俺は今年、冬の薪を春のうちに頼んだ
柱の根を握って、体重をかけた。動かない。
去年の秋、村長は、霜が来ると土が持ち上がると言った。持ち上がった土は、春に下がる。下がったところに壁が乗っていれば、そのぶんだけ傾く。雪の前に土を足したのは、その手当てだ。
北のはずれの一軒目から見た。壁の下へ指を入れて、隙間の深さをみる。それから三歩離れて、軒の線を横から見る。線は通っていた。
二軒目も同じだった。指は去年と同じところで止まる。軒の線も落ちていない。
「なにを見とるんだ」
村長が道の下から来た。手ぶらである。
「壁です。雪の前に足したところを」
「どうだ」
「動いていません」
「動くのは、たいてい二年目だ。一年目に足した土は、雪の重みで締まる。締まったところへ、次の霜が来る。下がるやつは、そこで下がる」
「では、来年も見ます」
「見とけ」
村長は壁の際まで来て、自分でも下を覗いた。覗いて、隙間へ指を入れて、それだけで離れた。年寄りの二人は表へ出てこなかった。戸の内側で、鍋の音がしている。
「種を出す日は、あさってだ」
俺は書きつけの板を出して、あさって、と書いた。それから、上の段へ回った。葺き替えたところの下だけ土が痩せている。三軒あった。痩せたぶんを足すのは女たちのほうが早いので、場所だけ書いて、日にちは入れなかった。人の手が空くのは、蒔きが終わってからだ。
置き場の南も見た。冬のあいだ風がまともに当たる側で、去年、垂木を替えたところだ。留めた木は動いていない。
「まだ土は動いとらんぞ」
声が先に来た。回り込むと、ヨナスが積んだ丸太の上に座っていた。膝に鉈を置いて、刃の面を横から見ている。
「溝の話じゃないです」
「じゃあ、なんだ」
「薪です。今年は、いまから頼みます」
「春に薪の心配をする男は、村で初めてだ」
「割ってから乾くまでに、時間が要るので」
ヨナスは丸太から下りて、皮の残っているところを親指で起こした。起こしたぶんを剥がして地面へ落とし、下の白いところを手のひらで撫でた。
裏に寝かせてある三本は、皮をむいていない。むいていないものは乾かない。乾いていない薪は、割っても燃えるまでに間がある。
「木を出すのは、いつごろですか」
「蒔きが終わってからだ。人が余る。……去年は、婆さんとこのを先に出した。あそこは、人が来んからな」
俺は書きつけの板をヨナスのほうへ向けた。冬のあいだに書いた数字が並んでいる。村ぜんぶで一日に燃やした束と、残りの日にちだ。
うちの二軒ぶんは、その隅に別に書いてある。降ってから緩むまでで、百日あった。
「丸太で言うと、何本になりますか」
「十二本だ。一本余る勘定だが、余ったぶんは婆さんとこへ回る。毎年そうだ」
「十二本、お願いします」
ヨナスは丸太の上の皮を手で払って、そこへ座り直した。座ってから、鉈の刃をもう一度見た。
割る場所と、積む先までを歩いた。切り株の位置は去年と同じでいい。積む先は軒の下だ。去年と同じで、下に板を噛ませる。十二本を割ったぶんが、軒の下に入るかどうかだけ、目で当たりをつけた。入る。
家へ戻って、書きつけの板の隅を見た。十五日、と書いてある。冬のあいだに二度書き直した数字で、下から前のぶんが透けていた。
鉋を当てた。炭は、削れば消える。三度ぶん削ったら、そこだけ低くなった。指を滑らせると、段に当たる。この面には、もう書けない。
畑へ回った。北の縁は、去年の終わりに文乃が灰を撒いたところだ。撒いたのは雪の上で、鉢の底を指でこすって落とすくらいの、細い線だった。
その線のところだけ、緑が出ていた。線の外は、まだ土の色しかない。しゃがんで指で土をよけると、芽の下が黒い。灰が雨で下へ入ったぶんだ。
「……出てるわね」
文乃が畦に立っていた。紙を丸めて持っている。
「どこまで撒いた」
「……この線まで。鉢に二杯しか無かったから」
線の端から端まで歩いた。十八歩ある。畑の北の縁は、その三倍ある。
「全部に撒くなら、どれだけ要る」
「……これの、十倍くらい」
「二軒ぶんの灰では、一冬ためても足りないな」
「……足りないわ」
文乃はしゃがんで、緑の出ているところと出ていないところの境に指を当てた。当てたまま、線に沿って三歩ぶん動いた。動いたぶんだけ、境がまっすぐに続いている。芽の出方に濃いところと薄いところはあるが、線から外へは出ていない。
「効いたと書くのか」
「……効いたと書くわ」
「来年、それで決める」
文乃は立って、紙をひらいた。二行書いて、また丸めた。
灰は今年も溜める。村じゅうから集めるかどうかは、まだ何も言わないでおいた。書きつけの板には、緑の出た日だけ書いた。
夜、戸を閉めた。水瓶の蓋を開けると、水が縁の下まで来ている。娘が夕方に出して帰ったぶんだ。蓋を戻した。
棚のいちばん上に、板が一枚立ててある。娘が字を書いた板だ。丸太の端から取って、俺が削って渡した。厚みは指一本ぶん、長さは手のひら二つぶんある。
炭で、つむぎ、と書いてある。裏にも書いてある。裏のほうは、しまいが端からはみ出して、途中で切れていた。下に小さい器が寄せてあって、それで倒れずに立っている。
手を伸ばして、裏の字を親指で押さえた。親指の腹に、炭が黒くついた。板があと半分長ければ、収まっていた。次に取るときは、そうする。
「そこは、手が届かんだろう」
文乃は、返事の代わりに板を取った。あかりの下へ置いて、指を字の上に置く。
一つ目をなぞって、二つ目をなぞって、しまいのところで指が止まった。それから裏を返して、切れているところをなぞった。
なぞりおえて、棚へ戻した。戻すとき、下の縁を指で押して、まっすぐに立て直した。
「あさって、種を出すと村長が言っていた」
文乃はうなずいて、台の紙を巻き直した。
俺は土間へ下りた。軒の下から丸太の端を持ってきて、鉈で割った。二枚取れた。まっすぐなほうを膝に置いて、片面に鉋をかける。削り屑が膝から落ちた。面に指を滑らせて、段が無いのを確かめた。もう一枚は壁に立てかけた。いずれ要る。
書きつけの板の隅は、低くなったままだ。鉋をかけたところだけ、指が沈む。炭を一本折って、細いほうを取った。
頼んだ薪の数を、あたらしい板に書いた。




