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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第四章 冬、越えるまで

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蓄えを出す日、俺は行けない家を二軒残した

 蓄えの置き場の南に立ててある筵を、下から外した。藁を編んだ大きな敷物だ。

 留めている縄が凍っていた。手のひらで挟んで温めてから、ほどいた。筵は南側にだけ立ててある。壁の無い小屋だから雪はどこからでも入るが、南から入ったぶんだけが奥まで届く。

 外したものを丸めて、柱に立てかけた。

 石段の下に、水を張った桶が一つ置いてある。中で灰が沈んでいて、上のほうだけが澄んで、少し茶色い。文乃が朝、うちから提げてきたものだ。何に使うのかは訊いていない。

「今日だったね」

 桶を提げたおばさんが、石段を下りてきた。

「今日です」

「じゃあ、うちのを持ってくるよ。器は、どれでもいいのかい」

「口の広いのがいいです。移すので」

「口の広いのは、外に出してあるよ。水のぶんだ」

「べつのを出してください」

 おばさんは坂を戻っていった。

 石段の上に、人が二人、三人と溜まりはじめた。器を抱えてきた者と、手ぶらで喋りに来ただけの者がいる。

「もう開けとるのか」

 村長が石段を下りてきた。この人はいつも手ぶらで来て、いちばん長くいる。

「開けました。風よけだけです」

「筵はな、日が落ちる前に戻せ。夜に風の向きが変わる」

「戻します」

「村長さん」

 さっきのおばさんが、べつの器を抱えて戻ってきていた。

「つむぎちゃんに、まとめてやってもらうわけにはいかないのかね。あの子が手をかざしたら、悪くならないんだろう。だったら、先に分けて配っておいても……」

「悪くはならん」

 村長は、いちばん上の袋の結び目を指でつついた。

「悪くならんが、増えもせんぞ」

「……そりゃあ、そうだ」

「家に置いてあると、あるだけ使う。使い切ってから、春に蒔くぶんを出せと言われても、そのときにはもう無い」

 村長は結び目をほどいて、袋の口を広げた。

「だから、日を決めて、決めた日にだけ出す。出す日に来られん者は、次の日に来る。それも決めてある」

「決まってると、楽でいいねえ」

「楽なもんか。決めるまでが面倒だ」

 まわりが笑った。村長は笑わずに、袋の底のほうを手で押していた。


 蓄えの袋は、上から取る。

 秋に積んだときは、下から積んだ。高さは俺が決めて、屋根につかえる手前で止めた。いま、上の面は腰のあたりにある。

 いちばん上のを土台の縁まで引いて、そこから下ろした。抱えると腰にくる。膝を先に落として、置いた。

「重いだろう」

「持ち上げなければ、重くないです」

 若い衆が二人来て、下ろすほうを代わった。俺は移すほうへ回った。

 袋の口を広げて、器の縁に当てて傾ける。こぼれても土台の上なら拾えるが、雪の上に落ちたぶんは拾えない。

「上の段の三軒から」

「うちは四人だよ」

「四人ぶんです」

 人数で決めてある。決めたのは俺ではない。

 文乃が紙を持って脇に立っていた。移したぶんを、家ごとに書いている。

「……ひと月で、どれくらい減るのかしら」

「今日のを書いておけば、次のときに分かる」

「……そうね」

 文乃は書いてから、袋の上の面と、俺の腰のあたりを見比べた。何も言わずに、また紙へ戻った。

 半分ほど出したところで、若い衆が手を止めて上を見た。

「屋根まで、ずいぶんあるな」

「秋は、そこまであったんだよ」

 干し物を抱えた婆さんが、土台の石に腰を下ろして言った。

「そこまであっても、冬は冬さ」

「今年は、早いね」

「早いね」

 二人ともそれ以上は言わなかった。俺も言わなかった。器を抱えた者から順に石段を上がっていって、置き場の前が空いた。

 最後まで残っていた女が、石段の下の桶の前で足を止めた。

「これ、なんだい」

「……灰を、水に入れたものです。ひと晩置くと下に沈みますから、上の澄んだところだけ使います。油が落ちます」

「落ちるのかい、それで」

 文乃は紙を脇へ置いて、袖をまくった。女の抱えていた鍋を借りて、底を桶の水でこすり、井戸の水で流した。

 女は鍋を受け取って、裏を返して、指の腹で撫でた。

「……落ちてるね」

「……手が荒れます。あとで真水を」

 女は鍋を抱えて石段を上がっていった。半分ほど上がったところで振り返って、桶をもう一度見ていた。

 日が落ちる前に、筵を戻した。桶は、もう無かった。誰が持っていったのかは、訊かなかった。


 その日、北のはずれの二軒は来なかった。

 次の日も来なかった。

「二軒、まだ来とらんな」

 村長が石段の下で言った。

「見てきます」

 井戸の前までは、道の形が残っていた。

 そこから木のあいだへ入ると、跡が消えていた。降ったのではない。風で寄ったぶんだ。西の木のところで巻いて、道のあったところにだけ厚く溜まっている。踏み込むと、腿まで入った。

 引き返して、下の家に寄った。

「あたしも、おとといから上がれてないよ」

 おばさんは戸口で手を拭いた。

「おとといは、まだ通れたんだけどねえ。……つむぎちゃんは、あの日に行ってるよ」

「聞いています」

「あの子は軽いからね。あたしが同じところを踏むと、腰まで行くんだ」

 石段の下へ戻って、板を出した。

 炭で村の形が描いてある。井戸が丸、段の畑が三本の線、家が四角だ。描いたのは俺だが、いまは誰でも指す。

「どう回すのがいいですか」

 ヨナスは斧を提げたまま、板の上をのぞいた。

「奥からだ」

「奥から、ですか」

「手前の婆さんの家は、風下にある。寄るのは西の木のところだけだ。そこを抜けたら、あとは平らなもんだよ」

 ヨナスは、四角の一つを指でつついた。

「奥まで先に踏んどけば、帰りは自分の跡が使える。手前へは、その帰りに寄ればいい。行きに寄ると荷を一度下ろすだろう。下ろした荷は、二度目のほうが重い」

「人は、何人ですか」

「四人だな。二人だと、先を行くやつが先に潰れる。三人でも行けるが、四人いれば替われる」

「今日のうちに持っていけ」

 村長が言った。

「明日にすると、次の出す日と近くなる。二回ぶんをまとめて出したものは、まとめて減るんだ」

「日は、動かさないんですね」

「動かさん。一度動かすと、次も動かしたくなる」

 二軒ぶんの袋は、出す日のうちに下ろして、土台の隅に置いてあった。

 持っていくものを土台の上に並べた。袋が二つ。筵が一枚。縄。それから、割ったばかりの薪を一束。

「薪も、ですか」

「向こうは、割る手が無いです」

「持てるかい」

「引きます」


 袋は担がずに、筵に載せて縄で引くことにした。

 締まったところは硬い。その上を引くぶんには、荷は思ったより軽い。

 若い衆の一人が、先に袋を肩へ担いだ。三歩で腿まで沈んで、そこから動けなくなった。

「担ぐと、あんたが荷になるぞ」

 ヨナスが後ろから言って笑った。若い衆は袋を雪の上へ落とし、自分の足を引き抜いてから、何も言わずに縄を取った。

 井戸の前に、娘がいた。蓋のついた桶を提げている。今日は北のはずれへ行く日だ。

「わたしも行く?」

「今日はいい」

「なんで」

「男が四人で、道を作るからだ。……水だけ頼む」

「わかった」

 娘は桶の蓋を外して、上に手をかざした。水が上がってきて、縁の少し下で止まる。蓋を戻して、俺の足元の雪に据えた。

「こっちの三軒、先に行ってくるね」

「四軒までだぞ」

「わかってる」

 娘は坂のほうへ走っていった。沈むところをわざと選んでいる。見送ってから、筵へ戻った。

 木のあいだは、先頭を替わりながら進んだ。

 膝で押して、足で踏んで、踏んだところへ筵を通す。寄りやすいところだけ掻いて、掻いたものは道の下手へ寄せた。上手に寄せると、また戻ってくる。

「これ、帰りも使うんだよな」

「使います。夜に風が入ると、明日には消えます」

 奥の家へ着いたのは、昼を回ったころだった。

「まあ」

 婆さんは戸を開けて、それから雪のほうを見た。

「あんたたち、これを作って来たのかい」

「作りながら来ました」

「助かったよ」

 土間へ袋を入れて、薪は軒の下へ入れた。板を一枚噛ませて、乾いたほうを手前にした。

 桶の蓋を開けると、縁に氷は張っていなかった。井戸から提げてくれば、着くころには薄く張る。

「これは、つむぎちゃんのだね」

「そうです」

 手前の家へは、帰りに寄った。

 自分たちの跡が残っていて、行きの半分もかからなかった。

「奥から先に行ったのかい」

「そのほうが、帰りが楽なので」

「その回り方は、ヨナスだね」

「ヨナスです」

 婆さんは器を出して、移し終わるまで見ていた。それから、縁を布で拭いた。

「次はいつだい」

「次の出す日には、こちらから来ます」

「来なくていいよ。そのころには、あたしが下りるさ」

「下りられたら、そのときは下りてください」

 外へ出ると、日が木の上のほうまで来ていた。ヨナスは西の木のところで足を止めて、風の寄る側を一度見てから下りてきた。


 筵は、日が落ちる前に戻した。縄をかけて、南の風の当たる側だけを塞いだ。中の上の面は、朝と同じ高さにある。

 家へ戻ると、文乃が紙を広げていた。今日書いたぶんの下に、線が一本引いてある。

「……次に出すのは、いつ」

「村長が決める。決まってはいるだろうが、俺はまだ聞いていない」

「……聞いておいて」

「聞く」

 竈の前に座って、置き場の中を思い出した。上の面が腰のあたりにあった。あそこから春までに何度か出せば、どこまで下がるか。

 板を出して、薪の数字を書き直した。十五日。北のはずれへ持っていった一束が引いてある。持っていかない道は、無かった。

「足りるの」

 文乃が訊いた。

「分からない」

 少ししてから、明日のことを言った。

「筵を、もう一枚こしらえる。引くのに要る。それから、北のはずれの道をもう一度踏んでおく。今日のは、二日もすれば消える」

「……そう」

「向こうは割る手が無いから、薪はこっちで割って持っていく。それは、俺でなくてもできる」

 文乃は紙を畳んで、竈の脇へ置いた。

「……ずいぶん、歩いたでしょう」

 外は風が無かった。二十歩向こうの戸が閉まる音がして、それきり静かになった。

 置き場の筵は、朝になったらまた外す。外した日には、器を抱えた者が石段を下りてくる。

 春まで、あと何度か出す。出す日は、もう決めてある。


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