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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第五章 春、塾に通う

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わたしが行くりゆうは、ふたつあった

 鶏が、桶のふちに乗った。

 三羽のうちの、いちばん小さいのだ。ふちは細いのに、ちゃんと立っている。乗ってから下を覗いて、それから飛び下りた。桶にはまだ水が入っていない。

「水は、まだだよ」

 桶を足で少し動かしたら、いちばん小さいのがまた乗った。動くほうが、たのしいらしい。

 わたしは朝から数えていた。わからないことを数えている。数えても答えは出ないので、たまっていくのは数のほうだけだ。声に出すと忘れないので、出しながら歩いた。

「ひとつ。がくえんの字は、塾の字とおなじかどうか」

 同じなら、いま覚えたぶんは、そのまま使える。ちがうなら、はじめからだ。おとうさんは、そこまでは聞いていないと言った。訊いても、あの人は知らないと言うだろうとも言った。

 水瓶の蓋をどけて、手を向けた。手を向けているあいだは、ほかのことを考えられる。考えていたら、いつのまにか止めていた。止めてから、覗いた。ちょうどだった。

「ふたつ。馬車のきた道は、どこまで行ったら終わるのか」

 四日か五日で終わるらしい。でも、終わったところから先にも、道はあるはずだ。あの道は村で切れていない。馬車は、上がってきて、また下りていった。切れているなら、下りていけない。

 竈の口に、細い枝を先に入れた。上から太い薪を渡す。煙が出て、いちど目にきた。よけたら風の向きが変わって、また来た。

「けむい」

 火がつくまで、しゃがんだままでいた。膝のところが灰っぽくなる。立ってから手ではらったら、はらったぶんが、戸口の日の中で光った。

 竿のところへ行って、干したものをかけた。かけてから、下のほうを手で払った。日は、もう屋根の上まで来ている。鶏は、干し場のところまでついてきて、そこで止まった。

「みっつ。四日も馬車に乗っているあいだ、なにをしているのか」

 寝るのだろうか。ずっと寝ていたら、着いたときに眠くないのだろうか。それとも、途中で降りて、歩くのだろうか。

 坂の下まで下りていった。曲がりのところに、車輪の跡が二本残っている。片方は消えかけていて、片方は、まだ溝になっている。指を入れたら、いちばん先の節まで入った。

「ふかい」

 跡の幅を、歩幅ではかった。二歩と、すこし。うちの戸の幅より広い。

 跡は、曲がりの先で草に隠れていた。隠れたところから先は、ここからは見えない。

 指は三つのかたちのまま、朝から止まっている。折ったところが、白くなっていた。

「四つ目」

 言ってみたけれど、あとが続かなかった。

 塾は、麦の忙しいあいだは休みだ。だから朝が少し長くて、そのぶん、数える時間がある。

 あずかりものは一つ。手をかざして、五つ数えるあいだ、そのままにした。おとうさんの家のほうもやってから、うちへ戻った。戻ったら、サナがいた。


 サナは戸のほうを向いて座っていた。

 わたしは竈のほうを向いて座る。前からそうだ。だから、二人で話すときは、向かい合わずに横にならぶ。顔は、声のほうを見るときだけ動く。

 棚から器を出して、よけてあったぶんを移した。サナは受け取って、膝の上に置いた。

「あのね、鶏が桶に乗ったよ。水が入ってないのに、覗いてた」

「いちばん小さいのでしょう」

 サナは食べはじめた。

「あと、がくえんに行ってくる。とおいけど、季節ごとに帰るって」

「そう。決めたのね」

「塾は、麦のあいだは休みなんだって。だから朝が長いの」

「四日って、どれくらいだと思う?」

「鶏を四回出して、四回入れるくらいね」

 言いながら、匙は動いたままだった。

「歩くと、もっとかかるんだって。おとうさんが言ってた」

「あずかりものは、豆。下の家の」

 サナは器のほうを見た。

「これには、入ってないわね」

「それと、わからないことを数えてるの。いまは三つ」

「三つだけ?」

「うん。四つ目が、まだ出てこないの」

 サナは食べおわると、器を膝から下ろして、両手を膝の上に置いた。それから、戸の外のほうを見ていた。外で鶏が鳴いている。鳴きやんでも、どっちも動かなかった。


 夜、となりへ行った。

 おとうさんは土間で縄を巻いていた。長いのを、腕に掛けて、手首で回して束にしていく。おかあさんは台のところにいて、紙は出していなかった。

 わたしは、入ってすぐに言った。

「行く」

 おとうさんは、巻いていた縄を膝に置いた。

「そうか」

「よめない字が、まだいっぱいあるから。それと、馬車のきた道の、さきを見てみたいから」

 言ってから、二つだ、と思った。数えるときは三つあったのに、言うときは二つになった。

「行ってこい」

 おとうさんはそう言って、それから、また縄を巻きはじめた。手は止まらなかった。

「合わなかったら」

「帰る」

 考えなくても言えた。

「返事は、だれに言うの」

「村長に言う。そのあと、こっちから知らせる」

「わかった」

「なにを持っていく」

「わかんない」

「明日、箱を出す」

「はこ」

「麦の袋を入れてたやつだ。あれなら、まだ空いてる」

 おかあさんは、なにも言わなかった。


 次の日、おかあさんが箱を出してきた。

 麦の袋を入れていた箱だ。中を拭いて、外へ出して、日に当ててあった。近づいて嗅いだら、粉のにおいが薄くなっていた。前は、蓋を開けただけで分かるくらいだったのに。

 入れるものは、自分で決めていいと言われた。着るものを二枚。ひもを一本。塾で使っている板きれと、炭を三つ。炭は割れやすいので、布に包んで、いちばん下にした。

 着るものは、入れたあとで、おかあさんがはしを内がわへ折り込んだ。折り込むと、箱のかどが出た。

「これ、いる?」

 わたしは、まんなかの割れた板きれを持ち上げた。坂をすべるのに使ったやつだ。

「……向こうにも、木はあると思うわ」

「じゃあ、いらない」

 棚のいちばん上の板は、置いていくことにした。字は、また書けるからだ。

「板は、こっちのを持っていく」

「……そう」

 鉢は入れなかった。あずかりものは、こっちに置いていくものだ。

 箱は、まだ空いていた。空いているところに何を入れたらいいのか、分からない。おかあさんは横で見ていて、何も入れなかった。



 入れたものを、数えた。七つだった。

 着るものが二枚、ひもが一本、板が一枚、炭が三つ。入れるものはあの子が選んで、私は横で見ていた。

 紙のいちばん新しいところに、この十日ぶんが並んでいる。行き帰りの日数、帰ってくる時期、書き足してもらった一行。数と日づけばかりだ。引き止める理由を書こうとして、書けなかった。書けないものは、たぶん理由ではないのだと思う。

 向こうでは、私ではない人があの子を見る。私ではない紙に書く。その紙を、私は見られない。見られる場所にいない。

 だから、こちらの紙は続ける。あの子がいない日の紙は、たぶん短くなる。短くても、日づけだけは入れておく。空けたところが、そのまま、行っていた日になる。



 箱の蓋は、押さえなくても閉まった。

 荷は、ひと箱で足りた。


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