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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第四章 冬、越えるまで

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ヨナスの隣で、俺はあの日のことを言った

 軒の雪を、棒の先で崩した。

 落ちたぶんが壁の下へ積み上がる。積み上がったところを足で押して、家から離した。壁際に残しておくと、そこだけ最後まで消えない。

「消えないねえ、今年は」

 桶を提げたおばさんが、坂の途中で足を止めた。

「とけるうちは、まだ秋だよ。とけなくなったら、そこからが冬さ」

「いつまで残りますか」

「春までさ。ここからは、降ったぶんが上に乗るだけだね」

 おばさんは坂を上がっていった。踏まれたところだけが、道の形になっている。

 三日前に降ったぶんの上に、昨日また降った。下のほうは締まっていて、歩いても沈まない。

 村を一回りして、屋根の乗り方を板に書いた。南を向いている屋根は、日が出れば自分で落ちる。落ちないのは北のはずれの二軒だけだ。西の木が日を遮っていて、屋根が白いまま、軒の線が見えない。

 村長は石段の下にいた。石段の段が、雪で一段ぶん浅くなっている。

「屋根を見て回っとるな」

「見ています。北のはずれの二軒は、下ろしたほうがいいです」

「下ろしてくれ。……雪はな、積もるだけなら重さの話で済む。厄介なのは、とけてからだ」

 村長は膝の上で手を組んで、坂の下のほうを見た。

「昼にとけて、夜に凍る。それを何度もやると、こじるんだ。屋根も壁も、こじられて開く。開いたところへ、また水が入る」

「では、とける前に、ということですか」

「そうだ。あと、壁の下へ寄せた雪は、家から離しておけ。あそこは霜で浮いとる」

「屋根は、あとでいい」

 ヨナスが上の道から下りてきた。斧を提げている。

「薪が先だ」

「屋根が先だ」

 村長は膝の上で手を組んだまま、動かなかった。

「屋根が抜けるのは春だぞ。薪が切れるのは今月だ」

「抜けた屋根の下で、薪だけ積んでどうする」

「積んでるうちは死なん。火が消えたら、その晩に困る」

 二人とも、俺のほうを見なかった。俺に言っているのでもなかった。

「ゆうべ、坂の途中のうちが落としたねえ」

 干し物を抱えた婆さんが、石段のところで足を止めた。

「二度目だよ、あの家は。朝、隣からもらってきてた」

「そら、細らせたな」

 ヨナスが顎で、その家のほうを示した。

「細らせると、戻すのにまた薪が要る。要るぶんを作れなくて細らせてるのに、戻すのに要るんだ。そうなると、抜けられん」

「つむぎちゃんに、朝だけ回ってもらえばいいじゃないか」

 婆さんの後ろにいた男が言った。悪気の無い顔だった。

「どうせ水で回るんだろう。ついでに火も見てもらえば、隣までもらいに行かんで済む」

 村長は何も言わなかった。ヨナスも言わなかった。二人とも、俺のほうを見た。

「水だけにします」

 そう答えた。理由は言わなかった。言えば、その理由に穴を探されるだけだ。

 男は、ふうん、と言って坂を上がっていった。

 村長が膝を叩いて立った。

「屋根だ。ヨナスに言っておく。二人で上がれ。一人で上がる屋根じゃない」

「おれは言われんでも行く」

 ヨナスは斧を切り株のほうへ放って、梯子を取りに行った。

 俺は板を出して、若い衆に見せた。

「切り株のまわりだけ、掻いておいてください。積む先までの道も。書いてあるとおりで足ります」

「全部やらなくていいのか」

「全部やると、日が暮れます」

「あんたは」

「屋根です」

「それから、明後日に使うぶんを、今日のうちに中へ入れるよう回ってください。今日のぶんは、もう乾きません」

 男は板を覗いて、鍬を取りに戻った。

 今日は、俺は割らない。


 北のはずれの二軒の屋根へ上がったのは、それからだ。

 ヨナスが梯子を担いできて、雪に足を取られながら立てた。斧は下に置いていった。

「上がったら、まず座るなよ」

 ヨナスは先に上がって、棟にまたがった。

「座ると、尻から冷える。冷えると立てなくなる。立てなくなった男を下ろすのは、雪より重い」

「経験がありますか」

「二回ある」

 藁の上は、思ったより滑らない。雪が締まっていて、踏むと足がそこで止まる。

 棒の腹で押して、下へ滑らせる。落とすのは風下の側からにして、下に人がいないことを声で確かめた。

「行きます」

「おう」

 落ちた雪が、下で音を立てた。屋根が軽くなったのが、足の裏で分かる。

 ヨナスは反対側を落としながら、喋っていた。

「この屋根は、俺じゃないな。葺きが揃ってないだろう。誰がやったか知らんが、下手だ」

「ずいぶん、もっていますね」

「もってはいる。これだけもったなら、文句を言う筋じゃない。言うけどな」

 しばらく、どちらも喋らなかった。

 棒の当たる音と、落ちる音だけがした。ヨナスの棒は二度に一度、間が空く。俺のほうが速い。速いが、藁を引っかけているのは俺のほうだった。

「そっち、引っかけてる」

「……はい」

「浅く入れろ。差し込んで、押す。掬うんじゃない」

 差し込んで、押した。雪が板のまま滑って、端から落ちた。

 二度目からは、音が変わった。ヨナスの棒が空ける間に、こっちの音が入る。そうやって、二つが交互になった。

 一度下りて、壁の下に積み上がったぶんをどかした。落とすより、こっちのほうが長くかかった。

「若い衆が屋根に乗ってると、家が丈夫になった気がするねえ」

 婆さんが戸口から言った。

「乗ってるだけで丈夫になるなら、毎日乗ってやる」

「毎日は要らないよ。汁が足りなくなる」

 婆さんが、椀を二つ持って出てきた。受け取ると、指の先が痛んだ。かじかんでいたところへ、熱があとから戻ってくる。ヨナスは一息に飲んで、椀の底を婆さんのほうへ向けてみせた。

 梯子を、隣へ立て直した。

 こっちは傾きが浅い。浅いぶん、雪が落ちずに残る。棟から左右へ分けて、二人で端まで押していった。

 棟のところで、二人とも一度手を止めた。息が白く出た。

 俺は棒を持ち直した。

「あのとき、順のことを知らずに、公平だと言いました。あれは、俺が悪かったです」

 ヨナスは棟の向こうを見たまま、鼻から息を出した。

「そりゃ、悪いな」

 それから笑って、棒の先で屋根の端を指した。

「そっちの端は、薄く残しとけ。全部落とすと、次に凍ったときに藁ごと持っていかれる。ここは婆さんが一人で住んでる家だ。春に葺き替えるのは、俺がごめんだ」

「分かりました」

 端を薄く残した。残したところに、日が当たっている。

「昔な、屋根の雪を一日で全部落とした男がいた。若いのが三人がかりでやって、村じゅうに褒められて、そいつは得意になってた」

 ヨナスは反対側へ移りながら、喋りつづけた。

「春に、その屋根が抜けた」

「……抜けましたか」

「抜けた。だから、褒められたら疑え」

 下りるときは、ヨナスが先に下りて、梯子を押さえた。上を受け止めるためではなく、滑ったら両方やられるからだ、と言った。

 二軒目は、日が傾いてから終わった。


 薪を割る場所へ戻ると、昼に掻き出したところが、また雪で白くなりかけていた。

 降ったのではない。風で寄ったぶんだ。二人で掻いた。明日のぶんだけ出せば足りる。

 掻いたものは、切り株の南へ寄せた。寄せ終わったところで、ヨナスが顎でそこを示した。

「明日、そこを通るぞ。積む先まで運ぶのに」

「……通りますね」

 二人で、寄せたものをもう一度どかした。二度目のほうが重かった。掻いた雪は、置いておくと締まる。

「先に訊いてくれてもいいんだぞ」

「訊きます。次から」

 どかした先に、若い衆の割った薪が積んであった。十いくつか。下に板が噛ませてある。誰が噛ませたのかは、訊かなかった。

 十いくつだ。今日ぶんの燃えた量と足し引きすると、増えてはいない。

 板の隅の数字を書き直した。二十二日。

 炭は、消しても薄く残る。前に書いた三十が、下から透けていた。

 ヨナスは斧を担いで、切り株の頭を一度手で払った。明日は朝から来ると言った。

「朝のうちは、あんたは屋根だろう」

「屋根は、昼からにします」

「なら、こっちは先に始めておく。掻くところは、掻いてあるからな」

 切り株のまわりが出た。積む先までの道も出た。日が落ちて、雪の上のほうだけが青くなった。

 明日も薪が割れる。それだけのことを、二人でやった。


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