わたしの冬は、火のしごとから始まる
灰を掘ったら、下から燠が出てきた。ゆうべの火が、まだ残っている。
朝は、これをさがすところから始まる。上のほうの灰は白くて、さわると冷たい。その下に、まだ生きている火がいる。掘るのは棒でやる。指でやると熱い。
「いた」
赤いのに、細い薪を一本渡した。渡して、上から手をかざす。
ぱち、と鳴った。
鳴ってから、もう一本足した。
「ひとりで燃えだすまでが、いちばんいいんだよね」
冬になって、朝の仕事が一つ増えた。灰をかき出すことだ。
夏はそんなにたまらなかった。いまは二日でいっぱいになる。窪みからすくって、外の決まったところへ空ける。風の下に立つと目に入る。一回入って、それから覚えた。
へったものもある。干したものは、もう昼にさわりに行かない。乾かないと決まっているからだ。乾かないぶんは、竈のそばに吊るす。吊るすと、けむりのにおいがつく。
「わたしは、好きだけどね」
言っても、だれも何も言わない。だから、そのままにしておく。
やることは入れかわっただけで、多いのか少ないのかは、よくわからない。わかるのは、朝が前より短くなったことだ。いそがしいのは、きらいじゃない。
水瓶の蓋をあけたら、上に薄い氷が張っていた。
指で押すと、へこんで、それからぱきっといった。割れたところをはしへ寄せて、上から手をかざす。水が上がってきて、割れた氷が持ち上がって、くるっと回った。
これは、冬にしかできない。
「入っておいで」
鶏が入ってきた。いちばん小さいのだ。
「まだ、そんなにあったかくないよ」
言っても、竈の前に座った。座って、羽をふくらませた。ふくらむと、まんまるになる。
わたしは、その横で靴をはいた。
おとうさんの家へ行ったら、おとうさんはいなかった。
「日の出から、壁ですって」
おかあさんがそう言って、紙をひらいた。
わたしは水瓶に水を足して、竈をのぞいた。こっちの竈は、きのうおとうさんがいじったところだ。灰を受けるところが、前より深くなっている。
「ふかいと、たくさん入るね」
「……そうね」
おかあさんは、それも書いた。何を書いているのかは、聞かない。聞いても、たぶん書く。
外に出たとき、鼻の先に何かあたった。
上を見た。落ちてくる。
「ゆき!」
わたしは走った。走って、家の前の平べったい石のところで止まって、手のひらを出した。
のったのが、しばらく白いままでいて、それから消えた。もう一回やった。今度は早く消えた。手を石にくっつけて、つめたくしてからやったら、長くもった。
口をあけて、上を向いてもみた。入ったのは一回だけで、味はしなかった。
「つむぎー」
坂の下から呼ばれた。子供が三人、こっちへ走ってくる。いちばんうしろの子が転んだ。転んで、すぐ立って、また走ってきた。
「積もるかな」
「積もるよ。夜のうちにもっと降るって、うちのとうさんが言ってた」
「じゃあ、あしたなら、坂で板がすべる」
板がすべる、と聞いて、四人で坂を見上げた。まだ土のほうが多い。
「きょうは、すべらないね」
「あしただね」
「あした」
言ってから、それがおかしくて笑った。
それから坂の雪を集めた。集めると茶色くなる。茶色いのを丸めて、石の上に三つ並べた。大きい玉と、まんなかと、小さい玉。
「鶏みたい」
わたしがそう言ったら、いちばん小さい玉を指ではじいて落とした子がいた。わたしがまた作って置いた。置いたら、また落とされた。三回目からは、笑いながら作った。
鶏を見に戻ったら、三羽とも軒の下にいた。
大きいのと、まんなかのは、首だけ出して、すぐ引っこめる。また出して、引っこめる。
いちばん小さいのが、先に出た。
一歩出て、止まった。足を上げたまま止まっている。しばらくそうしていた。
「どうしたの」
その足を、そうっと下ろした。下ろしてから、二歩目は早かった。三歩目からは、もう走っていた。
小さいのは雪の中をぐるっと回って、戻ってきた。三羽のうちで、いちばん濡れていた。濡れて、ちょっと細くなっていた。
細くなったまま、ほかの二羽より先に食べた。
「やっぱり、いちばん強い」
昼まで外にいた。手が赤くなって、指の先が言うことをきかなくなったので、火のところへ戻った。手をかざすと、じんじんする。じんじんするのは、痛いのとはちがう。
夕方、戸をあけたら、土間の奥にサナが座っていた。
「あ、帰ってる」
わたしは戸を閉めて、それから「ただいま」と言った。順番が逆になった。サナはこっちを見て、「おかえり」と言った。
肩と髪が濡れていた。外を歩いてきた人の濡れかただ。サナは、こういう日に帰ってくる。
わたしは棚へ行って、布をめくった。いちばん奥のを出して、器に移す。となりの器も出して、水を出した。
サナが手を出したので、その上に落とした。手をこすって、それから食べはじめた。
食べているあいだ、サナはあまり喋らない。わたしのほうは、言うことがたくさんある。
「きょう、ゆきが降ったんだよ」
わたしは土間に座って、端から言った。
「朝はまだだったの。灰をかき出して、水を足して、おとうさんの家に行って、それから外に出たら、もう降ってた」
「手のひらで受けるとね、しばらく白いままなの。手をつめたくしてからやると、もっと長い」
「口もあけたよ。あんまり入らない」
サナは食べている。
「これ、今年のはじめてのだよ。村長さんが、匂いが変わったら次の日に来るって言ってて、ほんとうに来た」
サナは器をいったん置いた。
「初雪ね」
そう言って、また食べはじめた。
はつゆき、と言われると、なんだか大事な日みたいに聞こえた。
「鶏がね、いちばん小さいのだけ、雪に出たの。ほかの二羽は首だけ出して、引っこめて、また出すの。ずっとやってた」
「小さいのは、戻ってきたときがいちばん濡れてた。濡れると細くなるの。細いのに、先に食べるの」
気がつくと、鶏の話ばかりしていた。いつもそうなる。
「あとね、村の器がぜんぶ外に出てるんだよ。甕とか、鉢とか。家によって、ぜんぶ大きさがちがう。おかあさんが、どこの家がどれって書いてる」
「わたしは順番に回るの。上の段から。こっちからって聞いたら、そっちからでいいって言われた」
サナは食べおわった。器を置いて、指を布でぬぐった。
わたしは立って、棚の布をかけ直した。かけ直しているあいだに、サナが後ろに来た。
頭に手がのった。
手は、冷たくもあたたかくもない。しばらくそのままで、それから、髪のところで一回止まった。
「髪、濡れてるわね」
言って、手が離れた。
さわってみたら、ほんとうに濡れていた。ずっと外にいたからだ。わたしは手ぬぐいで頭をふいて、それからまた喋った。
サナは、聞いているのかいないのか、わからない顔をしていた。それでも、ときどき「そう」と返ってくる。だから、聞いているんだと思う。
夜は、おとうさんの家で食べることになっている。
戸のところまで二十歩ない。今日は雪の上を歩いた。歩くと、きゅっと鳴る。数えたら、二十回にならなかった。足が大股になったからだと思う。
おとうさんは、土のにおいがした。
「壁、終わったの」
「一軒終わった。あと一軒だ」
「あしたも?」
「明日もだ」
おかあさんが汁をよそって、それから、わたしの手を見た。
「……つめたくない?」
「つめたくないよ。じんじんしただけ」
おかあさんは、それは書かなかった。かわりに、わたしの器のほうへ汁を寄せた。
ごはんのあと、竈の灰をかいた。
こっちの窪みは深いから、たくさん入る。かき出して、外の決まったところへ空けた。ちゃんと風の上に立った。目に入らなかった。
「そっちはいい。俺がやる」
おとうさんが戸口から言った。
「もうやった」
「……そうか」
おとうさんは、灰を受けるところをのぞきに来て、それから何も言わなかった。
「ふかくしたの、いいね。いっぱい入る」
「そうか」
今度は、少し早く言った。
うちのと、こっちの。竈は二つある。灰も二つある。
二つあると、二回できる。二回できるほうが、いい。
外に出たら、雪はやんでいた。地面が白いせいで、思ったより明るい。
戸をあけたら、サナはまだ座っていた。
「ただいま」
おかえり、とサナが言った。わたしは竈の前にしゃがんだ。
太い薪を一本はずして、立てかける。燠をまんなかへ寄せて、上から灰をかぶせる。かぶせすぎると朝まで残らないから、ふわっとやる。
おとうさんの家のも、いまごろ同じようにしているはずだ。深くしたところに、灰がたまっている。
わたしは横になって、目をつぶった。
明日の朝も、二つとも、下は赤いままだ。




