく。行きも、つけたろう」
「泊まりは、行きと同じですか」
「同じだろう。主家が取る。あの子が決めることじゃない」
「返事は、要りますか」
「要らん。受け取ったと、それだけ書いておく。おれが書く」
村長は、置き場のほうへ目をやった。
「上の段の藁は、足りたか」
「足りました。残ったぶんは、置き場の隅に入れてあります」
「そうか。次は、出す日だ」
「出す日の前に、文乃に訊いてください。今年のは、どれが何日もったか、ぜんぶ紙に書いてあります」
「日にちが出るのか」
「出ます。長くもたないものから、先に配れます」
「なら、決める前に寄る」
村長が行ったあと、割る音がまた聞こえた。
紙を懐へ入れて、置き場の裏へ回った。木の実の袋の口を、見ておくつもりだった。渋の抜けたぶんは、この前、娘の家の棚へ上げてある。
袋の向こうに、畑が見える。土には、株の跡しか残っていない。その跡のあいだに、サナがしゃがんでいた。土に手はつけていない。
こちらからは、声をかけなかった。袋の口を折り直して、坂を下りた。
日が落ちてから、家へ戻った。
台の上に鉢が並んでいる。文乃は、蓋を一つずつ布で拭いていた。
「今年のぶんは、これで終わりか」
「……終わり。あとは、去年のと並べるだけ」
「去年の頁と、同じ形になるのか」
「……なるわ」
懐の紙を、台の上へ置いた。
「主家からだ」
「……日にちが」
「十日あとに、学園を出るそうだ。村にいるのは六日か七日だ」
文乃は受け取って、そのまま黙って読んでいた。
「……六日か七日」
「道が四日か五日ある。着くのは、十四日か十五日あとだ」
文乃が娘へ書くと言っていた紙は、出さないうちに、本人が着くことになった。
文乃は紙の束をひらいた。書かずに、そのまま手を止めていた。
「……帰ってきたら、水は」
あとは言わなかった。
「村には、言っていない」
文乃は、鉢の一つに蓋をのせた。
板を出して、俺は下のほうに日にちを書いた。学園を出る日と、着く日の見込みと、村を発つ日。それだけ書いて、炭を置いた。
その下には、何も書かなかった。
あと十日で、あの子が学園を出る。
あの人は、紙を受け取るとすぐ、その場で日を足していた。道が四日か五日で、村にいるのは六日か七日になるという。
今年の鉢は、今日で終いまで書けた。去年の頁の隣へ置くと、並びの長さが違う。長いほうが、去年だ。
これで、去年と今年が同じ形になった。同じ形になるまでに、一年かかっている。訊きたいことは、いくつもある。並べてみると、どれも、私の都合で並んでいる。
あの子が着くころの日づけを、先に書いておいた。その下は、あけてある。何を書くことになるのかは、その日に分かる。六日か七日なら、はじめから終わりまで数えられる。
寝る前に、土間へ下りた。
新しいほうへ縄を通した。はしの溝へ二度巻いて、重さがかかると締まる向きで結ぶ。土間の隅から桶を二つ持ってきて、両はしに提げた。肩へ入れて、先へ出る側を指の幅ぶん短くした。水は入れていない。空でも、釣り合うところは変わらない。
古いほうは、縄を外した。黒くなったところを指で押すと、木が沈む。ここが割れると、上りの途中で桶が落ちる。
休ませるほうを、軒の下の奥へ入れた。




