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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第四章 冬、越えるまで

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わたしのたのまれごとが、雪でいっぱいになった

 靴の上から、わらぐつをはいた。

 藁を厚く編んで、袋みたいにしたものだ。膝の下まである。足首のところに、ひもを二回まわしてしばる。上からしばると、歩いているうちにゆるむ。下からしばって、上で押さえると、ゆるまない。はじめのころは、途中で脱げた。脱げたから、自分でこうした。

「よし」

 外に出て、家の前の平べったい石のところで足ぶみをした。ぼふ、ぼふ、と鳴る。土のときと音がちがう。

 足あとが、わたしの足よりずっと大きい。

 きのう、おとうさんが雪をかいたときの足あとが、まだ横に残っている。ならべてみた。

「かった」

 なにに勝ったのかは、自分でもよくわからない。でも、勝った。

「きょうは、上からね」

 回るのは、上の段からにしている。順番は、わたしが決めた。

 坂をいちばん上まで上がって、そこから下りながら回る。下から順にやると、いちばん奥のあとで、また下りてこないといけない。上からだと、帰りが下りだけになる。

 雪は、踏まれたところだけが道の形になっている。道のところは、きゅっと鳴る。踏まれていないところは、ぼす、と沈む。

 わたしは、わざと沈むほうを歩いた。


 それから何日か、おなじことをした。

 いちばん奥の家は、口の広い甕。朝はふたつ。

「こっちのも出す?」

「そっちは夕方でいいよ。朝はふたつって決まってるからね」

「そっか」

 決まっているものは、決まっているとおりにする。そのほうが、こっちも数えなくていい。

 となりは鉢だ。布をめくって、手をかざす。こっちは音がしない。手を下ろしたら、それでおしまい。

 坂の途中の家は、よく火を落とす。灰をかけすぎるからだ。組んでもらった薪の上に手をかざすと、ぱち、と鳴る。鳴ったら、太いのを足す。わたしは、鳴るまでのあいだがいちばん好きだ。

「助かるよ」

 どこでも、そう言われる。

「つむぎちゃん、こっちも見てってくれるかい」

「あとでいい?」

「あとでいいよ。急がないからね」

 みんな、急がないと言う。急がないと言われたぶんが、朝からたまっていく。たまると、行くところが増える。増えると、道の順を考えるのが楽しい。

 雪は、日ごとにふかくなった。


 きょうは、北のはずれまで行く日だ。

 上の三軒をすませてから、井戸の前を通って、それから木のあいだをずっと行く。踏まれたところが、行くほど細くなる。しまいには、桶を提げて上がった人の跡と、わたしの跡だけになる。

 雪がふかくなってから、下の家のおばさんが行けない日が出た。それで、わたしが行くことになった。

「とおいなあ」

 言ってみただけだ。遠いところは、着いたときがうれしい。

 鶏がついてきたのは、井戸のところまでだった。いちばん小さいのだ。木のあいだに入ったところで、腹が雪につかえて、止まった。

 しばらく足踏みして、それから、来た道を戻っていった。

「またね」

 一軒目の婆さんの器は、小さい。

「そんなに要らないんだよ。ひとりだからね」

「いっぱいにする?」

「そこまででいいよ。持ち上げられないからさ」

 言われたところで止めた。縁より、指三本ぶん下だ。

「助かるよ。ここまで来てもらってさ」

「ううん」

 二軒目は、すぐそこにある。歩いて、いくつも数えないうちに着く。

 壁の下のところの土が、まわりとちがう色をしていた。さわったら、かたかった。

「壁、なおしたの」

「雪の前にね。あんたのとうさんが、上のほうをやってくれたよ。あれで村の最後だったってさ」

「ふうん」

 上を見た。屋根と壁のあいだが、まっすぐになっている。

「あんた、寒くないのかい」

「さむくないよ」

「顔が赤いよ」

「走ったから」

 水を出したら、器の中がしばらく揺れていた。揺れているのを、婆さんがのぞいていた。

「毎日、来なくていいからね。あたしらは、そんなに要らないんだから」

「行くよ。たのまれたもん」

 婆さんは、それから、布に包んだものを持ってきた。

「これも、たのんでいいかい」

「いいよ」

 布をめくって、手をかざした。婆さんは、ずっと見ていた。

「もう、いいのかい」

「もういいよ」

 帰りは、下りだ。

 上のほうが板みたいになっているところがあって、踏むと、ぱき、と割れて、ずるっといく。ずるっといくのが面白いので、固いところをさがして歩いた。

 二回ころんだ。ころんでも、わらぐつのところが厚いから、そんなに痛くない。


 夕方、おとうさんの家に行ったら、めずらしく先に帰っていた。

「村長さんのところに行ってた。器のことを訊いてきたんだ」

 おとうさんは、土間に置いた甕をのぞいていた。見たことのない甕だ。

 おかあさんが、その中に腕を入れて、指のところで印をつけている。

「それ、だれの」

「……北のはずれの、おくのおうちの」

「おっきいね」

「……二日ぶん、入るかしら」

 おかあさんは腕を抜いて、濡れているところを見た。指のつけねの下まで濡れている。それを紙に書いた。

「つむぎ」

 おとうさんが、こっちを向いた。

「明日から、回る家を決めた」

「決めた?」

「一日に四軒までだ。北のはずれは、二日にいっぺんでいい。そのぶん、器を大きいのにする」

「なんで? まだ行けるのに」

「そう決めたんだ」

 おとうさんは、それだけ言って、甕のふちを指でなぞった。なぞったところに、しるしがついた。

「ふうん」

 わたしは、それより、足あとの話がしたかった。

「あのね、けさも、足あとをならべたの。おとうさんの、きのうのやつ。わたしのほうが大きかったよ」

「わらぐつのぶんだろう」

「そうだけど、大きかったの」

 おとうさんは、ちょっと笑った。おかあさんは、書いていた。

 火のそばに座って、きょうのことを端から喋った。

「坂の途中のうちはね、また火が落ちてたの。灰をかけすぎたんだって。かけすぎると、朝まで残らないんだよ」

「あそこ、このあいだも落としてたよ。おんなじことしてるの」

「北のはずれのね、こっちの婆さんは、いっぱいにしなくていいって言うの。持ち上げられないからって。だから、指三本ぶん下でやめたの」

「あとね、鶏がついてこなかったの。井戸のところまでは来たんだけど、雪でおなかがつかえるの。つかえて、止まっちゃうの。しばらく足踏みしてた」

「木のあいだのところはね、まだだれも歩いてないから、ふかいの。ふかいと、ぼす、っていうの。道のところは、きゅっていうの」

 喋っていると、足の先まであったかくなってくる。先っぽが、いちばんあとだ。

「それでね、帰りにね……」

 ……匂いがした。

 目をあけたら、汁が前に置いてあった。湯気が出ている。さっきまで、たしかに喋っていたのに。

「あれ」

「寝てたぞ」

 おとうさんが言った。

「寝てないよ」

「寝てた。話の途中でな」

 おかあさんが、鍋の縁を布で押さえたまま、おとうさんのほうを見た。おとうさんも、おかあさんのほうを見た。二人とも、なんにも言わない。

「わたし、まだ帰りの話してないよ」

「食べてからにしろ」

 汁は、ちょうどよかった。熱いのは苦手だ。ちょうどよかったということは、いっぺんぬるくなって、もう一回あたためたということだ。

「かえるね」

「ああ」

「あしたも、朝いちばんに来るからね」

「四軒だぞ」

「わかってる」

 帰るまえに、おとうさんがしゃがんだ。わらぐつのひもが、片っぽゆるんでいた。

「じぶんでできる」

「うん」

 ひもを下でしばって、それから上を押さえた。

 外に出たら、風がなかった。地面のほうが、空より明るかった。

 戸のところまで、きゅっ、きゅっと鳴らして歩いた。

 戸をあけて、棚にあずかりものを二つ置いた。夕方に取りに来なかったぶんだ。忘れても、悪くならない。

「あした、取りに来るといいけど」

 言ってから、竈の前にしゃがんだ。燠を寄せて、灰をかけた。かけすぎない。かけすぎると、坂の途中のうちみたいになる。

 横になった。

 上の段が三つ。それから、北のはずれの、こっちのほう。

 あしたは、四軒。ゆびで数えて、そのまま眠った。


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