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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第六章 夏、学園へ発つ

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ここの字は塾とおなじで、水はわたしの仕事じゃなかった

 鐘が鳴った。

 鳴ると言われていた音だった。ミナが、きのうの夜にそう言った。低いところから来て、あとのほうが天井に残る。数えたら、七つで止まった。

「起きて。下だよ」

 ミナは、もう立っていた。布をたたんでいる。はしとはしを合わせて、それから半分にする。きのうと同じたたみ方だった。

「七つ鳴ったよ」

「うん、七つ」

「毎日おなじ?」

「おなじ。決めて鳴らすものなんだって。父さんが言ってた」

 わたしは寝るところから下りた。石の床は、思ったほど冷たくない。裸足で二歩あるいて、それから履いた。

 手本の板は、寝るところのはしに出してあった。取って、脇にはさんだ。

「それ、なに」

「板。くらべるの」

「なにと」

「ここの字と」

 ミナは板を覗いて、それから戸をあけた。

「行くよ。呼ばれるまでに、下にいないとだめなの」

 階段は、へこんでいるところを踏まないように、はしのほうを下りた。上りより速い。前の子の背中が、思ったより近くまで来た。一段あけた。石の音は、下りるときのほうが高い。

 下の広いところには、もう子供がいた。かたまっている子と、ばらばらに立っている子がいる。声は小さい。石だから、小さくても返ってくる。大人は、はしのほうに二人いた。どっちも動かない。

 壁に、紙が貼ってあった。高いところに貼ってある。行が四つ。字は、下の行ほど小さい。

「字だ」

 わたしは近くまで行った。はじめの行を口の中で読んだ。読めた。二つ目も読めた。三つ目の途中に知らない形が一つあった。前と後ろは読めた。そこは飛ばした。飛ばしても分かった。

 となりに、男の子が立っていた。わたしより小さい。紙の前で口だけ動いている。音は出ていない。

「よめる?」

「……ちょっと」

「読むよ」

 わたしは、上の行から言った。

「鐘が鳴ったら、下へ来る」

「うん」

「へやのものを、外へ持っていかない」

「うん」

「水と掃除は、下働きの人がします」

「……うん」

「魔法を使うのは、決められたところと、決められたときだけ」

 男の子は、そこでこっちを見た。

「それ、どこに書いてある」

「ここ」

 指でさした。男の子は、さしたところを見てから、自分でも指を当てた。当てたまま、しばらく動かさなかった。

 それから、指を行のはしまで滑らせて、また戻した。二回そうした。

 前のほうで、名前を呼びはじめた。呼ばれた子から、右の戸へ入っていく。

「つむぎ」

 わたしは、板をはさみ直して、行った。


 長い机がならんでいる部屋だった。机は、二人で一つ。ミナが横に来て座った。

 窓は、ここも高いところにある。光は机の上までは下りてこない。前のほうの子だけ、肩に当たっている。

 紙が配られた。一枚ずつだ。ほんとうに紙だった。うすくて、はしを持つと、そこだけ垂れる。

「これ、書いていいの」

「書くために配るの。でも一枚だけ」

 前に立っている人が、壁の板に字を書いた。塾のより大きい板で、字も大きい。書く音がしない。炭ではないらしい。

 わたしは、膝の上に手本の板を置いた。

 書かれた字を、板の上でさがした。上から順に指を当てていく。三つ目のところにあった。形はおなじだ。ここのは細くて、しまいが短い。ちがうのは、それだけだった。次のも、板の中にあった。その次のも、あった。

 ミナが、こっちの膝を覗いた。

「なにそれ」

「塾の先生がくれたの。習った順にならんでる。上のほうから下りてきて、ここまで。ここから先は、まだ習ってないところ。ぜんぶ炭で書いてあって、こすると薄くなるの。だから、いつも上に置くんだよ」

「上に置くと、こすれないの?」

「下に入れると、押されるから」

 ミナは板のはしを見て、それから自分の手を膝へ戻した。

 わたしは、指をいちばん上まで戻した。

「くらべるんだって。ちがってたら、これで比べろって。同じなら、いらん、って」

「いらないの?」

「いらない」

 ここの字は、塾の字だった。

 答えが出た。数えはじめてから、はじめてだった。

 字は、好きだ。板とおなじなら、もう読める。

 板は膝にのせたままにした。うらは、なんにも書いていない。

「つむぎ、書かないの」

 みんな、もう書いていた。机には、炭が一本ずつ置いてある。持つと、指の腹に色がついた。

「紙、消せないんだよね」

「消せないの。だから、書くまえにぜんぶ頭の中で作るの。書きだしてから考えると、途中で入らなくなるの。父さんが、そう言ってた」

 わたしは、頭の中で作った。

 作っているあいだに、はじめのほうを忘れた。作り直した。また忘れた。三回目で、毎回おなじところを忘れているのが分かった。

 だから、机に指で書いた。指なら残らない。

 書いてみたら、ならべ方が分かった。分かってから、紙に書いた。いっぺんで入った。はみ出さなかった。

「あ」

 ミナが、わたしの机を見た。

「机、汚れるよ」

「汚れないよ。ほら」

 わたしは、手のひらで机をなでた。なんにも残っていない。

「……ほんとだ」

 ミナは、自分の机にも指を当てた。当てて、すぐやめた。

 数もやった。数のほうは、塾でやったところの、すこし先までいった。まとめて書くやつの、そのまた先だ。書きようは同じで、ならべる位置が決まっている。

 まちがえたところは、消せない。上から線を引いて、その横に書き直す。ここでは、そうするらしい。線は、まっすぐでないとだめだった。

 ミナは、わたしより先に手を止めた。止めてから、こっちを待っている。

「はやいね」

「うちで、やってたから」

「どれくらい前から」

「ちいさいとき。父さんが、帳場は字より数が先だって。数がまちがってると、あとぜんぶ書き直しになるの。字は読めればいいけど、数は合ってないとだめなんだって」

 わたしは、ミナの紙を横から見た。字が小さい。はじめとおしまいで、大きさが変わっていない。

 わたしのは、下へ行くほど大きくなっていた。


 部屋に戻ったとき、窓の外はもう赤かった。

 瓶の蓋をどけた。中は、朝より減っている。手を入れたら、手首まで入らなかった。

「へってる」

 手が、瓶のほうへ行った。行ってから、朝の紙を思い出した。決められたところと、決められたとき。ここは、たぶんちがう。

 手を引っこめた。

 廊下で、水の音がした。桶がぶつかる音もした。戸があいて、下働きの人が入ってきた。両手が桶でふさがっている。

「あけといたよ」

 その人は、桶を一つ床に置いて、もう一つを瓶のふちに当てた。

 わたしは、床のほうの桶へ行って、持ち手に指をかけた。

「持つよ。二つはたいへんだから。うちでも二軒ぶんやってたんだよ。坂の上まで、棒の両はしに提げて、一回で上がるの。桶だけなら、そんなに重くないよ。ここ、坂もないし」

 その人は、かたむける手を止めた。

「それは、あなたの仕事ではありません」

 わたしは、持ち手から指をはずした。

 その人は水を入れおわると、蓋を戻した。桶のぶんは、ぜんぶは入れなかった。すこし残っている。瓶の中も、朝と同じところまでは来ていない。

 二つとも提げて、出ていった。

 わたしは、蓋の上に手を置いた。置いただけで、あけなかった。

「入れてもらった?」

 ミナが、戸のところから入ってきた。

「うん」

「朝と夕方だから、待ってればいいの。前の日に減ってても、次の朝には足してあるの。だから、なくならないの。分かった?」

「うん」

 わたしは、寝るところに座って、両手を膝の下に入れた。

 ミナは布を広げて、はしとはしを合わせた。合わせてから、また広げた。今度は逆のはしからたたんでいる。

「それ、二回やるの」

「一回だと、ここが余るの」

 ミナは、余ったところを指でさして見せた。わたしは見た。たしかに余っていた。


 暗くなってから、わたしは訊いた。

「ねえ、魔法の授業って、いつあるの」

「まだないよ」

「きょう、無かった」

「うん。まだはじまってないから」

「いつ」

「実技試験が済んでから」

「じつぎしけん?」

「うん、実技試験。新しく来た子は、みんな受けるんだって。それが済んでから、魔法の授業がはじまるの。行く子を、そこでわけるの。分かった?」

「わける」

「わけるの。ほんとに分かった?」

「わけるんでしょ」

「うん」

 ミナは、足を寝るところへ上げた。

「なにするの、実技試験で」

「知らない」

「ミナも受けるの?」

「受けるよ。みんなだもん。でも、わたしはそのあとは行かないから、字と数と書き方。それだけ」

「ふうん」

「見たことないから、ほんとうは知らないの。父さんも見てないって言ってた」

 ミナは、それで横になった。壁のほうを向いて、布を肩まで引き上げた。

 戸の外の音が、だんだん減っていった。

 わたしは、朝の紙を思い出した。行は四つだった。四つのどこにも、実技試験、とは書いていなかった。

 実技試験、というのが、あるらしい。


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