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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第四章 冬、越えるまで

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大雪の三日、わたしはこっちの家で寝た

「あかない」

 戸を押した。押したところが、ふわっとへこんで、それだけだった。

 起きたときから、下のすきまが白かった。いつもは、そこから風が入ってくる。今朝は詰まっていて、風も来ない。

「そこまで来てるんだ」

 もう一回、こんどは肩でやった。上のほうが少し開いて、開いたところから、さらさらした雪が土間へ落ちてきた。

 手にのせてみた。すぐには消えない。

「きのうのと、ちがう」

 きのうまでの雪は、上のほうがかたくなっていて、踏むと、ぱき、といった。これは、ぜんぜんかたくない。粉みたいだ。

 三回目に、体の通るぶんだけ開いた。


 外へ出て、一歩目で、腰まで入った。

「ぼふって、いった」

 へんな入りかたをする。踏んだのに、下がない。二歩目をさがそうとして片足を上げたら、そのぶん、こっちが沈んだ。

 声を出して笑った。笑ってから、鶏を見に行こうとして、それもできないことがわかった。軒の下までが遠い。

「あとで行くね」

 二十歩ないところが、ぜんぶ白い。平べったい石も、水を捨てるところも、見えない。おとうさんの家の戸のあたりだけが、黒くなっている。

「おとうさーん」

 呼んだら、向こうで音がした。しゃっ、しゃっ、と鳴っている。掻いている音だ。

「そこにいろ」

「いるよ」

「戸から動くな」

 音は、少しずつ近くなった。

 雪が両側に高くなって、まんなかが下がっていく。しまいに、おとうさんの頭が出た。頭にも肩にも、のっている。

「行けるか」

「行ける」

 掻いたところは、わたしの腰くらい深い。両側が壁だ。走ろうとしたら、襟をつかまれた。

「走るな。踏み固めてない」

「はあい」

 半分まで行って、うしろを見た。四角く切りとった向こうに、わたしの家の戸が、まっすぐ見えた。

「今夜は、こっちで寝ろ」

「うん」

「取りに戻らんでいい。要るものは言え」

「なんにも持ってきてないよ」

 言ったら、おとうさんは、そうだな、と言った。


 降っているあいだは、みんな家にいる。

 おとうさんも出ていかない。いつもは朝からどこかへ行ってしまうのに、今日は土間にいる。座って、筵を編んでいた。この前、引くのに要ると言っていたやつだ。

 おかあさんは竈のそばで紙をひらいて、それから畳んで、また開いた。

 わたしは、二人のあいだを二回とおって、二回とも、おとうさんにじゃまだと言われた。

「そこに立つと、暗い」

「わたし、細いよ」

「細くても、暗い」

 おとうさんは手を止めて、座るところを決めた。

 竈の右がおかあさん。左がおとうさん。火の正面がわたし。正面がいちばんあたたかい。

「おとうさん、決めるの、好きだね」

「そうか」

 言って、また編みはじめた。おかあさんが、口のところを手で押さえていた。

「それ、やりたい」

「見てろ」

 おとうさんは藁を三本そろえて、端をそろえて、下から順に、右のを左へ、左のを右へと入れていった。ゆっくりやってくれた。

「わかった」

 わたしも三本取った。

 そろえないでやった。長いのと短いのを混ぜて、まんなかから始めた。まんなかから始めると、両方に伸びる。伸びていくと、片方だけ太くなる。太くなったところで、ぐるっと回した。回したら、そのままぐるぐるになった。

「できた」

「……なにかしら」

「にわとり」

 おかあさんは、それをつまんで、横から見て、上からも見た。

「……そう言われたら、そう見えるわね」

 わたしは、もう一羽つくった。二羽目のほうが、うまくいった。並べて、竈の横の、乾いているところに置いた。

 昼のごはんのあとで、おとうさんが訊いた。

「歯は、いつ抜けた」

「歯?」

 口をあけて、指で下のところを押した。

「ここのが、いちばん先。かたいのを噛んだら、ぐらぐらして、次の日に取れたの。それから、こっちの上のが二本。上のは、しばらく穴があいてた」

「そうか」

「穴があいてるあいだね、水を飲むと、ここから出るの」

 やってみせた。出なかった。

「いまは、出ないよ」

 おとうさんは、もう訊かなかった。


 夕方、火を見に行った。道は、朝より浅くなっている。掻いたところへ、また降ったぶんが落ちていた。

 戸をあけて、竈の前にしゃがむ。棒を入れて、灰を寄せた。下に赤いのがいる。

 細い薪を一本渡して、上から手をかざした。ぱち、と鳴ってから、太いのを足す。それから燠をまんなかへ寄せて、灰をふわっとかけた。かけすぎない。

 鶏は三羽とも軒の下にいた。食べるものを多めに出して、板で風の来るほうを塞いだ。

「そっちにいなよ。出てこないでね」

 いちばん小さいのが、いちばん外側にいた。

 戻ったら、おとうさんが道をもう一回掻いていた。

 中へ入った。おかあさんが、わたしの肩の雪を払った。襟の中に入っていたのも、指で出してくれた。

「……まだ、あるわ」

 首のうしろが、いっぺん冷たくなって、それからあたたかくなった。


 次の朝は、道が無くなっていた。

 ゆうべ降ったのが、掻いたところへ全部入ったらしい。両側の壁が低くて、まんなかが高い。

 出てみたら、胸まで入った。腕を上げても、雪のほうが上にある。

「もどれ」

 うしろから襟をつかまれた。引かれたら、するっと出た。

「今日は、掻いても間に合わん」

「火が」

「ゆうべ、太いのを足したか」

「足した」

「なら、もつ」

「ほんと?」

「もつ」

 わたしは、そのあと何回か戸をあけた。あけると土間に雪が落ちるので、そのたびに掃いた。三回目に、おかあさんが手を出して、掃くのを代わってくれた。

「……もう一回、あけてもいいわよ」

「あける」

 あけた。同じだった。

 昼になっても降っていた。かぶせた灰の厚さを、指で思い出してみる。

「灰、かけすぎてないと思う」

「……ふわっと、やったのよね」

「やった」

「……なら、たぶん」

 たぶん、というのは、わからないということだ。

 となりのは、わたしがかけた。だから、わかる。

 でも、四軒は、わたしがかけたんじゃない。

「坂の途中のうち、このあいだ火を落としてた」

「……そう」

「きょうも落としてたら、だれももらいに行けないよ」

 おとうさんが、編む手を止めた。

「行かんでいい」

「でも」

「行かんでいい」

 二回言われた。二回目のほうが短かった。

 わたしは、行かないことにした。行かないけれど、考えるのはやめられない。四軒ぜんぶの灰の厚さを、思い出そうとしてみた。思い出せるわけがない。見ていないんだから。

 わたしは戸のところに座って、膝を抱えた。おとうさんが、藁を一束こっちへ寄こした。

「編んどけ」

 編んだ。三羽できた。


 三日目の朝、降りかたが細くなった。おとうさんが先に出て掻いた。わたしはうしろから、掻いたところを踏んで固めた。踏むと、しゃり、と鳴る。

 戸をあけて、竈の前にしゃがんだ。

 灰の上のほうは白かった。棒を入れて、まわして、寄せる。出てこない。もう一回、下まで入れて、そうっと持ち上げた。

 小さい燠が二つ、残っていた。

「いた」

 いちばん細い薪を選んで、その上に渡した。手をかざす。すぐには鳴らなかった。

 しばらくして、ぱち、といった。

「よかった」

 太いのを足して、それからもう一本足した。煙が上がって、まっすぐ天井のほうへ行った。

 軒の下から、いちばん小さいのが出てきた。掻いたところまで来て、すぐ戻った。


 夜、汁を食べながら、火の話をした。おとうさんは、もう聞いた話を、最後まで聞いた。

 おかあさんが、汁をもう一杯よそってくれた。

「……もう一回、行かなくて平気?」

「平気。かけてきたから」

 おとうさんが、土間のすみのほうを見ていた。

 わたしも見た。薪が積んである。下に板が噛ませてあって、乾いているのが手前だ。

「それ、おとうさんが積んだの」

「ああ」

「まっすぐだね」

「そうか」

「前は、板、見えなかったよ」

 おとうさんは、うん、と言って、それからまた同じところを見ていた。おかあさんも、そっちを見た。二人とも、なんにも言わない。

 わたしは、まだ火の話がしたかった。

「あのね、煙がまっすぐ行くのは、いいことなんだよ。曲がるのは、風が入ってるの。おとうさんが前に言ったの、おぼえてる」

「言ったな」

「明日には、やむ」

 おとうさんが、戸のほうを見て言った。

「ほんと?」

「ああ」

「じゃあ、道、また掻く?」

「掻く。明日のは、掻いたら残る」

 寝るところは、奥に敷いてある。三日目なので、もう自分で敷ける。

 横になったら、天井の木の、線みたいなところが見えた。夜なのに見える。目をつぶって、あけて、まだ見えた。

 となりの竈は、ふわっとかけてきた。あれなら、朝まで残る。

 あしたは、雪がやむんだって。おとうさんがそう言った。


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