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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第六章 夏、学園へ発つ

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門から戸のところまで、わたしは八十二歩あるいた

 石の門だった。

 柱が二本立っていて、上のところで、横にわたした石がつないでいる。近づいて手を当てたら、日の当たっているほうだけ、あたたかかった。反対がわは冷たいままだ。両手で、いっぺんにさわってみた。

「かたっぽだけ、あったかい」

 ローレンツは、荷台から箱を下ろしているところだった。

 門の内がわは、土ではなかった。石が敷いてある。リューデンの道の石より、一枚が大きい。継ぎ目につま先を入れようとしたら、入らなかった。

 門から、建物の戸のところまで歩いた。八十二歩あった。うちから井戸までは六十歩ぐらいだ。それより長い。

 もういちど門まで戻って、やり直した。今度は八十四歩になった。行きと帰りで、歩幅がちがったらしい。

「どっちだろ」

「日の落ちるまえに、済ませてしまいます」

 箱は、ローレンツが持った。わたしは、うしろから行った。

 石の上を歩くと、音が返ってくる。土だと返ってこない。かかとで強く踏んでみたら、壁のほうから、おなじ音がすこし遅れて来た。二回踏んだら、二回来た。

「音が、返ってくるよ」

 建物は、ぜんぶ石だった。横に長い。上にもう一段のっていて、そこにも窓がならんでいる。

 戸を見た。大きい戸が正面に一つ。その右に、小さい戸が四つ。左にも四つある。角を曲がったところにも、戸は続いていた。曲がった先までは、ここからは見えない。

 村の家は、戸が一つだ。おとうさんの家も一つ。塾も一つ。

「戸が、いくつもあるね」

 ローレンツの背中が、正面の戸のほうへ行った。

 門のところに、べつの馬車が入ってきた。子供が下りて、大人が荷を下ろしている。その子は、下りてすぐ建物を見上げた。上まで見て、それから下まで見た。さっき、わたしも同じことをした。


 中は、外より暗かった。窓が高いところにあって、光がななめに落ちている。

 ローレンツは、入ってすぐ右へ行った。だれにも訊かなかった。角のところで、わたしが訊くより先に曲がった。

 机が一つあって、人が座っていた。

 ローレンツは紙を出した。いちばん上の一枚だけを取り、上のはしを持って、下が机につくまで下ろしてから手を離した。紙は、音を立てなかった。

「アドラー家からまいりました。つむぎさんでございます」

 机の人は、紙を読んだ。読みおわってから、わたしのほうを見た。

 その人の指は、はしのところが黒かった。おかあさんの指も、書いた日はそうなる。

「名は、自分で言えるかい」

「つむぎ」

「聞こえない」

「つむぎ」

 その人は書きはじめた。書いている字は、わたしのほうから見ると、さかさまだった。さかさまだと、知っている形かどうか分からない。首を横にしてみたけれど、それでも分からなかった。

「さかさま」

 机の人は、書いたものを持って奥へ入っていった。

 待っているあいだ、天井を見た。うちの天井より、ずっと高い。太い木が横に渡してあって、そのあいだに石がはまっている。下から見ると、平らだった。

 うしろで戸のあく音がした。人が入ってきて、そのまま奥へ行った。足の音が、天井のほうへ広がって、それから消えた。

 ローレンツの手には、まだ渡していない紙があった。字のあるほうが内がわになっていた。

「なんでもしってるんだね」

「昔、ここにおりました」

「ここに?」

「私が習ったのは、字と数と、書き方だけでございます」

 言ってから、紙を持ち替えて、右手を空けた。

「ふうん」

 わたしは、机の上を見ていた。さっきの字が、まだ気になっている。

「あのね、さかさまだと、知ってる字でも分かんないよ。塾のは、ぜんぶこっち向きだった」

 机の人が戻ってきて、上の段へ行くように言った。部屋は上だという。

「持てるかい」

「持てる」

 ローレンツは、箱を階段の下まで運んで、そこへ置いた。

「季節の節目に、人がまいります」

「うん」

「では」

 ローレンツは、戸のところで向き直った。それから出ていって、戸を手で押さえ、音のしないように閉めた。

 わたしは箱を持ち上げた。両手でないと持てない。


 階段は石で、まんなかがへこんでいた。同じところばかり踏むと、石でもへこむらしい。

 上にも戸がならんでいた。はしから三つ目をあけたら、中に、先に来ている子がいた。

 部屋には、寝るところが二つあった。窓が一つ。壁ぎわに、水の入った瓶が置いてある。

 女の子は、片方の寝るところに布をひろげていた。背は、わたしと同じくらいだ。顔を上げた。

「ここ、いっしょの子だよね。わたし、ミナ。リューデンから来たの。名前、言える?」

「つむぎ」

「つむぎ。うん、覚えた」

 ミナは、ひろげていた布をたたみ直しはじめた。はしとはしを合わせて、それから半分にする。

「あのね、リューデン通ってきたよ。三日目の昼まえ。字がいっぱいあった。板が下がってて、高いところのは大きくて、低いところのは近くまで行かないと……あと、門から戸まで八十二歩あった。ちがう、二回目は八十四だった」

「どっちが本当?」

「わかんない」

「じゃあ、明日もういちど歩いてみたらいいよ。三回やって、二回おなじだったほうが本当だって、父さんが言ってた」

「三回」

「うん、三回」

「いま行ってくる」

「もう暗いよ」

 わたしは箱を下ろした。

「どこから来たの」

「村。馬車で四日。リューデンより、ずっと向こう」

「わたしのうちからは、近いよ。朝に出たら、その日のうちに着くの」

 ミナは、たたんだ布を寝るところのはしへ置いた。置いてから、こっちを見た。

「荷は、下に入れるといいよ。上に置いておくと、掃除の人が動かすの。動かされると、どこへいったか分からなくなる。わたし、きのう上に置いておいて、動かされたから。だから、下」

「わかった」

 わたしは箱を寝るところの下へ入れた。入れてから、引き出して蓋をあけた。炭は割れていなかった。手本の板も、字がこすれていない。もとに戻して、また下へやった。

「明日は、朝に鐘が鳴るの。鳴ったら、下へ行くの。下で待っていると、名前を呼ばれるの。分かった?」

「うん」

「そのあとが、ふつうの授業。字と、数と、書き方。ここまでは、みんな行くの」

「ここまでは?」

「うん。そのあとに、魔法の授業があるの。行く子と、行かない子がいるの」

 ミナは、そこでいちど手を膝に置いた。

 この子は、言いおわるたびにこっちを見る。見てから、次を言う。先生は、そうしなかった。

「わたしは、魔法の授業は、ないよ」

「そうなんだ」

「父さんが、字と数と書き方ができれば足りるって。うち、帳場だから」

「ちょうば」

「お店の、お金と品物を書くところ」

「つむぎは、字、書ける?」

「書ける。板と、灰に」

「灰?」

「うすく敷いてあるんだよ。指で書く。書いたら消して、また書く」

「紙じゃないんだ」

「紙は、村にはあんまり無い」

 ミナは、しばらく考えていた。

「こっちは紙だよ。紙は消せないから、はじめに頭の中でぜんぶ作ってから書くの。父さんがそう言ってた」

「ぜんぶ?」

「ぜんぶ」

 わたしは、窓のところへ行った。外は、もう青くなっている。下のほうで、まだ人が歩いていた。荷を担いだ人と、手ぶらの人がいる。担いだ人のほうが速い。


 夜になった。寝るところに座って、足を下ろしていた。うちの寝るところより高い。ぶらさげても、つま先が床につかない。

 それから、立った。水瓶のところへ行って、蓋をあけた。いっぱい入っている。手を入れてみた。冷たい。

 瓶は、うちのより小さい。両はしを持って、すこしだけ浮かせてみた。中の水がいちど寄って、戻った。

 部屋を見まわした。竈は無い。落とす火も無い。戸をあけた。外の音は、さっきより減っている。戸を閉めた。

「火、ないんだ」

 ミナは、もう横になっていた。こっちを見ていない。

 この時間には、火に灰をかけている。それから、鶏が三羽そろっているのを見て、うちへ入る。手が、なんとなく動いた。持つものが無かった。指をひらいて、閉じた。

 やることが、一つも残っていない。へんなかんじがした。

「なにしてるの」

 ミナが、寝るところから顔を上げた。

「見てる」

「なにを?」

「水」

 ミナは起きてきて、瓶の中を覗いた。それから蓋をもとに戻した。

「それね、朝と夕方に、入れてもらえるの。下働きの人が桶で持ってきて、そこへ足していくの。わたし、きのう見てた」

 ミナは、わたしの顔をいちど見た。

「へやのみずは、くんでこなくていいんだよ」


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