サナが帰ってきて、わたしは全部しゃべった
「つむぎちゃん、朝からごめんよ」
外から呼ばれた。棒を灰に入れたまま、返事をした。
「いるよ」
戸があいて、下の家のおばさんが顔を出した。両手で鉢を抱えている。
「ゆうべ、落としちゃってねえ」
鉢の中には灰が入っていた。火をもらいに来る人は、みんなこれを持ってくる。
わたしは棒で寄せて、下から燠を二つすくった。おばさんの鉢の灰の上にのせて、それからまた上に灰をかける。かけすぎると、着くまでに消える。
「つけてこようか。すぐだよ」
「いいのいいの。これで足りるよ」
おばさんは鉢を抱えなおして、そうっと出ていった。
「助かったよ」
と、戸の外で言った。
わたしはまた、竈の前にしゃがんだ。おとうさんの家で寝たのは三日で、雪のやんだ朝に、こっちへ帰ってきた。それからは、朝はうちの竈から始まる。もとにもどった。
二十歩の道は、あれから何回も掻いた。いまは固くなっていて、走ってもいい。走るなと言われなくなったのは、おとといからだ。
灰は二日でたまる。三回すくうと、窪みの底が見えてくる。外の決まったところまで運ぶあいだに、腕がだんだん下がってくる。
「どいて」
窪みの前に、いちばん小さいのが立っていた。羽をふくらませたまま、どかない。灰を持ったままでは押せないので、またいで通った。
水瓶の蓋をあけたら、上に薄い氷が張っていた。手をかざして、下から足す。張っていた氷がういてきたので、端へ寄せて、指でつまんで外へ出した。指にくっついて、なかなか落ちなかった。
干したものは、朝に出して、そのままにしておく。昼に見に行っても、まだ濡れている。
わらぐつを、靴の上からかぶせて履いた。ひもが凍っていて、結び目がかたい。指で押してゆるめてから、足首にまわした。
外は、あちこちで、しゃっ、しゃっと鳴っていた。みんな掻いている。道は村じゅうでつながっている。
きょうは四軒だ。上の段から順に回る。
一軒目は、甕が大きいのに替わっていた。前のは、わたしが両手でかかえられた。いまのは、かかえられない。
「これ、いっぱいでいい?」
「いっぱいでいいよ。この前みたいに、来られん日があるからねえ」
中へ手のひらを向けた。内側に、わたしの手のかげがうつっている。かげが短くなってきたら、もうすぐいっぱいだ。
短くなって、消えた。
「助かるよ」
二軒目は、水ではなくて、保たせるほうだった。鉢のふたをあけてもらって、上から手をかざす。水のときとちがって、音がしない。中で五つ数える。数えるのは、わたしが勝手に決めた。ほんとうは、もっと早くていい。
「そっちのも、いいかい」
「いいよ」
「助かった」
三軒目のおじさんは、話が長い。ゆうべの雪の話をして、去年の雪の話をして、そのまた前の雪の話をした。わたしは途中で、自分で鉢のふたを閉めた。
四軒目へ行く途中で、坂の下から呼ばれた。
「つむぎー、板ある!」
子供が三人、板を一枚かかえていた。薪の下に噛ませてあったのを、もらったのだそうだ。まんなかが割れていて、もう使わないやつだ。
「すべる?」
「すべる」
四人で坂の上まで持って上がった。上から見ると、村がぜんぶ下にある。
いちばん小さい子が先に乗った。まっすぐ行って、下の平べったいところで止まった。次の子は途中で横を向いて、そのまま横のまま下まで行った。
わたしは二回乗った。二回目はうしろにもう一人乗ったので、重くて、途中で止まった。二人で降りて押したら、板が先に行った。
「あ」
板は、下まで行った。ひとりで行った。
四人で走って下りた。走ると、足首のところから雪が入る。入ったのは、あとで気がついた。
三人で乗ろうという話になって、乗る前に三人とも落ちた。落ちて、しばらく起きなかった。空が白い。白いところを、そのまま見ていた。
横でだれかが笑いだした。つられて、止まらなくなった。笑うたびに、背中の雪がずれた。
「つむぎ、まだ行くとこある?」
「ある」
起きて、走った。
四軒目は、いちばん下の家だ。器を二つ出してもらって、両方いっぱいにした。
「これで四軒」
「そうかい。じゃあ、きょうはおしまいだ」
おしまいだと言われると、まだ行けるのにと思う。でも、そう決まっている。北のはずれは、あしただ。
帰りに、坂の途中の家の前を通った。
戸があいていて、中から煙が出ていた。おばさんが屈んで、灰を掻いている。
「また落ちたの」
「落ちたよ。もらいに行こうと思ってたとこさ」
わたしは、四軒までと言われている。
「やろうか」
「いいのかい。あんた、四軒までって言われてるんだろ」
「いいよ」
言ってしまってから、いいよ、と言った自分の声を聞いた。
細い薪を組んでもらって、上から手をかざした。ぱち、と鳴った。鳴ってから、太いのを足した。
「助かった」
わたしは、鳴るまでのあいだがいちばん好きだ。
坂を下りながら、指で数えた。五つある。
四軒だと言われている。だから、五つ目は数えないことにした。
数えないことにしたら、四つになった。
昼をすぎたころから、また降りだした。細かい雪が、まっすぐ落ちてくる。
夕方に帰ったら、土間の奥がふさがっていた。目がなれてくると、サナが座っていた。
「そこにいたんだ」
「さっきからいたわよ」
わたしは戸を閉めて、わらぐつを脱いだ。サナの肩のところが、点々と濡れている。
棚の布を持ち上げて、いちばん奥に腕を入れた。指にあたったのを出して、器に移す。もう一つ器を並べて、その上へ手をかざした。
サナが両手を出した。そこへ落とすと、手のひらにたまって、指のあいだからこぼれた。サナは二回こすって、食べはじめた。
わたしは土間に座って、端から話すことにした。
「戸がね、あかなかったの。押しても、ふわってへこむの」
「三回目に肩でやったら、体の通るぶん、あいた」
「出たら、一歩目で腰まで入ったよ。二歩目をさがそうとしたら、こっちが沈むの」
「ぼふって鳴るの。前のは、ぱきって鳴ったのに」
サナは器をいったん置いた。
「ずいぶん積もったのね」
そう言って、また食べはじめた。
「三日、おとうさんの家で寝たんだよ。渡れなかったから。なんにも持っていってない」
「ひまだから、わらでにわとりを作ったの。五羽できた。竈の横に置いてある」
「二羽目からは、うまくなった」
「こっちの火はね、消えなかったよ。三日目の朝に見に行ったら、灰の下に小さい燠が二つ残ってたの。棒をずうっと下まで入れて、持ち上げたの。そしたら、出てきたよ」
サナの指が止まった。
「残ってたのね」
「残ってたよ」
わたしも、もう一回言った。
「おとうさんの家のは、消えたんだって。夜に。朝、起きたら、ついてた」
「あとね、おとうさんが、帰るみちが無いって言ってた」
「きょうは四軒回った。甕が、大きいのに替わってたよ」
「坂で板をすべったの。三人で乗ろうとして、乗る前にみんな落ちた」
「小さいのは、きょうは出てこなかった。あの子、雪がおなかにつくと戻るの。ほかの二羽は軒の下から動かないのに、食べるのは早いんだよ」
気がつくと、また鶏の話をしていた。
わたしが一つ言うと、サナは「そう」と言う。また一つ言うと、また「そう」と言う。
サナは器を空にした。置いてから、指を一本ずつ布でぬぐった。
わたしは立ちあがって、めくれたままの棚の布を下ろした。下ろしているうちに、サナがうしろに来ていた。
頭に手がのった。のったまま、動かない。わたしは喋るのをやめなかった。しばらくして、手が離れた。
夜は、おとうさんの家で食べる。
外に出たら、降りはやんでいた。掻いた道は、まだ道の形をしている。二十歩、まっすぐ歩いた。
戸をあけたら、汁の匂いがした。
「サナ、帰ってるよ」
「そうか」
おとうさんはそう言って、箸を取った。おかあさんが汁をよそって、わたしの前に置いた。
「手、なおった?」
「なおった」
「見せて」
おとうさんは手のひらを出した。めくれていたところが白っぽくなって、まわりとおなじ高さになっている。さわると、そこが硬い。
「かたい」
「そのうち戻る」
竈の横に、藁のにわとりが五羽ならんでいた。ぜんぶ、おなじほうを向いている。置いたときは、ばらばらだった。
「これ、ならべた?」
「……ならべてないわ」
おかあさんはそう言って、汁を飲んだ。
「あしたも四軒?」
「四軒だ」
あしたは、上の段が三つと、北のはずれが一つ。ちょうど四つになる。
ごはんのあと、こっちの灰をかいた。窪みが深いから、たくさん入る。
「風、こっちだよね」
おとうさんが、うん、と言った。
わたしは風の上に立って、決まったところへ空けた。目に入らなかった。
外は晴れていた。息が白い。星が出ている。
うちへ入ったら、サナはさっきと同じところに座っていた。
わたしは竈の前にしゃがんだ。太い薪を一本はずして立てかけて、燠をまんなかへ寄せる。上から灰をふわっとかけた。かけすぎると、朝まで残らない。
「これでいい」
棚のところへ行った。いちばん奥は、空になっている。そこはサナの場所で、動かさない。となりに、村から預かっているのが二つある。取りに来ることになっている。
あしたのぶんを、いちばん奥に置いた。
よけたぶんに、布をかけなおした。




