わたしの仕事が、村のぶんまで増えた
「つむぎちゃん。これ、お願いできるかい」
戸をあけたら、おばさんが立っていた。両手で鉢を持っている。布がかぶせてあって、湯気は出ていない。もう冷めているやつだ。
「いいよ」
「無理なら、いいんだよ。ほかの日でも」
「いまでいいよ」
わたしは家の前の平べったい石の上に鉢を置いてもらって、しゃがんで手をかざした。
音はしない。光も出ない。手を下ろしたら、それでおしまいだ。
「もういいよ」
「はやいねえ」
「これは、はやいの」
おばさんは鉢を持ち上げて、それから持ち上げたまま少し考えて、また置いた。
「……もうひとつ、いいかい。うちの人のぶんも、置いてきてるんだ」
「いいよ。取ってきて」
その朝は、四人来た。
鉢の人と、布に包んだのの人と、桶ごと持ってきた人と、あとから戻ってきたおばさん。
みんな、はじめに「いいかい」と訊く。それから、おわると「助かるよ」と言う。取りに来られない人のは、うちであずかる。夕方に取りに来る。
「今年は、乾くのが遅いねえ」
井戸端で、そう言っていた。
「そのうち、出しても乾かない日が来るよ」
このごろ、朝の水がつめたい。干したものも、まえは一日で乾いたのに、いまは夕方までかかる。
だから、みんな急いでいる。とっておくものが多い。
おうちがふたつで、村がひとつ。役に立てるところが、また増えた。
わたしは、いそがしい。いそがしいのは、きらいじゃない。
「つむぎちゃん、あれ、まだあるかい」
「あるよ。落ちてないよ」
「どこだったかねえ」
「わかんないの?」
わたしは、びっくりした。
毎年おなじところに生るのに、おばさんたちは毎年わからなくなるらしい。
「じゃあ、行こう」
籠を持ったおばさんが三人ついてきた。林のふちまでは、坂を下りて、畑のあいだを通って、それからちょっと登る。
「石のうしろの木。あれは、上のほうから先に赤くなる。下のは、まだかたい」
「そっちのじゃなくて、二本さきの。あれは渋いよ。そのまま食べたら口がしぼむ。煮ればあまい」
「あら、去年のは渋くなかったよ」
「去年のは、こっちの木」
おばさんが二人で顔を見合わせた。
「赤いのでも、たべられるのと、だめなのがある」
わたしは低いところの枝を引いて、見せた。
「だめなほうは、つやつやしてて、へたのところが黒い。これはちがう。これはたべられるやつ」
「よく知ってるねえ」
「知ってるよ。ぜんぶ知ってる」
うしろで、こつ、と音がした。
いちばん小さい鶏が、わたしの足のところに立っていた。
「あら、この子」
「ついてくるの。ほかの二羽は来ない。この子だけ、どこでも来る」
鶏はわたしの前に出て、いちばんに木の下まで行って、落ちている実をつついた。
「先に食べてる」
「あの子、いつも先なの」
おばさんたちが笑った。鶏は顔を上げて、みんなのほうを見て、それからまたつついた。
わたしは木に登って、上の枝のを採った。上のは手が届かないから、おばさんたちは下のを採る。そうすると早い。
「そっち、あるかい」
「あるよ。いっぱいある」
落とすと下で受けてくれる。受けそこねたのは鶏が行く。鶏が行くと、おばさんが追う。追われても、鶏は取らせない。
あっちの木は、あと何日かかかる。さわって、ちょっとやわらかくなったころがいい。それも教えた。
籠が三つ、いっぱいになった。
帰りは重いから、みんな喋らなくなった。わたしは喋っていた。
うちに帰ったら、おかあさんが来ていた。
あずかっているぶんの布をめくって、ひとつずつ見ている。指でちょっと押して、顔を近づけて、それから紙に書く。
「それ、石段の下のうちの」
おかあさんはうなずいて、また書いた。
「こっちは、きのうの朝にやったやつ。そっちは、今日の朝」
うなずいて、また書く。
なにか訊かれるかと思ったけど、訊かれなかった。
おかあさんは、うちのだけじゃない。よその家のも見にいく。
石段の下の家にも、井戸の東の家にも行って、鉢のふたをあけさせてもらって、中を見て、書いている。よその人も、いいですよ、と言ってあけてくれる。よそのたべものまで見るんだ、と思った。
「それも書くの?」
おかあさんは、書いた。
おなじ鉢を、一日に二回見にいくこともある。朝に見て、夕方にもういっぺん。
だから、わたしは言うようにしている。どれを、いつやったか。
言うと、おかあさんは書く。書くのが長いときと、短いときがある。今日は短かった。
おとうさんは、このごろ屋根ばかり見ている。
村じゅうの屋根を、下から見て歩く。見て、いちど戻って、また見にいく。
まえのおとうさんは、まず、とか、つぎに、とか言っていた。まず、これをやります。つぎに、こう。
いまは、さきに人に訊く。
「ここは、どうするのがいいですか」
「いつまでに要りますか」
訊いてから、やる。
どっちでもいいと思う。おとうさんは、どっちでもちゃんとやるから。
わたしは水を運ぶ係だ。桶に出して、持っていく。
「そんなに入れると重い。半分でいい」
「半分だと、二回になるよ」
「二回でいい」
おとうさんは、それだけ言って、また屋根を見た。
わたしは半分にして、二回運んだ。二回でもいいと思う。
二回目に行ったら、桶は、わたしが置いたところに無かった。道の近くまで動かしてあって、そこからだと、坂を上がらずに持てた。
種麦の置き場にも行った。抜けていた垂木は、おとうさんが替えた。新しい木のところだけ、色がちがう。
中には、袋が増えていた。春に蒔く種のほかに、冬のあいだのぶんも置きはじめたらしい。壁がないから、外から数えられる。
「いくつまで積むの?」
「屋根につかえる手前までだ」
おとうさんは上を見て、指で高さのところを示した。そこまでは、ずいぶんある。
夕方、うちに帰った。
「ただいま」
だれもいないけど、言う。
水瓶に手のひらを向けた。ぼこぼこ、と鳴って、その音がだんだん重くなって、縁の指二本下まで来た。手を下ろす。竈に火を入れる。ぱちぱち鳴りだすまでのあいだが、いちばんいい。
それから、棚を見た。うちの棚は、板を一枚わたしただけのやつだ。いちばん奥に、サナのぶんがある。一分けだけよけて、布をかけてある。ずっとそこに置く。うごかさない。
そのとなりに、いまは、あずかりものが四つ並んでいる。石段の下のうちのが、ひとつ。井戸の東のが、ふたつ。あとのひとつは、朝に持ってきた人が取りに来なかったぶんだ。忘れたのかもしれない。忘れても、悪くならない。
「サナ、ふえたよ」
いないけど、言っておく。帰ってきたときには、もっと増えているかもしれない。
あしたは、取りに来る日だ。それから、林のふちへもういっぺん行く約束もしてある。あっちの木が、そろそろやわらかくなるころだ。
棚のはしっこは、まだ空いている。
あしたも、だれかに頼まれるといい。




