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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第三章 秋、村が頼る

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村じゅうが、文乃の紙を頼りはじめた

「冬のあいだ、上の段の三軒はどうする」

 村長のところに、七人集まっていた。石段に座る者と、地面に座る者と、立ったままの者に分かれている。

「あんた、書けるだろう。書いてくれ」

 板を渡された。炭も渡された。俺は膝の上で村の形を引いた。井戸を丸で囲って、段になった畑を三本の線にして、家を四角で置いていく。北のはずれの二軒だけ、線から離して端に置いた。

「そこだ。そこが遠い」

「雪が積もると、下りるのはいい。上がるのがきつい」

「去年、婆さんが途中で座り込んだ」

「そのまま座ってたら凍る」

 冬は井戸まで下りるのがつらい家がある。上の段の三軒と、北のはずれの二軒。夏のあいだは桶を提げて何度でも往復できるが、道が凍ると往復そのものが減る。減った分をどこかで埋めなければならない。

「縄も凍るぞ。素手でつかむと、皮が持っていかれる」

「布を巻いたって、濡れたら同じだ」

「上の三軒は子供がいる。あそこは減らせん」

「北のはずれは二人きりだ。減らせるが、汲みに来られん」

 困り方が、家によって違う。減らせない家と、減らせるが取りに来られない家がある。同じだけ配れば、どちらも困ったままになる。

「去年は、雪のあいだ、うちのが二日おきに提げて上がった」

「二日おきで足りたのか」

「足りん。足りんが、それ以上は行けん」

 薪も同じだ、と誰かが言った。割る場所が雪で埋まると、その日は割らない。割らない日が続くと、火のほうも細くなる。水が凍って、火が細くなる。冬はその二つが同じ時に来る。

「蓄えのほうも決めんといかん。置き場から、いつ、いくつ出すか」

「今年は薄いぞ」

「薄いから決めるんだ」

「雪が深くなると、置き場まで行けん日がある。先に配っておくか」

「配ると食う」

 村長が言った。

「食う年に食ってしまえば、春に蒔くものが無くなる。出す日を決めて、その日に出す。決めた日に行けなんだら、その次の日に行く」

 男の一人が、俺の板を覗き込んだ。

「あの子に頼めば、水はいいんじゃないか」

 誰も、すぐには返事をしなかった。

「あの日みたいに出るなら、冬は楽だ」

「あれは、あの日だけかもしれん」

「毎日となると、話が違うだろう」

「そもそも、どれだけ頼んでいいのか、誰も知らんだろうが」

 その通りだった。村が見たのは、井戸が底を見せた日の一日きりである。あの日、誰も数えていない。数えていたのは一人だけだ。

「あんた、どうだ」

 村長がこちらを見た。

「あの子は、どれだけ出せるんだ」

 俺は炭を板に置いた。

「……俺には、分かりません」

 うまい言い方が出てこなかった。出てこないまま、指の粉を膝で払った。

「言っておくがな」

 村長が言った。

「あの子は、頼めばうんと言う。うんと言うに決まっとる。だから、こっちで決めておかんといかん。決めずに頼むのは、頼むんじゃない。預けるだけだ」

 誰も反対しなかった。

「で、誰が決めるんだ」

「水の回し方は、井戸端の話だ」

 村長が膝に手をついて立った。


 井戸端に、女が六人いた。桶が並んで、洗い物の途中だった。

 文乃はその端にいた。借りてきた鉢のふたを開けて、中を覗いて、指で押して、それから紙に書いていた。俺たちが来たのに気づいて、手を止めた。

 村長が話をそのまま持っていった。冬の道のこと。上の段の三軒と、北のはずれの二軒のこと。娘に頼める量が誰にも分からないこと。

「あんたが、いちばんよく見てるだろう」

 井戸端が静かになった。

 文乃は紙を閉じた。膝の上で角をそろえて、そのまま胸のところで抱えた。俺は、その紙が開かれるのを待っていた。

 開かなかった。

「朝と夕に、器のぶんだけ」

 文乃は言った。

「器のほうを、決めてください」

 声はいつもと同じ高さだった。低くも高くもない。語尾が上がらなかった。

「器って、桶かい」

 女の一人が訊いた。

「桶でも、樽でも。数と大きさを、先に決めておいてください」

「なんでだい」

「決まっていれば、その日にどれだけ頼むかを、誰も考えなくて済みます」

 それきり、文乃は何も足さなかった。

「足りるのかい、それで」

「足ります」

 言い切った。

 村長がしばらく地面を見ていた。それから、顔を上げた。

「……助かる」

 あとは早かった。上の段の三軒に朝ふたつ、夕ふたつ。北のはずれは、下の家の者が朝のうちに提げて上がる。樽は出さない。出すと、次の日に空にする者がいなくなる。

 決めながら、女たちは何度か文乃のほうを見た。見て、うなずかれてから、次へ進んだ。

「そこは、文乃さんに訊いてからにしよう」

 誰かがそう言った。誰も、それを変だとは思わなかった。


 俺は板を抱えたまま、うしろに立っていた。

 文乃は、前にも同じことを言っていた。

 元の世界の、あの台所でだ。この子はほかの子と違う、と言われて、俺は、子供なんてそんなものだ、と返した。証拠を出せとまでは言っていない。言わなかっただけで、そう思っていた。

「うちは夕でいい。朝は上の三軒からにしとくれ」

「じゃあ、そうしよう」

 こっちへ来てからも、俺は同じことをした。娘が竈の火を細い枝から一本ずつ足していくのを見て、太いのを先に組んでおけと言った。そっちからやると二回になる、と。

 娘は、うん、と言って、いつものやり方でやった。火はついた。

 二度とも、俺は同じものを否定していた。

 板の炭が、手のひらの側面についていた。

 坂の下から、娘の声がした。

「サナ? なんにも言わないよ」

 おばさんが何か訊いたらしい。声はこちらまで届かなかった。

「うん。もういいって言われたこと、いっぺんもない」

「そうかい」

「あとね、いちばん小さいのが、きのう置き場の袋の上に乗ってたの。てっぺんまで登ったの。降りられなくなって、鳴いてた」

 話はそっちへ移って、遠ざかっていった。

 五年間、一度も止めなかった者がいる。

 二度、止めた俺がいる。

 俺は板を抱え直して、石段を上がった。上がりきってから、もう一度、井戸端のほうを見た。文乃はまだそこにいて、女の一人と何か話していた。話しながら、紙は抱えたままだった。


 夜、文乃はいつものように紙を開いていた。

 灯りを引き寄せて、今日のぶんを書いている。開いたところに、桶の数が並んでいるのが見えた。上の段の三軒。北のはずれ。朝と、夕。

 俺は竈に薪を一本足した。

「……ずっと、見てたんだな」

 文乃は書く手を止めた。こちらは見なかった。

「……そうよ」

 それから、また書いた。

 俺は灯りの油を継ぎ足して、芯を少し出した。明るくなったぶん、紙の字が小さいのがよく分かった。行がまっすぐで、数字の頭がそろっている。

 文乃は書きおわって、紙を膝の上でそろえた。

「祭の日が決まったら、教えて」

「ああ」



 今日は、訊かれた。

 元の世界でも、私は同じことを言っていた。この子はほかの子と違う、と。そのたびに、どこが違うのかと訊かれた。あれも問いの形はしていたけれど、答えられないことを確かめるための問いだったような気がする。答えられないと、話はそこで終わった。終わらせたのは私ではなかったし、私でもあった。

 今日のは、終わらなかった。私が答えたら、その先が決まっていった。桶の数と、朝と夕と、誰が提げて上がるか。私の言ったことを使って、人が動いた。

 紙は開かなかった。開かなくても済んだ。中を見せなくても、答えだけなら渡せるのだと思う。あの子のことは、まだ何も言っていない。それでいいような気がしている。

 訊かれるというのは、こういうことなのかもしれない。



 三日たった。

 村長が石段の下で指を折っていた。まわりに人が集まっている。

「霜が来る前だ。来てからでは、夜に外へ出られん。人が集まらん祭は、やっても仕方がない」

「六日後だ」

 それで決まった。

 女たちがその場で数えはじめた。粉がどれだけ要るか、火をいくつ焚くか、誰が何を持ってくるか。数えながら、二人が井戸端のほうへ歩いていった。

「文乃さんに訊いてからにしよう」

 この三日で、その言い方を何度か聞いた。

 娘は、今年は寝ないと言っている。去年もおととしも途中で寝たそうだが、今年は寝ないらしい。

 六日後に、祭がある。


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