冬の水を溜める日、わたしは三回おなじことを言った
はじめに呼ばれた子が、器の前で息を吸った。
それから言った。声は小さいのに、切れるところだけはよく聞こえる。はじめとしまいは、実技試験の日に聞いたのと同じだった。
ちがうのは、まんなかだけだ。三つ目のところで、ウルナ・ウナ、と聞こえた。わたしのは、ウルナ・ディミ。
その子が手を出すと、器がすぐ鳴った。鳴っている音は、だんだん低くなって、それから聞こえなくなった。中は、口のところまで来ている。一度で、いっぱいになった。
「はい。下がってください」
大人が来て、その器を持っていく。うしろの瓶へあけて、空になったのを、また同じところへ置いた。あけるときは、器のふちを瓶の内がわへ寄せて、ゆっくりかたむける。
次の子が呼ばれた。その子のまんなかは、もっと長かった。器は、やっぱり一度でいっぱいになる。
三人目は、しまいのところで音が下がりきらなかった。手を出しても、水は出ない。
「息を入れて、もう一度です」
二度目は出た。半分より上まで来て、そこで止まった。その器は、だれも持っていかなかった。床に置いたままになる。
呼ばれるまで、うしろで待った。出すのは、ここへ来てから実技試験の日いっぺんきりで、あれから手を向けていない。
まんなかは、みんなちがう。はじめの子から数えて、わたしのと同じ長さだった子は、まだいない。
持っていかれた器を、指で数えた。あけたぶんだけ、瓶の中が上がる。のぞくと、線までは、まだずいぶんある。
終わっても、呼ぶ人は何も書かない。紙を持っていない。
「つぎ」
今日は、字も数もやらない。朝に、冬のぶんの水を溜める日だと言われた。呼ばれたのは、魔法の授業へ行く子だけだ。
下の広いところを通って、うしろの戸から外へ出たところにいる。上に屋根だけがあって、壁がない。風が通って、上着のふちが動く。石の床は、中とつながっている。
背の高い瓶が、壁ぎわに四つ据えてあった。ふちは、わたしの胸のところに来る。中をのぞくと、内がわに線が一本ある。どの瓶も、同じ高さのところに入っていた。
その前の床に、器がならべてある。実技試験のときのより、すこし大きい。水を出していいのは、呼ばれた子だけで、呼ばれた時間だけだ。
ゾフィー先生は、瓶と器のあいだに立っていた。呼ぶのは、べつの大人だ。声だけが、うしろのほうから来る。ゾフィー先生は、声のほうを見ない。器の前に立った子だけを見ている。
「つむぎ」
三つ目の器の前まで、わたしは歩いた。
「今日は、出します」
「出していいの」
「はい。教えたところまでを言ってから、手を出してください」
「水、ひさしぶりだよ。うちではね、朝いちばんに出すの。水のしごと、好きなんだ。瓶がいっぱいになったら、そのあと鶏のぶんも出すんだよ。桶に半分だけ入れるの。いっぱい入れると、あいつら足で中に入っちゃうから。いちばん小さいのが、いちばん先に入るんだよ。あとの二羽は、そのあいだ横で見てるの。待ってるんじゃなくて、見てるだけ。それでね、」
「はじめてください」
器のわきにしゃがんだ。器のふちは、膝より下にある。
息を先に入れる。ミナが寝てから、口の中でやったのと同じにした。
「アド・ウェニ。アクア・エス。ウルナ・ディミ」
切れるところが、みんな同じ長さになった。
手を出した。
水が出た。太さは、変わらない。半分のところまで来て、細くなった。細くなって、それから出なくなった。
出ているあいだ、わたしは手を出したままにしていた。下ろしていない。それでも、止まった。
中のは、もう動かない。
「はんぶんで止まったよ」
「はい。いまは、それで合っています」
ゾフィー先生は、器のほうを見なかった。
「よくできています。言ったところは、みんな同じ長さでした」
立ち上がって、上からのぞいた。器の内がわは、水のあるところから下だけ、暗くなっている。指を入れると、二本ぶん濡れた。
「もっと入るよ。ここ、まだあいてる。うちの瓶だと、これ、はじめのほうだもん。音が高いあいだ。低くなってからのほうが、ながいんだよ」
「はい。もう一度、言ってください。同じだけ入ります」
「いっぺんにならないの」
「いま教えてあるのは、そこまでです。先のところは、これができてからにします」
「わかった」
もう一度、息を入れた。
「アド・ウェニ。アクア・エス。ウルナ・ディミ」
二つ目のあとで、息がつづかなくなった。足してから、三つ目を言った。
手を出した。出ない。
もう一度、手を出した。やっぱり出ない。
ゾフィー先生は、わたしより先に、どこで切れたかを言った。
「息を継ぎましたね」
「ついだ」
「はい。継いだところで、いちど終わります。あとから言った三つ目は、前についていきません。はじめから、切らずに言います。息は、いちばんはじめに、多く入れます」
「いれる」
「多く、です。三つぶんよりも、すこし多くです」
膝を立てて、また置いた。片方の足が、しびれかけている。
「ねえ、ここまでは入ってるんだよね」
「はい」
「じゃあ、あとちょっとだ」
ゾフィー先生は、うなずいた。器のほうは、やっぱり見ない。
吸いこんで、腹のところが固くなるまで入れた。
三度目を言った。切るところを、息で数えながら言った。一つ目で吐いて、二つ目で足りて、三つ目のはじめでも、まだ残っていた。しまいまで、切れずに続いた。
言っているあいだに、隣の器が入れ替わった。もう一つ隣のも、入れ替わった。うしろで、終わった子が立って見ている。
手を出そうとしたところで、声がした。
「そこまで」
大人が器を集めはじめた。口のところまで入っているのだけを、両手で持って、瓶のほうへ運ぶ。
わたしの器は、床に置いたままになった。三人目の子のと、二つならんでいる。
隣では、三人目の子が自分の器を見ていた。
「はじめに、いきをいっぱい入れるといいよ。あとから足すと、切れちゃうんだよ」
その子は、目を上げた。それから、口をあけて、息を吸ってみせた。
「うん。それくらい」
「……ありがとう」
膝を伸ばした。しゃがんでいたほうの足が、まだしびれている。
ゾフィー先生は、もう次の子のところにいた。話しながら、袖のふちを折り返して、すぐに元へ戻した。
うちでは、朝いちばんに水を出した。まだ暗いうちだ。
蓋を横へずらして、手を向けた。瓶のふちに、指を一本かけておく。上がってくるのが、指のところに来る。
来たら、手を下ろす。それだけだった。
手を出しているあいだ、外で戸の鳴る音がした。だれかが起きたのが、それで分かる。
戸をあけると、桶は伏せてあって、内がわだけ乾いていない。鶏は、わたしより先に起きていて、近づくと、もう足の音がしている。
瓶のところに、大人が二人いた。中をのぞいて、何か言っている。どの瓶も、線のところまで来ていない。
しばらくして、下働きの人が桶を二つ提げて入ってきた。外の井戸から汲んできたらしい。
桶は、両はしに提げていない。片手に一つずつだ。ここには坂が無いから、そのほうが早いのかもしれない。
瓶のふちに桶をかけて、かたむける。空になると、また出ていく。戻ってきて、また入れる。桶の水が、わたしの靴のところまで飛んだ。
床に置いてあるほうの桶へ、手をのばした。
「そっちは、いいから」
その人は、桶を反対の手へ持ちかえた。持ちかえてから、外へ出ていった。
器のならんでいるところまで歩いて、はしから数えた。十二あった。反対のはしからも数えた。やっぱり十二だ。数えているあいだに、下働きの人が二回、出て入った。
十二のうち、持っていかれたのは十だった。三人目の子のと、わたしのが、床に残っている。
机が一つ、屋根の下のはしに出してある。実技試験の日にいた、書くのがはやい人だ。わたしのいるところからは、紙のはしだけ見えた。
大人が一人、その机へ来た。うしろで話しているので、はじめのほうは聞こえない。
「……フーゴ、そっちの数は、あとでいい」
名前みたいだった。だれの名前かは、分からない。返事は、聞こえなかった。紙の音が二回して、それから、来たほうの大人が出ていった。
瓶の水は、線のところまで来た。桶が何度も外と行き来したあとだ。線より上の内がわは、まだ乾いている。
終わった子は、もう中へ入っている。外には、大人と、わたしが残った。
帰るまえに、自分の器を見た。だれも持っていっていない。
溜まったのは、いつもの半分だった。




