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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第三章 秋、村が頼る

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わたしの仕事が、村のぶんまで増えた

「つむぎちゃん。これ、お願いできるかい」

 戸をあけたら、おばさんが立っていた。両手で鉢を持っている。布がかぶせてあって、湯気は出ていない。もう冷めているやつだ。

「いいよ」

「無理なら、いいんだよ。ほかの日でも」

「いまでいいよ」

 わたしは家の前の平べったい石の上に鉢を置いてもらって、しゃがんで手をかざした。

 音はしない。光も出ない。手を下ろしたら、それでおしまいだ。

「もういいよ」

「はやいねえ」

「これは、はやいの」

 おばさんは鉢を持ち上げて、それから持ち上げたまま少し考えて、また置いた。

「……もうひとつ、いいかい。うちの人のぶんも、置いてきてるんだ」

「いいよ。取ってきて」

 その朝は、四人来た。

 鉢の人と、布に包んだのの人と、桶ごと持ってきた人と、あとから戻ってきたおばさん。

 みんな、はじめに「いいかい」と訊く。それから、おわると「助かるよ」と言う。取りに来られない人のは、うちであずかる。夕方に取りに来る。

「今年は、乾くのが遅いねえ」

 井戸端で、そう言っていた。

「そのうち、出しても乾かない日が来るよ」

 このごろ、朝の水がつめたい。干したものも、まえは一日で乾いたのに、いまは夕方までかかる。

 だから、みんな急いでいる。とっておくものが多い。

 おうちがふたつで、村がひとつ。役に立てるところが、また増えた。

 わたしは、いそがしい。いそがしいのは、きらいじゃない。


「つむぎちゃん、あれ、まだあるかい」

「あるよ。落ちてないよ」

「どこだったかねえ」

「わかんないの?」

 わたしは、びっくりした。

 毎年おなじところに生るのに、おばさんたちは毎年わからなくなるらしい。

「じゃあ、行こう」

 籠を持ったおばさんが三人ついてきた。林のふちまでは、坂を下りて、畑のあいだを通って、それからちょっと登る。

「石のうしろの木。あれは、上のほうから先に赤くなる。下のは、まだかたい」

「そっちのじゃなくて、二本さきの。あれは渋いよ。そのまま食べたら口がしぼむ。煮ればあまい」

「あら、去年のは渋くなかったよ」

「去年のは、こっちの木」

 おばさんが二人で顔を見合わせた。

「赤いのでも、たべられるのと、だめなのがある」

 わたしは低いところの枝を引いて、見せた。

「だめなほうは、つやつやしてて、へたのところが黒い。これはちがう。これはたべられるやつ」

「よく知ってるねえ」

「知ってるよ。ぜんぶ知ってる」

 うしろで、こつ、と音がした。

 いちばん小さい鶏が、わたしの足のところに立っていた。

「あら、この子」

「ついてくるの。ほかの二羽は来ない。この子だけ、どこでも来る」

 鶏はわたしの前に出て、いちばんに木の下まで行って、落ちている実をつついた。

「先に食べてる」

「あの子、いつも先なの」

 おばさんたちが笑った。鶏は顔を上げて、みんなのほうを見て、それからまたつついた。

 わたしは木に登って、上の枝のを採った。上のは手が届かないから、おばさんたちは下のを採る。そうすると早い。

「そっち、あるかい」

「あるよ。いっぱいある」

 落とすと下で受けてくれる。受けそこねたのは鶏が行く。鶏が行くと、おばさんが追う。追われても、鶏は取らせない。

 あっちの木は、あと何日かかかる。さわって、ちょっとやわらかくなったころがいい。それも教えた。

 籠が三つ、いっぱいになった。

 帰りは重いから、みんな喋らなくなった。わたしは喋っていた。


 うちに帰ったら、おかあさんが来ていた。

 あずかっているぶんの布をめくって、ひとつずつ見ている。指でちょっと押して、顔を近づけて、それから紙に書く。

「それ、石段の下のうちの」

 おかあさんはうなずいて、また書いた。

「こっちは、きのうの朝にやったやつ。そっちは、今日の朝」

 うなずいて、また書く。

 なにか訊かれるかと思ったけど、訊かれなかった。

 おかあさんは、うちのだけじゃない。よその家のも見にいく。

 石段の下の家にも、井戸の東の家にも行って、鉢のふたをあけさせてもらって、中を見て、書いている。よその人も、いいですよ、と言ってあけてくれる。よそのたべものまで見るんだ、と思った。

「それも書くの?」

 おかあさんは、書いた。

 おなじ鉢を、一日に二回見にいくこともある。朝に見て、夕方にもういっぺん。

 だから、わたしは言うようにしている。どれを、いつやったか。

 言うと、おかあさんは書く。書くのが長いときと、短いときがある。今日は短かった。


 おとうさんは、このごろ屋根ばかり見ている。

 村じゅうの屋根を、下から見て歩く。見て、いちど戻って、また見にいく。

 まえのおとうさんは、まず、とか、つぎに、とか言っていた。まず、これをやります。つぎに、こう。

 いまは、さきに人に訊く。

「ここは、どうするのがいいですか」

「いつまでに要りますか」

 訊いてから、やる。

 どっちでもいいと思う。おとうさんは、どっちでもちゃんとやるから。

 わたしは水を運ぶ係だ。桶に出して、持っていく。

「そんなに入れると重い。半分でいい」

「半分だと、二回になるよ」

「二回でいい」

 おとうさんは、それだけ言って、また屋根を見た。

 わたしは半分にして、二回運んだ。二回でもいいと思う。

 二回目に行ったら、桶は、わたしが置いたところに無かった。道の近くまで動かしてあって、そこからだと、坂を上がらずに持てた。

 種麦の置き場にも行った。抜けていた垂木は、おとうさんが替えた。新しい木のところだけ、色がちがう。

 中には、袋が増えていた。春に蒔く種のほかに、冬のあいだのぶんも置きはじめたらしい。壁がないから、外から数えられる。

「いくつまで積むの?」

「屋根につかえる手前までだ」

 おとうさんは上を見て、指で高さのところを示した。そこまでは、ずいぶんある。


 夕方、うちに帰った。

「ただいま」

 だれもいないけど、言う。

 水瓶に手のひらを向けた。ぼこぼこ、と鳴って、その音がだんだん重くなって、縁の指二本下まで来た。手を下ろす。竈に火を入れる。ぱちぱち鳴りだすまでのあいだが、いちばんいい。

 それから、棚を見た。うちの棚は、板を一枚わたしただけのやつだ。いちばん奥に、サナのぶんがある。一分けだけよけて、布をかけてある。ずっとそこに置く。うごかさない。

 そのとなりに、いまは、あずかりものが四つ並んでいる。石段の下のうちのが、ひとつ。井戸の東のが、ふたつ。あとのひとつは、朝に持ってきた人が取りに来なかったぶんだ。忘れたのかもしれない。忘れても、悪くならない。

「サナ、ふえたよ」

 いないけど、言っておく。帰ってきたときには、もっと増えているかもしれない。

 あしたは、取りに来る日だ。それから、林のふちへもういっぺん行く約束もしてある。あっちの木が、そろそろやわらかくなるころだ。

 棚のはしっこは、まだ空いている。

 あしたも、だれかに頼まれるといい。


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