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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第三章 秋、村が頼る

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よそから来た男は、娘の水を知りたがった

「いってきます」

 朝、娘は片方の靴を履きながらそう言った。昨日の晩に転がっていたほうだ。

「ああ」

 戸が開いて、閉まった。壁の向こうを、足音が隣へ向かっていく。二十歩に足りない。

 しばらくして、向こうの戸が開く音がした。

 あっちの水瓶から先に満たす。干し場のものを出して、竈に火を入れて、それが済んでからこっちへ来る。

 うち、と言った夜の次の朝も、この子は隣から始めた。

 俺も文乃も、それを止めていない。止める話も出ていない。

「灰、まだ生きてるかい」

「生きてます。持っていってください」

 祭の片づけは昼までに終わった。板を取りに来た者が、ついでに石を外へ出していった。灰を取りに来た家は二軒あった。

 娘は昼前に戻ってきて、残っていたのを食べて、それから村へ出ていった。


 行商人が来たのは、その四日あとだ。

 背中に大きな荷を負って、もう一つを肩から提げていた。両方とも、俺の背丈の半分ほどの高さがある。それを負ったまま坂を上がってきて、井戸のところで下ろした。下ろすとき、膝を折って、地面に置いてから縄をゆるめた。荷の扱いに慣れた下ろし方だった。

「毎年この時分に、東のほうから回ってます」

 男はそう言って、笑った。

 名乗られた気がしたが、思い返すと聞いていなかった。喋りが途切れなかったからだ。

 村は歓迎した。子供が先に集まって、大人があとから来た。村長も出てきて、荷の横に座った。

「今年は遅かったな」

「一つ手前の村で、屋根の下を借りましてね。降られました。あそこは雨が多い。ここは降らなかったでしょう」

「降らんかった」

「そうでしょうね。道の土が違いました」

 男は荷を開いた。

 布を広げて、その上に並べていく。塩。針。小刀。鍋の底に当てる鉄の板。砥石。火打ちの金具。針は紙に包んで、太さごとに分けてあった。並べ方に順があって、高いものが奥、毎日使うものが手前だった。

「どこから来たんだね」

「東のほうです。ずっと東で。歩いていると、足の裏が平たくなりますよ」

「次はどこだ」

「行ける先までと決めています。雪が来る前に戻らないといけませんので」

 訊いたほうはうなずいて、次のものを見ていた。

 俺も輪の中に混ざった。村の者が買うのを横で見て、値の付け方を聞いていた。塩は天秤で量る。小さいほうの皿に錘を載せて、大きいほうへ少しずつ足していく。足しすぎても、男は戻さなかった。

「今のは、おまけです」

「毎年それを言うな」

「毎年しておりますから」

 金物は一つずつ売る。値切られると、少し下げて、そのぶん別のものを勧める。

「奥さん、これは去年より安いですよ。鉄が動いたので」

「動いたって、どっちに」

「下に。今年だけです。来年は戻ります」

 うまい。買う側が、得をした気になって帰っていく。

 男は子供にも何か配っていた。木を削った小さいものだ。全員に一つずつ渡して、足りなくなると荷の底から出してきた。

「これは売り物じゃありません」


 日が傾くまで、井戸のところに人がいた。

 男はよく喋った。喋りながら、村の一年を聞いていった。麦のこと。刈り入れの時期。屋根の葺き替え。誰の家が建ったか。

「今年は、どこも水で苦労したでしょう。手前の村は、井戸を二つ埋めました」

「うちは掘った。掘っても出んかったが」

「そうでしょうね」

「それでも、しまいまで保った」

 村長がそう言った。

「うちの村は、水にだけは困らなかったよ」

 誇っている言い方だった。困らなかったのは事実で、村の者はみんなそれを知っている。隠す理由は、村のどこにも無い。

「それは、ありがたい」

「つむぎちゃんがいるからね」

 井戸端のおばさんが言った。

「あの子が出したんだよ。桶が二十並んでも、まだ出た」

 その二十という数を、この人は自分では数えていない。誰かから聞いて、そのまま覚えたのだろう。数は、そうやって村を回る。

「へえ」

 男は針の紙を畳んでいた。畳む手は止まらなかった。

「二十ですか」

「もっとだったかもしれないよ。ねえ」

「あのときは、途中で数えるのをやめたからな」

 娘は、そのころには井戸のところに来ていた。金物を覗き込んで、砥石を持ち上げて、重さに驚いていた。人懐こい子だ。知らない大人がいると、まず近くへ行く。

「これ、なに」

「刃を研ぐものです。おじさんが押さえてますから、さわってごらんなさい」


 男の話が、そこから細くなった。

「お嬢さんは、おいくつですか」

「八つ」

 娘が自分で答えた。

「八つ。うちの村の八つは、まだ水を運べませんよ」

 まわりが笑った。

「いつごろから、できるんです」

「小さいころからだね」

 おばさんが答えた。

「わたしが知ってるかぎりだと、五つか六つのときにはもう、家のことを一人でやってた」

「誰に教わったんでしょう」

「さあ。誰も教えちゃいないと思うよ」

「そういうこともあるんですね」

 男は砥石を娘の手から受け取って、布で拭いて、元の場所へ戻した。それから、次の一つを出した。

「どのくらい、続くんです」

 その訊き方だけ、少し形が違った。

 値付けの訊き方だ。仕入れるほうが、量と持ちを先に確かめている。ただし、この男は売り物が何かを言わない。買いたいものを言わずに、条件だけ詰めてくる相手を、俺は本社で何人も見た。

「今年の塩は、上がりましたか」

 俺は割り込んだ。

「塩ですか。上がりました。冬前はどこも上がります」

「どれくらいですか」

「去年の一割ほど。でも、春には戻ります。持っておいても得はしませんよ。傷みはしませんが、置く場所がもったいない」

「うちの村は、置く場所から先に無いですね」

「どこもそうです」

 男は笑った。笑って、また娘のほうを見た。

「つむぎ、置き場を見てきてくれ。北の隅の下に、水が溜まってないか」

「あそこ、なおしたよ」

「なおしたところを見るんだ」

「わかった」

 娘は走っていった。走りながら、途中で拾ったものを鶏に見せていた。

「水は、山から来ていますから」

 俺は男のほうへ向き直った。

「今年は秋になってから降りました。降れば、こっちの井戸は戻ります」

「そういう井戸ですか」

「そういう井戸だそうです。俺は、去年のことを知りません」

「なるほど」

 男はうなずいて、それから、塩の袋の口を縛った。

 深追いはしなかった。話は塩に戻り、そのあと針に戻り、それから今年の麦の値の話になった。


 男は、買うだけ買って帰った。

 干したものと、木の実の袋を三つ。麻を一束。井戸端のおばさんが売ったものの中には、娘が手をかざした鉢のものが入っていた。

「では、また来年」

 男は荷を負い直して、坂を下りていった。下りぎわに一度振り返って、村長に頭を下げた。丁寧な下げ方だった。

 道の曲がりで見えなくなるまで、子供が三人ついていった。

 何も起きなかった。

 誰も損をしていない。塩は安く、金物は要るものだった。俺は、あの男に何ひとつ文句をつけられない。

 ただ、訊かれたことだけが、あとに残った。



 あの人の訊き方は、私に似ていた。

 見て、測って、書き留める人の訊き方だと思う。いつからか、どのくらい続くのか。私がこの半年、紙に書いてきたのは、その二つだった。答えを聞いたあとの顔まで似ていた。聞いて、うなずいて、それ以上は言わない。

 商いの人だから、そういう聞き方をするのかもしれない。たぶん、そうなのだと思う。

 それでも、ひとつ決めた。

 あの子の話は、よそではしないことにする。



 その夜、風が変わった。

 戸の隙間から入ってくるのが、冷たいというより痛い。俺は薪をもう一本足して、灰を寄せた。

「寒いわね」

「明日、もう一枚出す」

 娘は隣の家で寝ている。二十歩向こうで、あの子は今夜も自分で灯りを落としたはずだ。

 置き場の袋は、屋根につかえる手前まで積んだ。それでも、例年より低いと村長が言っていた。冬のあいだに何度出すかは、もう決めてある。決めてあっても、足りるかどうかは別の話だ。

 朝、はじめての霜が降りた。

 畑の土の上が白くて、踏むと、音がして沈んだ。

 蓄えの薄い冬が、それでも三人の冬が、始まろうとしていた。


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