サナが帰ってきた夜、ただいまがふたつになった
朝いちばんに、竈の灰をかいた。
灰は、下のほうがまだあたたかい。かき分けると、赤いのが少しだけ残っている。そこへ細いのを渡して、上から手をかざす。
このごろ、火をつけるのがうれしい。
夏は、暑いのに火の前にいるのがいやだった。いまはちがう。ぱちぱち鳴りだすと、そっちに顔を向けていたくなる。顔はあたたかいのに、背中は寒いままだ。だから、途中でくるっと回って、背中を火に向ける。前を向いて、うしろを向いて、また前を向く。三回やると、ちょうどよくなる。
そうしていたら、いちばん小さい鶏が入ってきた。入ってきて、竈の前に座った。座って、動かない。
「そこ、わたしのところ」
鶏は動かない。
「じゃあ、いっしょでいい」
わたしは横にずれて、鶏のとなりに座った。ふたりで火を見た。ほかの二羽は入ってこない。この子だけ、入ってくる。
外は、朝だけ息が白い。
昼になると白くない。だから、白いうちにやることを先にやる。水を出して、火を入れて、干したものを外に出す。二軒ぶん出す。おとうさんの家の分は、うちのより少ない。
干したものは、このごろ乾かない。
朝に出して、夕方にさわると、まだ湿っている。夏は昼までに乾いたのに。井戸のところでおばさんが、そのうち出しても乾かない日が来る、と言っていた。乾かなくなったら、どうするんだろう。竈のそばに吊るすんだって。それだと、けむりのにおいがつく。
「けむりのにおい、わたしは好き」
そう言ったら、おばさんが笑った。
村の人は、まだ薄着だ。おばさんは腕を出しているし、男の人は上を脱いで働いている。わたしも薄着だ。走ると暑くなる。
夕方、うちの戸をあけたら、サナがいた。
「ただいま」
サナは土間の奥に座っていた。顔だけこっちへ向けて、「おかえり」と言った。それから、また前を見た。
わたしは棚へ行って、布を取った。よけてある一分けを出して、置く。器を出して、水を出す。サナが手を出したから、その上に水を落とした。サナは手をこすって、それから食べはじめた。
ごはんを出すあいだは、いつも、どっちも喋らない。
黙っていたけど、すぐに喋りたくなった。言うことが、たくさんある。
「あのね、いっぱいあるの」
わたしは端から並べた。
「まず、雨がすごく降った日があってね。夜に、種のところに水が入ったの。屋根の木が抜けてて、そこから入ったんだって。それで、みんなで運んだ。おとうさんの家の土間に、袋がいっぱい入った。半分うまった」
「わたしも起こされて、行った。靴、反対に履いてたの。あとで気がついた」
「ぜんぶやったよ。役に立ったんだよ」
サナは食べながら言った。
「靴は、あとで履き替えたの?」
「うん。気がついてから」
「それから、木の実のところにおばさんたちを連れていった。三人来た。おばさんたち、毎年わかんなくなるんだって。毎年おなじところに生るのに、へんなの」
「籠が三つ、いっぱいになった。いちばん小さいのがついてきて、先に食べてた。追っても取らせないの。追うと、走るの。あの子、走るの速い」
鶏の話をすると、いつも長くなる。長くなるのは知っている。知っているけど、途中でやめられない。
「あとね、水路ができた」
わたしは指で、土間に線を引いた。
「おとうさんが夏に木を置いてたでしょ。ずっと置いてあったやつ。あれ。ヨナスが、やるなら今のうちだって言って、それで、みんな来て、四日でできた」
「上の畑まで水が行くの。木の中を通っていくの。音がするんだよ、こう、ずっと」
「わたしは水を運んだ。桶に半分ずつ、二回。二回でいいって、おとうさんが言った」
サナは見ていない。いなかったから。
「あとで見せる。逃げないから」
わたしは自分でそう決めて、次の話にした。
おとうさんは、このごろ屋根ばかり見ている。村長に頼まれたらしい。北のはずれからだって。おかあさんは、よその家の鉢まで見にいく。ふたを開けさせてもらって、中を見て、書く。それも言った。
「サナの服、あついね」
言ってから、夏にもおなじことを思ったのを思い出した。あのときは、あついのに、と思った。いまは、みんなまだ薄いのに、と思う。
サナは器を置いた。
「冷えてきたわね」
言って、わたしの頭に手をのせた。
手は、冷たくもあたたかくもない。しばらくそのままで、それから離れた。
わたしは、喋るのをやめなかった。
ごはんは、おとうさんの家で食べる。毎晩そう決まっている。
うちから戸口までは二十歩だ。走ると、もっと少ない。今日は走った。
戸をあけて、
「ただいま」
と言った。
言ってから、あれ、と思った。
ここは、うちじゃない。
まあ、いいや。
わたしは靴を脱いで、上がった。
「今日ね、サナが帰ってる」
「……そうか」
おとうさんは、そう言って、箸を持ったまま止まっていた。おかあさんも止まっていた。ふたりとも、こっちを見ている。
「なに?」
「……いや」
おとうさんは食べはじめた。おかあさんも食べはじめた。
変な人たちだ、と思った。
今日のごはんは、豆と、戻したのと、汁だった。わたしはよく食べた。おかあさんが、もう一杯どう、と言って、よそってくれた。もらった。
「おとうさん、屋根、まだ回ってるの」
「北のはずれが終わった。あと二軒だ」
「わたしも行っていい?」
「水を持ってきてくれると助かる」
「わかった。半分ずつ、二回ね」
「ああ」
おかあさんは、食べながら、紙を横に置いていた。途中で一回だけ、なにか書いた。なにを書いたかは見えなかった。書きおわると、また食べた。
器を片づけて、外へ出た。
外は暗い。あかりは持っていない。うちのほうに戸が見えているから、それでいい。
うちに帰ったら、サナはまだいた。
いる日は、そんなに多くない。だから、いる日は、なるべく喋ることにしている。
「あのね、祭やるって」
サナは座ったままだった。
「今日、井戸のところで言ってた。やるのかやらないのかって、みんなで言ってて、村長さんが、やるって言ったって」
「今年は少ないから、小さくやるんだって。小さくても、やるって」
「そう。今年もやるのね」
サナはそう言って、膝の上で手を組んだ。
「去年はね、石のところで火を焚いたの。大きいのをひとつと、小さいのをふたつ」
「おばさんたちが、あまいのを作るんだよ。あれ、一年に一回しか出ないの。わたし、二回もらった。二回目は、こっそりだった」
言ってから、こっそりだったことを言ってしまったと思った。でも、サナは怒らない。怒ったことがない。
「わたしね、去年、途中で寝たの」
おととしも寝た。その前も、たぶん寝た。火のところはあったかいから、座っていると、目のところが重くなる。気がつくと朝で、朝になってから、終わりを見ていないことに気がつく。
「今年は寝ない。ぜったい寝ない」
「起きていられるといいわね」
わたしは棚のところへ行って、あした取りに来る分をたしかめた。三つある。いちばん奥は動かさない。サナのぶんは、いつもそこだ。今日は食べたから、あしたのぶんをもう一回よけておく。
あかりを落とす前に、戸のすきまから外を見た。
おとうさんの家に、まだあかりがついている。おかあさんが書いているんだと思う。あれは、けっこう長い。
「サナ、おやすみ」
うしろで、サナが「おやすみ」と言った。それから、座っている音がした。座っている音、というのは変だけど、そういう音がある。
朝、起きたときにいるかどうかは、わからない。いてもいなくても、わたしは朝のことをやる。それはもう決まっている。
目をつぶった。
はやく祭にならないかな。




