ヨナスの隣で、俺はあの日のことを言った
軒の雪を、棒の先で崩した。
落ちたぶんが壁の下へ積み上がる。積み上がったところを足で押して、家から離した。壁際に残しておくと、そこだけ最後まで消えない。
「消えないねえ、今年は」
桶を提げたおばさんが、坂の途中で足を止めた。
「とけるうちは、まだ秋だよ。とけなくなったら、そこからが冬さ」
「いつまで残りますか」
「春までさ。ここからは、降ったぶんが上に乗るだけだね」
おばさんは坂を上がっていった。踏まれたところだけが、道の形になっている。
三日前に降ったぶんの上に、昨日また降った。下のほうは締まっていて、歩いても沈まない。
村を一回りして、屋根の乗り方を板に書いた。南を向いている屋根は、日が出れば自分で落ちる。落ちないのは北のはずれの二軒だけだ。西の木が日を遮っていて、屋根が白いまま、軒の線が見えない。
村長は石段の下にいた。石段の段が、雪で一段ぶん浅くなっている。
「屋根を見て回っとるな」
「見ています。北のはずれの二軒は、下ろしたほうがいいです」
「下ろしてくれ。……雪はな、積もるだけなら重さの話で済む。厄介なのは、とけてからだ」
村長は膝の上で手を組んで、坂の下のほうを見た。
「昼にとけて、夜に凍る。それを何度もやると、こじるんだ。屋根も壁も、こじられて開く。開いたところへ、また水が入る」
「では、とける前に、ということですか」
「そうだ。あと、壁の下へ寄せた雪は、家から離しておけ。あそこは霜で浮いとる」
「屋根は、あとでいい」
ヨナスが上の道から下りてきた。斧を提げている。
「薪が先だ」
「屋根が先だ」
村長は膝の上で手を組んだまま、動かなかった。
「屋根が抜けるのは春だぞ。薪が切れるのは今月だ」
「抜けた屋根の下で、薪だけ積んでどうする」
「積んでるうちは死なん。火が消えたら、その晩に困る」
二人とも、俺のほうを見なかった。俺に言っているのでもなかった。
「ゆうべ、坂の途中のうちが落としたねえ」
干し物を抱えた婆さんが、石段のところで足を止めた。
「二度目だよ、あの家は。朝、隣からもらってきてた」
「そら、細らせたな」
ヨナスが顎で、その家のほうを示した。
「細らせると、戻すのにまた薪が要る。要るぶんを作れなくて細らせてるのに、戻すのに要るんだ。そうなると、抜けられん」
「つむぎちゃんに、朝だけ回ってもらえばいいじゃないか」
婆さんの後ろにいた男が言った。悪気の無い顔だった。
「どうせ水で回るんだろう。ついでに火も見てもらえば、隣までもらいに行かんで済む」
村長は何も言わなかった。ヨナスも言わなかった。二人とも、俺のほうを見た。
「水だけにします」
そう答えた。理由は言わなかった。言えば、その理由に穴を探されるだけだ。
男は、ふうん、と言って坂を上がっていった。
村長が膝を叩いて立った。
「屋根だ。ヨナスに言っておく。二人で上がれ。一人で上がる屋根じゃない」
「おれは言われんでも行く」
ヨナスは斧を切り株のほうへ放って、梯子を取りに行った。
俺は板を出して、若い衆に見せた。
「切り株のまわりだけ、掻いておいてください。積む先までの道も。書いてあるとおりで足ります」
「全部やらなくていいのか」
「全部やると、日が暮れます」
「あんたは」
「屋根です」
「それから、明後日に使うぶんを、今日のうちに中へ入れるよう回ってください。今日のぶんは、もう乾きません」
男は板を覗いて、鍬を取りに戻った。
今日は、俺は割らない。
北のはずれの二軒の屋根へ上がったのは、それからだ。
ヨナスが梯子を担いできて、雪に足を取られながら立てた。斧は下に置いていった。
「上がったら、まず座るなよ」
ヨナスは先に上がって、棟にまたがった。
「座ると、尻から冷える。冷えると立てなくなる。立てなくなった男を下ろすのは、雪より重い」
「経験がありますか」
「二回ある」
藁の上は、思ったより滑らない。雪が締まっていて、踏むと足がそこで止まる。
棒の腹で押して、下へ滑らせる。落とすのは風下の側からにして、下に人がいないことを声で確かめた。
「行きます」
「おう」
落ちた雪が、下で音を立てた。屋根が軽くなったのが、足の裏で分かる。
ヨナスは反対側を落としながら、喋っていた。
「この屋根は、俺じゃないな。葺きが揃ってないだろう。誰がやったか知らんが、下手だ」
「ずいぶん、もっていますね」
「もってはいる。これだけもったなら、文句を言う筋じゃない。言うけどな」
しばらく、どちらも喋らなかった。
棒の当たる音と、落ちる音だけがした。ヨナスの棒は二度に一度、間が空く。俺のほうが速い。速いが、藁を引っかけているのは俺のほうだった。
「そっち、引っかけてる」
「……はい」
「浅く入れろ。差し込んで、押す。掬うんじゃない」
差し込んで、押した。雪が板のまま滑って、端から落ちた。
二度目からは、音が変わった。ヨナスの棒が空ける間に、こっちの音が入る。そうやって、二つが交互になった。
一度下りて、壁の下に積み上がったぶんをどかした。落とすより、こっちのほうが長くかかった。
「若い衆が屋根に乗ってると、家が丈夫になった気がするねえ」
婆さんが戸口から言った。
「乗ってるだけで丈夫になるなら、毎日乗ってやる」
「毎日は要らないよ。汁が足りなくなる」
婆さんが、椀を二つ持って出てきた。受け取ると、指の先が痛んだ。かじかんでいたところへ、熱があとから戻ってくる。ヨナスは一息に飲んで、椀の底を婆さんのほうへ向けてみせた。
梯子を、隣へ立て直した。
こっちは傾きが浅い。浅いぶん、雪が落ちずに残る。棟から左右へ分けて、二人で端まで押していった。
棟のところで、二人とも一度手を止めた。息が白く出た。
俺は棒を持ち直した。
「あのとき、順のことを知らずに、公平だと言いました。あれは、俺が悪かったです」
ヨナスは棟の向こうを見たまま、鼻から息を出した。
「そりゃ、悪いな」
それから笑って、棒の先で屋根の端を指した。
「そっちの端は、薄く残しとけ。全部落とすと、次に凍ったときに藁ごと持っていかれる。ここは婆さんが一人で住んでる家だ。春に葺き替えるのは、俺がごめんだ」
「分かりました」
端を薄く残した。残したところに、日が当たっている。
「昔な、屋根の雪を一日で全部落とした男がいた。若いのが三人がかりでやって、村じゅうに褒められて、そいつは得意になってた」
ヨナスは反対側へ移りながら、喋りつづけた。
「春に、その屋根が抜けた」
「……抜けましたか」
「抜けた。だから、褒められたら疑え」
下りるときは、ヨナスが先に下りて、梯子を押さえた。上を受け止めるためではなく、滑ったら両方やられるからだ、と言った。
二軒目は、日が傾いてから終わった。
薪を割る場所へ戻ると、昼に掻き出したところが、また雪で白くなりかけていた。
降ったのではない。風で寄ったぶんだ。二人で掻いた。明日のぶんだけ出せば足りる。
掻いたものは、切り株の南へ寄せた。寄せ終わったところで、ヨナスが顎でそこを示した。
「明日、そこを通るぞ。積む先まで運ぶのに」
「……通りますね」
二人で、寄せたものをもう一度どかした。二度目のほうが重かった。掻いた雪は、置いておくと締まる。
「先に訊いてくれてもいいんだぞ」
「訊きます。次から」
どかした先に、若い衆の割った薪が積んであった。十いくつか。下に板が噛ませてある。誰が噛ませたのかは、訊かなかった。
十いくつだ。今日ぶんの燃えた量と足し引きすると、増えてはいない。
板の隅の数字を書き直した。二十二日。
炭は、消しても薄く残る。前に書いた三十が、下から透けていた。
ヨナスは斧を担いで、切り株の頭を一度手で払った。明日は朝から来ると言った。
「朝のうちは、あんたは屋根だろう」
「屋根は、昼からにします」
「なら、こっちは先に始めておく。掻くところは、掻いてあるからな」
切り株のまわりが出た。積む先までの道も出た。日が落ちて、雪の上のほうだけが青くなった。
明日も薪が割れる。それだけのことを、二人でやった。




