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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第四章 冬、越えるまで

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雪がゆるんだ日、わたしは塾の話を聞いた

 雪を踏んだら、かかとが入った。

 きのうまでは、ここは硬かった。乗っても、乗ったところで止まっていた。今朝は、乗ろうとしたら、そのまま下まで行った。

 横のところも踏んでみた。同じだった。

「やわらかい」

 足を抜いたら、穴のふちが崩れて落ちた。粉ではない。ひとつひとつが粒になっていて、指でつまめる。つまんだら、すぐ濡れた。

 わらぐつを履いた足が、じきに重くなった。下からしみてくる。歩くと、ぐしゅ、と鳴る。このあいだまでは、ぼふ、だった。

「音、かわったよ」

 誰もいないので、言っただけだ。


 灰を空けるところへ行った。

 外の、決まったところだ。うちのと、おとうさんの家のと、二軒ぶんを毎朝ここへ運ぶ。

 そこだけ、土が出ていた。

 まわりはまだ白いのに、灰を空けたところだけ、まるく黒くなって、下から土が見えている。踏むと、ぐしゅ、といった。すぐ横の雪は、乗ってもまだ止まる。

「ここだけ、先に出てる」

 しゃがんで、手のひらを黒いところに置いた。冷たくない。すぐ横の雪にさわったら、そっちは冷たかった。

 二回、くらべた。二回とも、おなじだった。


 うちへ戻って、洗ったものを外へ出した。

 このあいだまでは、出しても乾かないので、竈のそばに吊るしていた。近いと早いけれど、煙のにおいがつく。外のほうがいい。

 きょうは風がある。

「昼に、さわりに来る」

 言ってから、端をもう一回引っぱって、しわを伸ばした。


 井戸まで行った。

 縄が、まっすぐ下がっていた。

 冬は、垂らすと途中で曲がって、曲がったところで止まっていた。棒みたいになるのだ。使う前に、両手ではさんでこすって、やわらかくしてから垂らした。

 いまは、こすらなくても下まで落ちる。

「もどった」

 まわりの雪は、踏まれたところがへこんで、水がたまっていた。よけて歩こうとして、片足を入れた。冷たい。冷たいだけで、割れない。

 薪を割るところも、雪が減っていた。切り株の頭が出ている。

 鶏が三羽、ついてきていた。

 雪がふかいあいだ、いちばん小さいのは腹がつかえて、途中で戻っていた。きょうは、ついてくる。ついてきて、いちばん前を歩いている。

 あとの二羽は、まだ軒の下から出ない。

「出てくればいいのに」

 いちばん小さいのが、振り返った。


「つむぎー」

 下のほうで、頭が三つ動いていた。三つとも、こっちを向いている。

「なに」

「あのね、春になったら、塾に行くんだ」

「じゅく」

「字をならうの」

 わたしは坂を下りていった。下りるとき、いつもより滑る。下がやわらかいと、こうなる。

「字」

「うん。それと、かずのかんじょう」

「かずのかんじょうなら、できるよ。ひとつ、ふたつって」

「書くほうだよ」

 書くほう、というのが、よくわからなかった。数えるのは、口でやるものだと思っていた。

「書くと、どうなるの」

「わすれない」

 いちばん背の高い子が、そう言った。言ってから、自分でうなずいていた。


 その子が棒を拾って、雪に自分の名前を書いた。

 三つ書いたところで、下が坂になった。最後のが、そのまま、ずうっと下まで伸びていった。

「のびた」

「のびてない。これでいいの」

「さかさまだよ、それ」

 もう一人が言った。書いた子は棒でそこを押さえて、こっちがほんとだ、と言った。

「どっちがほんと?」

 訊いたら、二人とも黙った。

「塾で訊けばいいよ」

 三人目が言った。それで、その話はおしまいになった。

 わたしは、伸びたところを足でなぞってみた。ずいぶん長い。

「これ、なんて書いてあるの」

「ぜんぶで、名前」

「長いね」

「長くない」


 井戸のところまで戻ったら、下の家のおばさんが来ていた。桶を提げている。

「雪がなくなってからだよ、始まるのは」

「なんで、なくなってから?」

「ぬかるむうちは、みんな畑が先だからね。手があいてから行くのさ」

 おばさんは桶を置いて、縄を見た。

「あんた、こすらなくてよくなったよ」

「うん。まっすぐ落ちる」

「うちのは、去年から行ってるよ。おかげで、預かったものの数をまちがえなくなった」

「かずのかんじょう?」

「そうそう」

 わたしは、うちの棚のことを考えた。あずかりものは、いまは二つある。二つなら、指で足りる。

「わたしも行こうかな」

「行けばいいさ。なんで行きたいんだい」

「みんな行くから」

「そりゃそうだ」

 子供たちは、もう坂の上に戻っていた。


 石段の下まで来たら、おかあさんが座っていた。

 膝に板をのせて、その上に紙をひらいている。ずっと家の中で書いていた。外で書いているのは、ひさしぶりだ。

 石段は、上の三段がまだ白い。下は、もう石が出ている。

「つめたくないの」

「……布を、敷いてるから」

 わたしも、となりに座った。おかあさんが、敷いていた布を半分こっちへずらした。


 紙には、黒いのがならんでいた。

 わたしには、ならんでいるだけだ。でも、おなじ形のが、なんべんも出てくる。上のほうにあるのと、ずっと下にあるのが、おなじだった。

「これ、おんなじだね」

 指でさした。おかあさんは、さしたところを見た。

「……そうね」

「こっちにも、ある」

「……あるわね」

 なに書いてるの、と訊いたことがある。いろいろ、と言われた。いろいろは、いろいろだ。だから、いまは訊かない。

 かわりに、べつのことを訊いた。

「おかあさん」

「なあに」

「字が読めたら、これ、読める?」

 書く手が止まった。

「……読めるでしょうね」

 それだけだった。おかあさんは、また書きはじめた。


 風が出てきて、紙のはしがめくれた。

 わたしは下から石を一つ拾ってきて、はしに置いた。ちょうどよかった。

「……ありがと」

「もう一つ、いる?」

「一つでいいわ」

「二つのほうが、とばないよ」

「……二つ置くと、書くところが無くなるわ」


 おとうさんが、上から下りてきた。肩に棒をかついでいる。

「そこ、冷えないか」

「敷いてるよ」

 おとうさんは、ふうん、という顔をして、それから、おかあさんの紙のほうを見た。見ただけで、なにも言わなかった。

「昼からは、下の壁だ」

「うん」

 行ってしまった。

 わたしは、けさのことを喋った。かかとが入ったこと。縄がまっすぐになったこと。鶏がついてきたこと。おかあさんは、書きながら、ときどき、うん、と言った。

「あとね、灰を空けるところだけ、先に土が出てるの」

 書く手が止まった。

「……灰のところだけ?」

「うん。まわりは、まだ白いよ。さわったら、灰のとこだけ冷たくないの」

 おかあさんは、坂の下のほうをしばらく見ていた。それから、紙のはしに短く書いた。いつもより短かった。

「……行ってみる」

 言って、立ちあがった。布を畳んで、脇に抱えた。


 上の段を回った。

 一軒目で、いいと言われた。

「きょうはいいよ。自分で汲んできたからさ」

「縄、こすらなくてよくなったでしょ」

「そうなんだよ。だから、うちはもういい」

「そっか」

 二軒目でも、同じだった。三軒目だけ、出してくれと言われた。あいているほうの手を、甕の外側につけておく。水の来たところだけ、外が冷たくなる。冷たいところが指まで上がったら、そこで止める。

「助かるよ」

 ゆびで数えた。ひとつだった。冬は、四つあった。

 ひとつは、少ない。


 わたしは、もう一回、上まで上がった。

「なんか、ある?」

「なんにも無いよ」

 おばさんは笑って、それから、ちょっと待って、と言った。奥で音がして、出てきたときには、小さい鉢を持っていた。

「じゃあ、これ」

 持つと、軽い。中を見たら、豆が底のところにだけ入っていた。

「たいして要らないんだけどねえ。まあ、たのむよ」

「たのまれた」

 両手で持って帰った。棚に置いて、手をかざした。少ないので、すぐ済んだ。少なくても、やることは同じだ。

 外の干し物にさわった。

 乾いていた。朝に出したものが、昼に乾いている。冬のあいだは、こうならなかった。指で押しても、冷たいところが残らない。

 顔をうずめた。日なたの匂いがして、頬があたたかい。

 わたしは、それを抱えて、いっぺんに中へ入れた。


 石段の下のほうで、おとうさんたちが雪をどかしていた。

 壁のきわに寄せてあったやつだ。冬のはじめに、家から離しておけと言っていた。いまは、それを、もっと離している。とけたぶんが、下へ入るからだ。

 おとうさんは、下の人と二人で、大きいかたまりを持ち上げていた。両手がふさがっている。

「おとうさん」

 言ったけれど、聞こえなかった。

 待つことにした。

 おかあさんが、上から下りてきた。おとうさんのところで足を止めて、短く何か言った。指で、灰を空けるところのほうをさしている。

 おとうさんは聞いて、それから、わたしのほうを見た。

「つむぎ。灰は、どこへ空けてる」

「決まったところだよ」

「連れていってくれるか」

 連れていったら、おとうさんはしゃがんで、黒くなっているところを手のひらで押した。それから、すぐ横の雪をさわった。二回、そうした。わたしが朝にやったのと、おなじやり方だった。

「……なるほどな」

 板を出して、書いた。

「明日から、灰は捨てずに溜めておいてくれ」

「すてないの」

「北のはずれの道に撒く。日の当たるところだけだ。曇りの日は効かん」

「二軒ぶんじゃ足りないよ」

「村じゅうから集める。村長に訊いてからだ」

「ふうん」

 わたしは、それより、屋根のことが言いたかった。

 日は、まだ高いところにあった。屋根のはしから、とけた水が落ちている。落ちているところの下に、細い穴が、いくつもあいていた。

 春になったら、じゅくに行ってみる。おとうさんに言おうと思った。


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