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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第六章 夏、学園へ発つ

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取り入れのあいだも、娘の鶏は俺が入れた

 置き場の袋は、俺の胸のあたりまで来ている。

 下の二段には、麦が入っている。その上に、今年のぶんを乗せていく。麦の袋は寝かせて重ねると面が平らになるが、木の実のほうは中で動く。口を上にして立てると、隣との間があく。三つ立てて、あいだにもう一つ落とすと締まった。

 袋の口を、二重に折ってから縛る。折らずに縛ると、担いだときに開く。縄の結び目は、肩に当たらない側へ回した。屋根までは、あと手のひら二つぶんある。去年もそこで止めた。

 夏のはじめに、村長が年貢を代官所へ運んでいった。

 林のふちから、女たちが戻ってきた。袋を提げている者もいるし、前掛けの裾でくるんで抱えている者もいる。土間まで持って上がるより、こっちへ入れるほうが近い。

「そっちの実は、まだ渋いよ」

「干せば抜けますか」

「日に当てるんじゃないよ。風の通るところへ吊るしとくの。日に当てると、外だけ黒くなって、中は変わらない」

「つむぎちゃんのぶんも、分けてあるよ」

「預かります。渋が抜けたら、棚へ上げておきます」

 袋を一つ受け取って、口をあけた。中はまだ堅い。娘の棚は、いま空いている。

 木屑を集めに、子供が来ていた。焚きつけのぶんは、割った場所に落ちているのを持っていくことになっている。袋のあいだへ入ろうとした。外から回らせた。

 残りを三つ、上へ積んだ。手を離すと、一つが滑って、隣に当たって止まった。口の折りが浅い。折り直して、縄を締め直した。

 南の風よけも見に回った。丸めてあった筵をひろげると、去年の縄が伸びていた。杭を打ち込んで、上のはしを結んだ。結びは、風の来る側を長く残しておく。引かれたときに、そっちが先に締まる。

「まん中を先に高くすると、あとから来たぶんが乗らん」

 下の段の袋の口を、村長が持ち上げていた。下から重さをみている。

「外から積みます」

「そうしとけ。去年、隅が崩れて、下の口が破れた。破れたところは、鼠が先に見つける」

「今年の見回りは、いつから出ますか」

「あんたの好きにしろ。去年と同じでいい」

「では、取り入れが済んでからにします」

「アドラー家から、何か届きましたか」

「来とらん」

「前に来た使いは、出たら持ってくると言っていました」

「言ったなら、来る。来るものは、おれのところを通る。おれが預かって、あんたに渡す」

 袋の口を戻して、村長は手についた粉を払った。

「いつ来るかは、あっちが決める」

 置き場の裏で、笑う声がした。

「春に頼んだやつが、もう乾いとる」

 ヨナスだった。

「割ってから、もう何日か置きます」

「置いても、これ以上は乾かん。乾くのは夏のあいだだ。あとは湿るのを待つばっかりになる」

「では、軒へ入れます」

「来年は、冬のうちに頼むか」

「そのつもりです」

 笑って、置き場の裏へ戻っていった。


 井戸で縄を落とすと、桶が水に当たるまでが短い。夏のあいだより、上まで来ている。

「もう戻ったねえ」

 洗った桶を縁へ寄せながら、おばさんが言った。

「早いですか」

「早いよ。去年は、こんなに戻らなかった」

 桶を二つ提げて、棒を肩に入れた。縄の当たるところが、両はしとも黒くなってきている。削った溝より、そっちのほうが先に減る。今年のうちにもう一本こしらえておけば、片方を休ませられる。

 上の段までは、途中で下ろさずに上がれる。一軒ぶんを土間へ置いて、空の桶で下りた。汲み直して、また上がる。上りの終わりのところだけ、桶の水が前へ寄る。歩幅を半分にすると寄らない。

 土間の水瓶を開けると、半分ほど減っていた。文乃が使ったぶんだ。上まで入れると、蓋の下で面が動く。少し残して止めた。台の上に紙が伏せてある。日づけのところだけ、はしから見えた。

 北のはずれには、木の実を分けたぶんを提げて上がった。去年、あそこへ運んでいたのは娘だ。

 戸は開かなかった。内側で、鍋を火にかける音がしている。

「置きました」

「そこへ置いといておくれ。あとで入れる」

「戸の下が、少し落ちています。見ておきます」

「そのままでいいよ。押せば動く」

 手をかけると、たしかに動いた。敷居の右のはしが、指の腹ぶん沈んでいる。土が痩せているのではなく、木のほうが減っている。替えるとなると、戸を外して一日いる。霜の来る前に、こちらから言う。

 空の袋をたたんで、坂を下りた。下りは、荷が無いぶん膝に来る。道のはしの草は、夏より低い。刈ったのではなく、そういう倒れ方をしている。


 干し場に、鉢が四つ並んでいた。文乃が一つずつ蓋を取って、中を指で押している。指のあとが、戻らない。紙は、膝の上にひらいたままだ。

「……これ、三日でここまで来たわ」

「去年より早いのか」

「……二日早い。開ける回数は、去年と同じにしてあるの」

 押したところを、文乃がもう一度押した。それから書いた。書くのは短い。

 四つとも、同じ日に、一つの鍋から分けて入れた煮たものだ。中身はどれも変わらない。変えてあるのは、日の当たる時間と、置いた高さだけだ。並べ替えたのは初めだけで、それきり動かしていない。

 去年の秋に測っていた鉢は、娘が手をかざしたものだった。いつまでもつかを、文乃はそのつど書いていた。今年の鉢は、かざしていない。

「……あの子の日にちは、前のほうに並べてあるわ」

「並べておくと、比べられるな」

「……もう一つ、置く場所を変えてみるわ」

「風の通るところがいいそうだ。日には当てないほうがいいと」

 畑の縁に、サナが立っていた。

 畑には、土と株だけが残っている。その向こうの縁のところで、こちらへは来ない。顔は、上の段のほうへ向いている。厚手の服を着ている。

 鉢の蓋を持ったまま、文乃が顔を上げた。少しのあいだそのままでいて、蓋を戻した。

 鉢を一つ、日の当たらないほうへ寄せた。寄せてから、畑の縁へ目をやった。誰もいなかった。

「……夕方に、もう一度見るわ」

「鶏を入れてから、こっちへ来る」


 鶏は、日の落ちるのが早くなったぶん、入れる時刻を前へ寄せている。いちばん小さいのが先に来て、桶のふちに乗った。乗っただけで、何もしない。あとの二羽は、そのうしろから続いた。桶の水は、隣の水瓶から汲む。井戸から提げてくるより近い。娘もそうしていた。

 炭を短く折って、今日のぶんを書いた。書く場所は、下から二行めまで来ている。木の実の袋の数と、井戸の水位と、戸の敷居。

 板の上のほうに、二行だけ消していない。夏に書いた字で、粉は落ちたが、形はそのままだ。消すのは、答えが返ってからでいい。

 下のほうを、書いては消して、また書いている。鉋は、いっぱいになってから当てる。

「……いま、何行あるの」

「二行だ」

「……そう」

 板の上のほうへ目をやってから、文乃は紙へ戻った。



 このごろの紙は、一枚に何日も入る。

 減った水の量と、鉢のものが何日でだめになったか。書くのは、それくらいになった。あの子がいたころは、一日で一枚を使い切ることもあった。

 向こうでも、だれかがあの子を見て、何か書いているのだと思う。書いたものは、どこかに置かれる。置かれた場所を、私は知らない。見せてくださいと言えるのかどうかも、分からない。

 去年より二日早く、今日の鉢は傷んだ。あの子が手をかざしていたころの日にちは、前の頁に並べてある。並べておけば、帰ってきた日から、続きが書ける。

 日づけだけの行が、いくつも続いている。ひと季節ぶんの数は、まだ数えていない。



 灯りを落とす前に、桶を提げて隣へ行った。枝は、そろえたまま置いてある。太い薪も、横に立ったままだ。

 蓋を取った。水は、夕方に汲んだぶんだけ下がっている。提げてきたぶんを移すと、はじめだけ音が鳴って、あとは鳴らなかった。

 蓋を戻して、戸を閉めた。外から一度押した。開かない。

 隣の水瓶は、俺が汲んで満たした。


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