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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第七章 秋、帰る日を数える

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「わからないことは、よっつになった」と、娘の紙にあった

「直さん。うちのも、見てくれるかね」

 声は、坂の下から来た。下の家の戸が半分あいていて、中から煙が細く出ている。

「明日、下りたときに見ます」

「急がなくていいよ。まだ夜は冷えないから。去年見てもらったとこは、冬のあいだ何ともなかったよ。助かった」

「壁の下は、霜の前に見ます。凍ってからでは、土が練れません」

「それじゃ、頼むよ」

 取り入れは三日前に済んだ。今年の見回りは、そこから出ることにしてある。

 置き場の前を通った。袋の面は、あれから動いていない。胸のあたりで止まっている。南の風よけの筵は、杭で留めたままだ。上のはしの結びを引いてみると、そのまま締まった。

 屋根は、去年俺が替えた垂木のところだけ色が違う。下から見ると、藁の垂れ方はそろっていた。北の隅も、濡れた跡が下りてきていない。

 見るところは去年と同じにした。屋根、壁の下、薪、それから戸。上の段の三軒を先にして、北のはずれへ上がる。下の二軒は、坂を下りたついでに回る。

 上の段のまん中の家は、屋根の南の面が痩せていた。上から下へ、帯のように一筋だけ薄い。日の当たる面から先に来る。

「葺き替えるのかい」

「足せば足ります。上から重ねます」

「頼むのは、いつがいいんだろうね」

「ヨナスさんの手が空くのは、木を出したあとです。それまでに藁を分けておいてください」

 板に書いた。屋根、上の段のまん中、藁。そこまで書いて、隣へ回った。

 隣は、薪が地面に直に積んであった。

「下から湿ります。何か噛ませてください」

「板が無いよ」

「石でも足ります。束の下に、二つずつ」

 石を拾って、束を持ち上げた。下の二段は、もう色が変わっている。抜いて、乾いたほうを上へ積み直した。濡れたぶんは、離して立てて並べた。

「去年は、こんなに湿らなかったよ」

「去年より、雨のあとが長いです。軒の下でも、乾くのに二日かかっています」


 北のはずれへは、井戸の前を通って、木のあいだを抜ける。

 次の朝、道具を持って上がった。鑿と槌と、砥石。木の切れ端を三つ。それに縄を一本。筵は、丸めて肩へ掛けた。

 戸を叩いた。内側で、鍋を下ろす音がした。

「まだ言うのかい」

「今日やります。日のあるうちに終わります」

「押せば動くと言ったろう」

「押して動くうちは、埋めれば直ります。動かなくなると、戸ごとこしらえることになります」

「……知らないよ。あたしは頼んじゃいないからね」

 戸は縄で吊ってある。上の結びをほどいて、外した。壁へ立てかけ、下に木の切れ端を噛ませる。土へ直につけると、木口から吸う。

 敷居は、右のはしが沈んでいた。手を当てると、そこだけ湿っている。爪を立てると、爪が入った。秋のはじめに見たときより、指の腹の半分ぶん深い。

 鑿には、掘る前に砥石を当てた。当てると、屑の切れ方が変わる。

「なにしてるんだい」

「刃を研いでいます。切れないと、まわりの木がつぶれます」

 沈んだところを鑿で掘った。柔らかいところは色が違う。押して戻らなくなるまで掘ると、穴は指三本ぶんの長さになった。底は硬い。そこで止めた。

 減っていたのは、押して開けるほうの側だった。押せば、戸の下のはしがそこへ乗る。乗るところが濡れていれば、木のほうが先に負ける。軒の落ちる先が、ちょうどその上にあった。

 木の切れ端を、穴の寸法に合わせて削る。長さは掘ったぶんより気持ち長く、幅は少しきつくする。きつすぎれば割れる。削っては当て、当てては削った。三度目で、指で押しても入らなくなった。

 槌で叩き込んだ。頭の出たぶんは、鑿を寝かせて落とす。上の面を手のひらでなでて、引っかかるところをもう一度落とした。

「風が入るよ」

「筵を垂らします」

 縄を鴨居に渡して、筵の上のはしを結んだ。下は石で押さえる。垂らしたぶん、土間は昼でも暗い。

 戸を建てて、下の隙間を見た。右のはしだけ、隙間が無い。埋め木のほうが高い。外して、また落とした。二度目で、左右とも指の先が入るようになった。戸のほうは削らずに済んだ。削れば、こんどは上に隙間が来る。

 建てて、押した。動かない。引くと、上のところが擦れる。上の縄をほどいて、掛け直した。掛け直したら、擦れなくなった。

「もう直ったのかい」

「夕方に、また見ます」

 昼は、筵の外で食べた。食べ終わるころ、筵の内に湯呑みが一つ出ていた。中は熱かった。

 午後は、奥の家の敷居も見た。こちらは沈んでいない。踏むところが違う。戸の前に板が一枚置いてあって、みんなそこで足を落としている。

 去年、上のほうを塗り足した壁も見ておいた。土の色の違うところは、まだ硬い。指で押しても粉が出ない。動くのは二年目のことが多いと聞いている。今年は、動いていない。

 日の傾くころ、手前の家の戸をもう一度建てた。

「音がしなくなったね」

「敷居が減っていました。減ったぶんを埋めました」

「あたしは頼んじゃいないよ」

「そう伺いました。二軒を見ておくようにと、村長から言われています」

「ふん」

 筵を外して、たたんだ。内側は、朝より暗い。

「しばらくは、押さないでください。押すと、埋めたところから先に減ります」

「引けばいいのかい」

「引いてください。掛けたところが下がったら、また来ます」

 道具を袋へ入れた。坂を下りるころには、木のあいだが暗くなっていた。


 家の前で、村長が待っていた。片手を懐へ入れている。

「来た」

「主家からですか」

「昨日、人が来た。おれのところへ置いて、朝に発った。泊まりは一晩だ。届けるだけの用は、一晩で発つ」

 懐から、布の包みを出した。紐は、ほどいたあとがある。

「二枚ある。一枚は、つむぎちゃんのだそうだ。学園を出てから、日を置かずに来たと言っていた」

「預かります」

 上の一枚をひらいた。字が細い。行と行のあいだが詰まっている。読ませるためではなく、写して残すために書いた紙だ。

 いちばん上に、学園の名があった。その下から、役目の名と数が並んでいる。

 教える者が四十一人。そのうち七人は、外から呼ばれて来ている。子供の側につく者が九人。紙を受け持つ者が二人。

 数を足した。ぜんぶで五十二人だ。

 日にちのところを探した。日にちは、どこにも無い。

「日にちが書いてありません」

「そういう決まりが無いんだろう。届いた日なら、そっちで足しておけばいい」

 学ぶもののところは、一行きりだった。前に見たのと同じ行だ。

 役目の名は、どれも読めた。人の名は、一つも書いていない。

 上から下まで、もう一度通した。増えたぶんは、無かった。

「何か分かったか」

「人の数が分かりました」

「そうか」

 紙を四つに折り直して、俺の懐へ入れた。

「来ると言ったものは来た。来たものには、訊かれたぶんだけ書いてある。書く者は、訊かれていないことまでは書かん」

 村長は坂のほうを向いた。

「明後日、木を出す。ヨナスが人を集める。あんたの手はいらん。上の段の藁は、そのあとだ」

 言い終わってから、村長は坂を下りた。


 土間へ入った。文乃は、干し場から鉢を運び入れているところだった。

 紙を出した。

「つむぎからだ」

 文乃は前掛けで手を拭いてから、受け取った。鉢を台の奥へ動かして、そこへ紙を置いた。

 はじめの行に、おとうさん、とある。次の行が、おかあさん、だ。字は大きい。しまいへ近づくほど大きくなって、行も詰まっていた。

 げんきです、とあった。かぜはひいてない、とあった。

 三行目に、字の上から線を引いたところがある。線はまっすぐだ。すぐ横に、書き直してある。書き直したほうは、棒がそろっていた。

「……ここ、直してあるわ」

「線が、まっすぐだ」

 その下の行に、わからないことは、よっつになった、とあった。

 よっつめが何かは、書いていない。

「……よっつ」

 文乃は、その行を二度読んだ。それから、しまいまで読んだ。

 しまいには、かえるまでのことが書いてあった。数えている、とある。朝に一つずつ増やしているのかどうかは、書いていない。

 文乃は紙をもとのとおりに折って、自分の紙の束のあいだへ入れた。それから束のいちばん上をひらいて、日づけだけを書いた。

「……返事は、いつ出せるのかしら」

「村長に訊く。あちらから人が来るときに、預かってもらう」

 外は暗くなっている。灯りを板のところへ持っていった。

 板の上のほうは、夏のままだ。二行が、形だけになって木に残っている。

 鉋を出した。刃を少し出して、紙の来たほうの行へ当てた。ひと当てでは、字が薄くなるだけで消えない。二度、三度と当てるうちに、字のあったところが白くなった。削り屑を払い、下の面も払った。

 もう一行には、当てなかった。

 二行のうち、一行だけ消した。


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