わたしのたのまれごとが、雪でいっぱいになった
靴の上から、わらぐつをはいた。
藁を厚く編んで、袋みたいにしたものだ。膝の下まである。足首のところに、ひもを二回まわしてしばる。上からしばると、歩いているうちにゆるむ。下からしばって、上で押さえると、ゆるまない。はじめのころは、途中で脱げた。脱げたから、自分でこうした。
「よし」
外に出て、家の前の平べったい石のところで足ぶみをした。ぼふ、ぼふ、と鳴る。土のときと音がちがう。
足あとが、わたしの足よりずっと大きい。
きのう、おとうさんが雪をかいたときの足あとが、まだ横に残っている。ならべてみた。
「かった」
なにに勝ったのかは、自分でもよくわからない。でも、勝った。
「きょうは、上からね」
回るのは、上の段からにしている。順番は、わたしが決めた。
坂をいちばん上まで上がって、そこから下りながら回る。下から順にやると、いちばん奥のあとで、また下りてこないといけない。上からだと、帰りが下りだけになる。
雪は、踏まれたところだけが道の形になっている。道のところは、きゅっと鳴る。踏まれていないところは、ぼす、と沈む。
わたしは、わざと沈むほうを歩いた。
それから何日か、おなじことをした。
いちばん奥の家は、口の広い甕。朝はふたつ。
「こっちのも出す?」
「そっちは夕方でいいよ。朝はふたつって決まってるからね」
「そっか」
決まっているものは、決まっているとおりにする。そのほうが、こっちも数えなくていい。
となりは鉢だ。布をめくって、手をかざす。こっちは音がしない。手を下ろしたら、それでおしまい。
坂の途中の家は、よく火を落とす。灰をかけすぎるからだ。組んでもらった薪の上に手をかざすと、ぱち、と鳴る。鳴ったら、太いのを足す。わたしは、鳴るまでのあいだがいちばん好きだ。
「助かるよ」
どこでも、そう言われる。
「つむぎちゃん、こっちも見てってくれるかい」
「あとでいい?」
「あとでいいよ。急がないからね」
みんな、急がないと言う。急がないと言われたぶんが、朝からたまっていく。たまると、行くところが増える。増えると、道の順を考えるのが楽しい。
雪は、日ごとにふかくなった。
きょうは、北のはずれまで行く日だ。
上の三軒をすませてから、井戸の前を通って、それから木のあいだをずっと行く。踏まれたところが、行くほど細くなる。しまいには、桶を提げて上がった人の跡と、わたしの跡だけになる。
雪がふかくなってから、下の家のおばさんが行けない日が出た。それで、わたしが行くことになった。
「とおいなあ」
言ってみただけだ。遠いところは、着いたときがうれしい。
鶏がついてきたのは、井戸のところまでだった。いちばん小さいのだ。木のあいだに入ったところで、腹が雪につかえて、止まった。
しばらく足踏みして、それから、来た道を戻っていった。
「またね」
一軒目の婆さんの器は、小さい。
「そんなに要らないんだよ。ひとりだからね」
「いっぱいにする?」
「そこまででいいよ。持ち上げられないからさ」
言われたところで止めた。縁より、指三本ぶん下だ。
「助かるよ。ここまで来てもらってさ」
「ううん」
二軒目は、すぐそこにある。歩いて、いくつも数えないうちに着く。
壁の下のところの土が、まわりとちがう色をしていた。さわったら、かたかった。
「壁、なおしたの」
「雪の前にね。あんたのとうさんが、上のほうをやってくれたよ。あれで村の最後だったってさ」
「ふうん」
上を見た。屋根と壁のあいだが、まっすぐになっている。
「あんた、寒くないのかい」
「さむくないよ」
「顔が赤いよ」
「走ったから」
水を出したら、器の中がしばらく揺れていた。揺れているのを、婆さんがのぞいていた。
「毎日、来なくていいからね。あたしらは、そんなに要らないんだから」
「行くよ。たのまれたもん」
婆さんは、それから、布に包んだものを持ってきた。
「これも、たのんでいいかい」
「いいよ」
布をめくって、手をかざした。婆さんは、ずっと見ていた。
「もう、いいのかい」
「もういいよ」
帰りは、下りだ。
上のほうが板みたいになっているところがあって、踏むと、ぱき、と割れて、ずるっといく。ずるっといくのが面白いので、固いところをさがして歩いた。
二回ころんだ。ころんでも、わらぐつのところが厚いから、そんなに痛くない。
夕方、おとうさんの家に行ったら、めずらしく先に帰っていた。
「村長さんのところに行ってた。器のことを訊いてきたんだ」
おとうさんは、土間に置いた甕をのぞいていた。見たことのない甕だ。
おかあさんが、その中に腕を入れて、指のところで印をつけている。
「それ、だれの」
「……北のはずれの、おくのおうちの」
「おっきいね」
「……二日ぶん、入るかしら」
おかあさんは腕を抜いて、濡れているところを見た。指のつけねの下まで濡れている。それを紙に書いた。
「つむぎ」
おとうさんが、こっちを向いた。
「明日から、回る家を決めた」
「決めた?」
「一日に四軒までだ。北のはずれは、二日にいっぺんでいい。そのぶん、器を大きいのにする」
「なんで? まだ行けるのに」
「そう決めたんだ」
おとうさんは、それだけ言って、甕のふちを指でなぞった。なぞったところに、しるしがついた。
「ふうん」
わたしは、それより、足あとの話がしたかった。
「あのね、けさも、足あとをならべたの。おとうさんの、きのうのやつ。わたしのほうが大きかったよ」
「わらぐつのぶんだろう」
「そうだけど、大きかったの」
おとうさんは、ちょっと笑った。おかあさんは、書いていた。
火のそばに座って、きょうのことを端から喋った。
「坂の途中のうちはね、また火が落ちてたの。灰をかけすぎたんだって。かけすぎると、朝まで残らないんだよ」
「あそこ、このあいだも落としてたよ。おんなじことしてるの」
「北のはずれのね、こっちの婆さんは、いっぱいにしなくていいって言うの。持ち上げられないからって。だから、指三本ぶん下でやめたの」
「あとね、鶏がついてこなかったの。井戸のところまでは来たんだけど、雪でおなかがつかえるの。つかえて、止まっちゃうの。しばらく足踏みしてた」
「木のあいだのところはね、まだだれも歩いてないから、ふかいの。ふかいと、ぼす、っていうの。道のところは、きゅっていうの」
喋っていると、足の先まであったかくなってくる。先っぽが、いちばんあとだ。
「それでね、帰りにね……」
……匂いがした。
目をあけたら、汁が前に置いてあった。湯気が出ている。さっきまで、たしかに喋っていたのに。
「あれ」
「寝てたぞ」
おとうさんが言った。
「寝てないよ」
「寝てた。話の途中でな」
おかあさんが、鍋の縁を布で押さえたまま、おとうさんのほうを見た。おとうさんも、おかあさんのほうを見た。二人とも、なんにも言わない。
「わたし、まだ帰りの話してないよ」
「食べてからにしろ」
汁は、ちょうどよかった。熱いのは苦手だ。ちょうどよかったということは、いっぺんぬるくなって、もう一回あたためたということだ。
「かえるね」
「ああ」
「あしたも、朝いちばんに来るからね」
「四軒だぞ」
「わかってる」
帰るまえに、おとうさんがしゃがんだ。わらぐつのひもが、片っぽゆるんでいた。
「じぶんでできる」
「うん」
ひもを下でしばって、それから上を押さえた。
外に出たら、風がなかった。地面のほうが、空より明るかった。
戸のところまで、きゅっ、きゅっと鳴らして歩いた。
戸をあけて、棚にあずかりものを二つ置いた。夕方に取りに来なかったぶんだ。忘れても、悪くならない。
「あした、取りに来るといいけど」
言ってから、竈の前にしゃがんだ。燠を寄せて、灰をかけた。かけすぎない。かけすぎると、坂の途中のうちみたいになる。
横になった。
上の段が三つ。それから、北のはずれの、こっちのほう。
あしたは、四軒。ゆびで数えて、そのまま眠った。




