大雪の三日、わたしはこっちの家で寝た
「あかない」
戸を押した。押したところが、ふわっとへこんで、それだけだった。
起きたときから、下のすきまが白かった。いつもは、そこから風が入ってくる。今朝は詰まっていて、風も来ない。
「そこまで来てるんだ」
もう一回、こんどは肩でやった。上のほうが少し開いて、開いたところから、さらさらした雪が土間へ落ちてきた。
手にのせてみた。すぐには消えない。
「きのうのと、ちがう」
きのうまでの雪は、上のほうがかたくなっていて、踏むと、ぱき、といった。これは、ぜんぜんかたくない。粉みたいだ。
三回目に、体の通るぶんだけ開いた。
外へ出て、一歩目で、腰まで入った。
「ぼふって、いった」
へんな入りかたをする。踏んだのに、下がない。二歩目をさがそうとして片足を上げたら、そのぶん、こっちが沈んだ。
声を出して笑った。笑ってから、鶏を見に行こうとして、それもできないことがわかった。軒の下までが遠い。
「あとで行くね」
二十歩ないところが、ぜんぶ白い。平べったい石も、水を捨てるところも、見えない。おとうさんの家の戸のあたりだけが、黒くなっている。
「おとうさーん」
呼んだら、向こうで音がした。しゃっ、しゃっ、と鳴っている。掻いている音だ。
「そこにいろ」
「いるよ」
「戸から動くな」
音は、少しずつ近くなった。
雪が両側に高くなって、まんなかが下がっていく。しまいに、おとうさんの頭が出た。頭にも肩にも、のっている。
「行けるか」
「行ける」
掻いたところは、わたしの腰くらい深い。両側が壁だ。走ろうとしたら、襟をつかまれた。
「走るな。踏み固めてない」
「はあい」
半分まで行って、うしろを見た。四角く切りとった向こうに、わたしの家の戸が、まっすぐ見えた。
「今夜は、こっちで寝ろ」
「うん」
「取りに戻らんでいい。要るものは言え」
「なんにも持ってきてないよ」
言ったら、おとうさんは、そうだな、と言った。
降っているあいだは、みんな家にいる。
おとうさんも出ていかない。いつもは朝からどこかへ行ってしまうのに、今日は土間にいる。座って、筵を編んでいた。この前、引くのに要ると言っていたやつだ。
おかあさんは竈のそばで紙をひらいて、それから畳んで、また開いた。
わたしは、二人のあいだを二回とおって、二回とも、おとうさんにじゃまだと言われた。
「そこに立つと、暗い」
「わたし、細いよ」
「細くても、暗い」
おとうさんは手を止めて、座るところを決めた。
竈の右がおかあさん。左がおとうさん。火の正面がわたし。正面がいちばんあたたかい。
「おとうさん、決めるの、好きだね」
「そうか」
言って、また編みはじめた。おかあさんが、口のところを手で押さえていた。
「それ、やりたい」
「見てろ」
おとうさんは藁を三本そろえて、端をそろえて、下から順に、右のを左へ、左のを右へと入れていった。ゆっくりやってくれた。
「わかった」
わたしも三本取った。
そろえないでやった。長いのと短いのを混ぜて、まんなかから始めた。まんなかから始めると、両方に伸びる。伸びていくと、片方だけ太くなる。太くなったところで、ぐるっと回した。回したら、そのままぐるぐるになった。
「できた」
「……なにかしら」
「にわとり」
おかあさんは、それをつまんで、横から見て、上からも見た。
「……そう言われたら、そう見えるわね」
わたしは、もう一羽つくった。二羽目のほうが、うまくいった。並べて、竈の横の、乾いているところに置いた。
昼のごはんのあとで、おとうさんが訊いた。
「歯は、いつ抜けた」
「歯?」
口をあけて、指で下のところを押した。
「ここのが、いちばん先。かたいのを噛んだら、ぐらぐらして、次の日に取れたの。それから、こっちの上のが二本。上のは、しばらく穴があいてた」
「そうか」
「穴があいてるあいだね、水を飲むと、ここから出るの」
やってみせた。出なかった。
「いまは、出ないよ」
おとうさんは、もう訊かなかった。
夕方、火を見に行った。道は、朝より浅くなっている。掻いたところへ、また降ったぶんが落ちていた。
戸をあけて、竈の前にしゃがむ。棒を入れて、灰を寄せた。下に赤いのがいる。
細い薪を一本渡して、上から手をかざした。ぱち、と鳴ってから、太いのを足す。それから燠をまんなかへ寄せて、灰をふわっとかけた。かけすぎない。
鶏は三羽とも軒の下にいた。食べるものを多めに出して、板で風の来るほうを塞いだ。
「そっちにいなよ。出てこないでね」
いちばん小さいのが、いちばん外側にいた。
戻ったら、おとうさんが道をもう一回掻いていた。
中へ入った。おかあさんが、わたしの肩の雪を払った。襟の中に入っていたのも、指で出してくれた。
「……まだ、あるわ」
首のうしろが、いっぺん冷たくなって、それからあたたかくなった。
次の朝は、道が無くなっていた。
ゆうべ降ったのが、掻いたところへ全部入ったらしい。両側の壁が低くて、まんなかが高い。
出てみたら、胸まで入った。腕を上げても、雪のほうが上にある。
「もどれ」
うしろから襟をつかまれた。引かれたら、するっと出た。
「今日は、掻いても間に合わん」
「火が」
「ゆうべ、太いのを足したか」
「足した」
「なら、もつ」
「ほんと?」
「もつ」
わたしは、そのあと何回か戸をあけた。あけると土間に雪が落ちるので、そのたびに掃いた。三回目に、おかあさんが手を出して、掃くのを代わってくれた。
「……もう一回、あけてもいいわよ」
「あける」
あけた。同じだった。
昼になっても降っていた。かぶせた灰の厚さを、指で思い出してみる。
「灰、かけすぎてないと思う」
「……ふわっと、やったのよね」
「やった」
「……なら、たぶん」
たぶん、というのは、わからないということだ。
となりのは、わたしがかけた。だから、わかる。
でも、四軒は、わたしがかけたんじゃない。
「坂の途中のうち、このあいだ火を落としてた」
「……そう」
「きょうも落としてたら、だれももらいに行けないよ」
おとうさんが、編む手を止めた。
「行かんでいい」
「でも」
「行かんでいい」
二回言われた。二回目のほうが短かった。
わたしは、行かないことにした。行かないけれど、考えるのはやめられない。四軒ぜんぶの灰の厚さを、思い出そうとしてみた。思い出せるわけがない。見ていないんだから。
わたしは戸のところに座って、膝を抱えた。おとうさんが、藁を一束こっちへ寄こした。
「編んどけ」
編んだ。三羽できた。
三日目の朝、降りかたが細くなった。おとうさんが先に出て掻いた。わたしはうしろから、掻いたところを踏んで固めた。踏むと、しゃり、と鳴る。
戸をあけて、竈の前にしゃがんだ。
灰の上のほうは白かった。棒を入れて、まわして、寄せる。出てこない。もう一回、下まで入れて、そうっと持ち上げた。
小さい燠が二つ、残っていた。
「いた」
いちばん細い薪を選んで、その上に渡した。手をかざす。すぐには鳴らなかった。
しばらくして、ぱち、といった。
「よかった」
太いのを足して、それからもう一本足した。煙が上がって、まっすぐ天井のほうへ行った。
軒の下から、いちばん小さいのが出てきた。掻いたところまで来て、すぐ戻った。
夜、汁を食べながら、火の話をした。おとうさんは、もう聞いた話を、最後まで聞いた。
おかあさんが、汁をもう一杯よそってくれた。
「……もう一回、行かなくて平気?」
「平気。かけてきたから」
おとうさんが、土間のすみのほうを見ていた。
わたしも見た。薪が積んである。下に板が噛ませてあって、乾いているのが手前だ。
「それ、おとうさんが積んだの」
「ああ」
「まっすぐだね」
「そうか」
「前は、板、見えなかったよ」
おとうさんは、うん、と言って、それからまた同じところを見ていた。おかあさんも、そっちを見た。二人とも、なんにも言わない。
わたしは、まだ火の話がしたかった。
「あのね、煙がまっすぐ行くのは、いいことなんだよ。曲がるのは、風が入ってるの。おとうさんが前に言ったの、おぼえてる」
「言ったな」
「明日には、やむ」
おとうさんが、戸のほうを見て言った。
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあ、道、また掻く?」
「掻く。明日のは、掻いたら残る」
寝るところは、奥に敷いてある。三日目なので、もう自分で敷ける。
横になったら、天井の木の、線みたいなところが見えた。夜なのに見える。目をつぶって、あけて、まだ見えた。
となりの竈は、ふわっとかけてきた。あれなら、朝まで残る。
あしたは、雪がやむんだって。おとうさんがそう言った。




