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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第三章 秋、村が頼る

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19/73

祭の夜、娘の「うち」がひとつ増えた

「こういう年こそ、やるんだ」

 村長は薪の山の横に立って、そう言った。

「井戸が保ったんだ。保った年にやらんで、いつやる」

 男の一人が、今年は出せるものが少ないと言った。誰もが知っていることを、それでも一度は口に出す。

「少なくてもやる。一年やらんと、次の年もやらんようになる。そうやって無くなるんだ。無くなったものは、戻らん」

 それで話は終わった。

 石のところの草は、子供たちが刈ってある。地面もならしてある。丸く並べた石の中に、俺は薪を組んだ。

 太いのを井桁に三段。中に細いのと、剥いだ皮を詰める。風は北から来ていたので、火口はそちらへ開けておいた。

 小さいほうは二つ、離して置く。こちらは早く落ちるから、途中で足す者を決めておかなければならない。

「あんた、火は任せる」

「分かりました」

 板を二枚渡して、台にした。脚にした石が片方だけ低かったので、平たいのを噛ませた。上に鍋が載る。

「その枝、鍋を吊るんですよね。高さはどれくらいがいいですか」

「もうちょっと低く。かき混ぜるのがつらい」

「これくらいですか」

「それでいい」

 日が落ちるまでのあいだに、村じゅうの匂いが一つのところへ集まってきた。甘いのを煮る匂いと、粉を焼く匂いと、薪の匂いだ。

 鶏が放してある。祭の日は放しておいていいらしい。娘のところの小さいのが、台の下に入り込んで出てこなくなった。

 文乃は鍋の向こう側にいた。何か訊かれて、短く答えている。答えると、その人がうなずいて動く。

「文乃さん、こっちのは、いつ出す」

「……火が落ちてからで」

 薪を運びながら、同じようなやりとりを二度聞いた。

 娘は昼のうちに二軒ぶんの日課を済ませ、鉢を九つ配って回ってきたらしい。着いたときには、もう走っていた。

「おとうさん。わたし、今年は寝ないから」

「そうか」

「ぜったい寝ないから」

「分かった」

 娘は同じことを、そのあと三人に言っていた。言われたほうは、みんな、そうかい、と答えていた。

 暗くなってから、村長が火口に火を入れた。

 皮に移って、細いのに移って、それから太いのが鳴りはじめた。人の輪が、火の大きさのぶんだけうしろへ下がった。子供が三人だけ下がらないで、大人に襟をつかまれていた。


 火が高くなると、人が集まってきた。

 娘のところへ、入れ替わり立ち替わり人が来た。

「夏は助かったよ」

「うちの樽ね、底までいっぱいになったの。あんなの、何年ぶりだか」

「種が生きてる。来年、蒔ける。あれが駄目だったら、春に困ってた」

「あの晩は、寝てるところを起こしちまって、悪かったね」

「いいよ。おきてたし」

 起きていない。あの晩の娘は、靴を左右あべこべに履いてきた。

「役に立った?」

「立ったよ」

「よかった」

 娘はそう言って、次の人のほうを向いた。

 礼は、どれも同じ形をしていた。助かった。助かる。うちのはこうなった。誰も、うまいとも、すごいとも言わない。困っていたものが困らなくなった、という話をしているだけだからだ。

 認められるというのは、こういう形でいいのだと思った。

「つむぎちゃん、今日は二回でいいよ」

 鍋のところで、おばさんが先に言った。

「三回は?」

「二回」

「じゃあ、二回」

 娘は二回もらって、それから、三回目をもらいに来た子の横に立っていた。おばさんが娘の頭を押して、あっちへ行かせた。

「文乃さん。冬のこと、決まってよかったよ」

「……はい」

「あんたに訊けば、こっちは考えんで済む」

 文乃は湯呑みを両手で持ったまま、うなずいた。

 娘は子供たちと走っていった。走って、戻ってきて、また走っていった。途中から鶏を追いかけていた。追いかけているのか追いかけられているのか、しばらく見ていても分からなかった。

 ヨナスが火の向こうから何か言ったが、笑い声で聞こえなかった。もう一度言った。それも聞こえなかった。三度目は言わずに、手を振って向こうへ行った。


 火が半分になったころ、人が減りはじめた。

 小さいほうの火は、もう落としてある。灰を寄せて、石を内側へ寄せておいた。残っているのは真ん中の一つだけだ。

 帰る者は、たいてい家ごとに帰った。子供を先に立たせて、そのうしろを大人が歩く。抱えられている子もいる。坂の下のほうで、おやすみ、という声が二度した。

「じゃあ、また明日な」

「明日は昼までに片づけよう」

「板は置いといてくれ。明日、うちのが取りに来る」

 残ったのは三家族と、火のそばで話しこんでいる男が四人だった。男たちは石の外側に座って、声だけが低くなっていた。

 火は、足さなければ小さくなる。俺はもう足さないことにした。足さないと決めてからは、明るいところが少しずつ狭くなっていく。近くにいる者の顔だけが見えて、そのほかは暗い。

 男たちは、話しながら石段のほうへ下りていった。三家族も、そのうちに一つずつ減った。

 娘は火のそばに座っていた。膝を抱えて、前とうしろへゆっくり揺れていた。

「つむぎ」

「起きてる」

「まだ何も言ってない」

「起きてるってば」

 目をこすっている。こすってから、こすったことを隠すみたいに、両手を膝に戻した。

 文乃が上着をかけた。娘はされるままだった。

「そろそろ帰るか」

 俺が言った。

 娘は火を見たまま、少しのあいだ黙っていた。

「……きょうは、こっちのうちで寝る」

 言って、俺のほうへ寄りかかってきた。

 うち、と言った。

 俺は、すぐには返事ができなかった。文乃も動かなかった。火のはぜる音が二つ、三つ続いた。

 まわりに人はもういない。向こうの石段のあたりで話し声がしているが、こちらまでは届かない。

「……ああ」

 やっと出たのが、それだった。

 娘はもう半分寝ていた。返事が聞こえたのかどうかも分からない。

 文乃が立って、娘の前で膝をついた。両腕を背中と膝の下へ入れて、抱き上げた。いちど抱え直して、頭を自分の肩へ乗せさせた。娘の腕が、文乃の首のうしろで下がった。

 文乃は何も言わなかった。俺も言わなかった。

 落ちた上着を拾って、俺は火のほうを見た。まだ始末が残っている。

「先に行っててくれ」

「……ええ」

 二人が坂を上がっていくのを、しばらく見ていた。


 娘を寝かせてから、俺は火のところへ戻った。

 組んだのは俺だから、崩すのも俺がやるのが早い。太いのを外して立てかけ、燠を真ん中へ寄せて、灰をかぶせる。かぶせすぎると朝まで残らない。残らないと、明日の朝に火を借りに来る家が困る。

 やっているうちに、文乃が戻ってきた。

「寝たか」

「すぐ寝たわ」

 文乃は少し離れたところに座った。石の外側だ。近づくと熱いから、そのあたりでちょうどいい。

 燠がときどき明るくなって、また暗くなる。そのたびに、まわりの石の形が出たり消えたりした。

 暗いので、村の形は屋根の線でしか分からない。上の段の向こうに、木の道が通っている。夜は水を落としていないから、音もしない。置き場の屋根は、替えたところだけ、月であかるく見えた。

 冬までに、あと二軒の壁がある。

「……帰るんじゃなくて、ここで暮らすんだな、俺たちは」

 言ってから、うまい言い方ではなかったと思った。

 文乃は膝の上で手を組んでいた。

「……そうよ」

 短くて、上がらない語尾だった。

 しばらく、どちらも喋らなかった。燠が一度、音を立てて崩れた。

「薪、足りるかしら」

「足りる」

 俺はそう答えて、灰をもう一度かぶせた。


 家へ戻ると、娘は奥に寝ていた。

 俺たちの寝ているところの隣に、文乃が敷いたらしい。上着は脱がせてある。片方の靴だけが揃えて置いてあって、もう片方は少し離れたところに転がっていた。

 俺は転がっているほうを拾って、揃えて置いた。

「明日また片方どこかへやるわよ」

「……だろうな」

 文乃が灯りを落とした。

 暗くなってから、娘の寝息が聞こえた。速い。祭の日の子供の息だ。ときどき止まって、また続く。

 戸の外は静かになっていた。それでも、まだ帰っていない者がいるらしく、遠くで一度、笑い声がした。

「……起きないわね」

「起きないな」

 手に、火を始末した匂いが残っている。洗っても、たぶん明日まで残る。

 三人で同じところに寝るのは、これが最初ではない。村へ着いた日も、家が建つまでの何日かも、同じところで寝た。

 違うのは、今夜は、この子が自分でそう決めたことだ。

 うちが、ひとつ増えた。それだけの夜だった。


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