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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第三章 秋、村が頼る

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サナが帰ってきた夜、ただいまがふたつになった

 朝いちばんに、竈の灰をかいた。

 灰は、下のほうがまだあたたかい。かき分けると、赤いのが少しだけ残っている。そこへ細いのを渡して、上から手をかざす。

 このごろ、火をつけるのがうれしい。

 夏は、暑いのに火の前にいるのがいやだった。いまはちがう。ぱちぱち鳴りだすと、そっちに顔を向けていたくなる。顔はあたたかいのに、背中は寒いままだ。だから、途中でくるっと回って、背中を火に向ける。前を向いて、うしろを向いて、また前を向く。三回やると、ちょうどよくなる。

 そうしていたら、いちばん小さい鶏が入ってきた。入ってきて、竈の前に座った。座って、動かない。

「そこ、わたしのところ」

 鶏は動かない。

「じゃあ、いっしょでいい」

 わたしは横にずれて、鶏のとなりに座った。ふたりで火を見た。ほかの二羽は入ってこない。この子だけ、入ってくる。

 外は、朝だけ息が白い。

 昼になると白くない。だから、白いうちにやることを先にやる。水を出して、火を入れて、干したものを外に出す。二軒ぶん出す。おとうさんの家の分は、うちのより少ない。

 干したものは、このごろ乾かない。

 朝に出して、夕方にさわると、まだ湿っている。夏は昼までに乾いたのに。井戸のところでおばさんが、そのうち出しても乾かない日が来る、と言っていた。乾かなくなったら、どうするんだろう。竈のそばに吊るすんだって。それだと、けむりのにおいがつく。

「けむりのにおい、わたしは好き」

 そう言ったら、おばさんが笑った。

 村の人は、まだ薄着だ。おばさんは腕を出しているし、男の人は上を脱いで働いている。わたしも薄着だ。走ると暑くなる。


 夕方、うちの戸をあけたら、サナがいた。

「ただいま」

 サナは土間の奥に座っていた。顔だけこっちへ向けて、「おかえり」と言った。それから、また前を見た。

 わたしは棚へ行って、布を取った。よけてある一分けを出して、置く。器を出して、水を出す。サナが手を出したから、その上に水を落とした。サナは手をこすって、それから食べはじめた。

 ごはんを出すあいだは、いつも、どっちも喋らない。

 黙っていたけど、すぐに喋りたくなった。言うことが、たくさんある。

「あのね、いっぱいあるの」

 わたしは端から並べた。

「まず、雨がすごく降った日があってね。夜に、種のところに水が入ったの。屋根の木が抜けてて、そこから入ったんだって。それで、みんなで運んだ。おとうさんの家の土間に、袋がいっぱい入った。半分うまった」

「わたしも起こされて、行った。靴、反対に履いてたの。あとで気がついた」

「ぜんぶやったよ。役に立ったんだよ」

 サナは食べながら言った。

「靴は、あとで履き替えたの?」

「うん。気がついてから」

「それから、木の実のところにおばさんたちを連れていった。三人来た。おばさんたち、毎年わかんなくなるんだって。毎年おなじところに生るのに、へんなの」

「籠が三つ、いっぱいになった。いちばん小さいのがついてきて、先に食べてた。追っても取らせないの。追うと、走るの。あの子、走るの速い」

 鶏の話をすると、いつも長くなる。長くなるのは知っている。知っているけど、途中でやめられない。

「あとね、水路ができた」

 わたしは指で、土間に線を引いた。

「おとうさんが夏に木を置いてたでしょ。ずっと置いてあったやつ。あれ。ヨナスが、やるなら今のうちだって言って、それで、みんな来て、四日でできた」

「上の畑まで水が行くの。木の中を通っていくの。音がするんだよ、こう、ずっと」

「わたしは水を運んだ。桶に半分ずつ、二回。二回でいいって、おとうさんが言った」

 サナは見ていない。いなかったから。

「あとで見せる。逃げないから」

 わたしは自分でそう決めて、次の話にした。

 おとうさんは、このごろ屋根ばかり見ている。村長に頼まれたらしい。北のはずれからだって。おかあさんは、よその家の鉢まで見にいく。ふたを開けさせてもらって、中を見て、書く。それも言った。

「サナの服、あついね」

 言ってから、夏にもおなじことを思ったのを思い出した。あのときは、あついのに、と思った。いまは、みんなまだ薄いのに、と思う。

 サナは器を置いた。

「冷えてきたわね」

 言って、わたしの頭に手をのせた。

 手は、冷たくもあたたかくもない。しばらくそのままで、それから離れた。

 わたしは、喋るのをやめなかった。


 ごはんは、おとうさんの家で食べる。毎晩そう決まっている。

 うちから戸口までは二十歩だ。走ると、もっと少ない。今日は走った。

 戸をあけて、

「ただいま」

 と言った。

 言ってから、あれ、と思った。

 ここは、うちじゃない。

 まあ、いいや。

 わたしは靴を脱いで、上がった。

「今日ね、サナが帰ってる」

「……そうか」

 おとうさんは、そう言って、箸を持ったまま止まっていた。おかあさんも止まっていた。ふたりとも、こっちを見ている。

「なに?」

「……いや」

 おとうさんは食べはじめた。おかあさんも食べはじめた。

 変な人たちだ、と思った。

 今日のごはんは、豆と、戻したのと、汁だった。わたしはよく食べた。おかあさんが、もう一杯どう、と言って、よそってくれた。もらった。

「おとうさん、屋根、まだ回ってるの」

「北のはずれが終わった。あと二軒だ」

「わたしも行っていい?」

「水を持ってきてくれると助かる」

「わかった。半分ずつ、二回ね」

「ああ」

 おかあさんは、食べながら、紙を横に置いていた。途中で一回だけ、なにか書いた。なにを書いたかは見えなかった。書きおわると、また食べた。

 器を片づけて、外へ出た。

 外は暗い。あかりは持っていない。うちのほうに戸が見えているから、それでいい。


 うちに帰ったら、サナはまだいた。

 いる日は、そんなに多くない。だから、いる日は、なるべく喋ることにしている。

「あのね、祭やるって」

 サナは座ったままだった。

「今日、井戸のところで言ってた。やるのかやらないのかって、みんなで言ってて、村長さんが、やるって言ったって」

「今年は少ないから、小さくやるんだって。小さくても、やるって」

「そう。今年もやるのね」

 サナはそう言って、膝の上で手を組んだ。

「去年はね、石のところで火を焚いたの。大きいのをひとつと、小さいのをふたつ」

「おばさんたちが、あまいのを作るんだよ。あれ、一年に一回しか出ないの。わたし、二回もらった。二回目は、こっそりだった」

 言ってから、こっそりだったことを言ってしまったと思った。でも、サナは怒らない。怒ったことがない。

「わたしね、去年、途中で寝たの」

 おととしも寝た。その前も、たぶん寝た。火のところはあったかいから、座っていると、目のところが重くなる。気がつくと朝で、朝になってから、終わりを見ていないことに気がつく。

「今年は寝ない。ぜったい寝ない」

「起きていられるといいわね」

 わたしは棚のところへ行って、あした取りに来る分をたしかめた。三つある。いちばん奥は動かさない。サナのぶんは、いつもそこだ。今日は食べたから、あしたのぶんをもう一回よけておく。

 あかりを落とす前に、戸のすきまから外を見た。

 おとうさんの家に、まだあかりがついている。おかあさんが書いているんだと思う。あれは、けっこう長い。

「サナ、おやすみ」

 うしろで、サナが「おやすみ」と言った。それから、座っている音がした。座っている音、というのは変だけど、そういう音がある。

 朝、起きたときにいるかどうかは、わからない。いてもいなくても、わたしは朝のことをやる。それはもう決まっている。

 目をつぶった。

 はやく祭にならないかな。


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