第十一話 脅威、死鳥の邪眼
椿は鯉口を切って物陰から飛び出し、10メートル前方の陰摩羅鬼に向かって駆け出した。
「侵入者だ!」
「組長に近づけるな!」
敵襲に気づいた幹部たちは叫びながら抜刀し、椿を大勢で取り囲んだ。
「その下郎は貴様らに任せる」
猛禽四人組はそう言うと陰摩羅鬼を守りながら倉庫内の右側の昇降台へ誘導していった。
「邪魔だ!」
椿は襲い来る幹部たちを次々に斬り伏せていった。
五人、十人、二十人と屍が増えていく。
草薙の刃風が敵の体を両断。
血しぶきが噴き出してどす黒い血の海を作り、噎せ返るほどの血の臭いが倉庫内に充満していた。
鮮血と抜け落ちた羽が散乱するこの空間で斬り合いは続いた。
血刀を振り下ろし、返り血を浴び、鬼の形相で敵を斬殺していく椿の姿は鬼神の如きであった。
幹部たちの中には椿と火花を鍔迫り合いする猛者もいたが結局、超常的な神技によって打ち倒された。
椿はすでに五十人ほどの敵幹部を殺害しているがほとんど消耗していない。
風華一閃流の草薙という技は殲滅力が高く、数十人程度なら数度繰り出すだけで容易に全滅させることは可能だ。
椿が昇降台のところに駆け込むとすでに陰摩羅鬼の姿はなく、代わりに猛禽四人組が待ち構えていた。
「単身であれほどの数を倒すとは見事だな」
「だが、我々は簡単にはやられんぞ」
「我ら鷹将四人衆の敵ではない」
「覚悟いたせ!」
四人はそう言うと手にしていた錫杖を槍のように構えた。錫杖の先端には二又の鋭い穂先が光っていた。
これは錫杖に偽装した仕込み錫杖という武器である。
彼らは両翼を羽ばたかせて空中に飛翔し、地上に立っている椿の上空をぐるぐる回り始めた。
────ん?あいつらは何をする気だ?
見たこともない技だけに椿は強く警戒した。
四人がかりである以上、連携技だというのは間違いないだろう。これまでの数だけを頼りにした無鉄砲な攻め方ではなさそうだ。
────ピーヒャー!
鷹将四人衆は鷹の鳴き声を上げ、一斉に急降下して次々に椿に襲いかかった。
椿は上空から襲ってきた一人目の突きを躱し、二人の攻撃を太刀で受け止める。
さらに三人目の攻撃は鞘を取り出して受けたが、死角から四人目の猛攻が迫ってきた。
ほぼ本能的な直感で回避したが、肩に掠り傷を負ってしまった。
四人衆は上空に舞い戻り、陣形を整えた。
────ほう。三人で死角を作り、四人目がその死角から襲撃する技か。だが、一人でも欠けりゃあ成立しねえぜ!
椿は不敵に嗤うと懐に片手を忍ばせ、敵の襲来を待ち構える。
しばらくして再び四人衆が急降下攻撃を仕掛けてきた。
椿は彼らと肉薄する寸前、ツクヨミから奪ったクナイを二本同時に投げた。
クナイは標的である先鋒の二人の眼に突き刺さる。彼らは墜落し、頭が地面に衝突して死亡。
椿は残り二人に草薙を放った。風の刃が遠心状に駆け抜ける。
その刹那。椿に迫ってきた彼らの体は両断され、血しぶきと臓物をぶちまけながら地面に落下した。
椿は太刀を鞘に納めた後、彼らの亡骸に合掌して念仏を唱える。
「なかなか見事な技だったぜ。来世は悪党に味方するんじゃねえぞ」
椿は昇降台を使って地下に降りた。
地下にはさらに広大な空間が広がっていた。そこにも多くの荷物が保管されており、空間の中央には巨大な鋼鉄の昇降台が配備されていた。
昇降台は天井の滑車装置から伸びている無数の鎖と太い主鎖によって吊るされている。
昇降台の上では陰摩羅鬼が佇んでいた。
陰摩羅鬼は上階から追ってきた椿に笑いながら話しかけた。
「よもや単身であれほどの数を打ち破るとは見事じゃのう。どうじゃ?まろの用心棒にならんか?」
「冗談じゃねえ。俺はアンタを殺しに来た!」
椿はうんざりしたようにため息をついた。
「それは残念じゃ。ならば汝に死を与えてやろう」
陰摩羅鬼はそう言うと懐から鉄扇を取り出して広げる。その鋼の扇には無数の目玉が付いていた。
「邪眼千里!」
陰摩羅鬼の声に呼応するように夥しい数の目玉が紫色に光り、椿がいる方向に飛んでいった。
邪眼の群れは陰摩羅鬼の周りを守るように取り囲んだ。
「なっ、なんだ!?この気色が悪い目玉は?」
椿は得体の知れない不気味さに背筋が寒くなった。
「ほほほ。その邪眼たちが汝の命を奪うのじゃ」
陰摩羅鬼は漆黒の翼を羽ばたかせて空中に舞い上がり、地上の椿を見下ろしながら甲高い声で嘲笑した。
「バカにしやがってええ!」
椿は激昂すると地面を蹴り上げて空中に舞った。さらに風で足場を作って高く飛び、抜刀して陰摩羅鬼に斬りかかろうとした────が、それは叶わなかった。
椿が陰摩羅鬼に接近しようとした瞬間、無数の邪眼から一斉に青白い妖力光線が照射された。幸いにも邪眼の全照準が一点だったために彼女は愛刀で防御できた。
しかし、凝縮された妖力光線の力は凄まじく、その衝撃が椿の体を積み荷の山に叩き落とす。
椿は床に散乱した積み荷の木箱の海から起き上がり、太刀を薙ぎ払って竜巻を発生させた。空中を浮遊する邪眼の群れを巻き込もうと考えての行動だった。
だが、陰摩羅鬼は鉄扇を扇いで疾風を巻き起こし、竜巻にぶつけて相殺してしまった。
邪眼の群れは椿に照準を合わせる。
今度は追尾型の妖力光線を照射し、逃げ回る彼女をどこまでも追い続ける。
そうかと思えば軌道が不規則な変則掃射や一斉掃射を繰り返した。椿は風によって無数の木箱を巻き上げることで攻撃を回避したが、徐々に体力が消耗し始めていた。そろそろ打開策を見いだせねば勝機はない。
椿は邪眼の射撃から逃げ回りつつ、観察を続けながらあることに気付いた。
邪眼のわずかな挙動に気付いたのは、偶然にも射撃によって木箱が破裂した時だった。その破片が空中から様子を窺っていた陰摩羅鬼の視界を遮った瞬間、一時的に邪眼たちの動きが停止したのだ。
このわずかな特性に気付いた椿は邪眼と陰摩羅鬼の視線が関係していることを確信した。
つまり、邪眼どもは意思を持って射撃しているわけではなく、陰摩羅鬼の視界に入った標的のみを攻撃してくる。逆に陰摩羅鬼の視界が遮られている間は何もしてこない。
────そうと分かれば造作もねえぜ!
椿は風を発生させて近くに置いてあった小麦粉の袋を空中に巻き上げ、それをつむじ風によって陰摩羅鬼めがけて叩きつける。粉塵が彼の眼に入り、邪眼の動きが停止。
その刹那、粉塵爆発が起こった。爆発の衝撃で陰摩羅鬼と邪眼の群れは吹き飛ばされ、後方の壁面に衝突して地面に落下した。
椿はその隙を見逃さない。一気に距離を詰めて陰摩羅鬼に斬りかかった。
キーン!
太刀の刃と鉄扇の仕込み刃がぶつかって火花が散る。
両者は斬り結びながら動き回り、気が付けば巨大昇降台の中央に来ていた。
椿はすでに相手の動きを見切り、天魔鉄爪斬を起動させた。
──風華一閃流奥義。天魔鉄爪斬。
暴風レベルの風の力を刀に宿し、刀身に高周波振動を引き起こすことによって切断力を高める技である。高速の振動を得ることにより、その刃は鋼鉄すら豆腐のように引き裂く。
椿は一気に相手の間合いに入り、肉薄した瞬間に風を唸らせながら太刀を振り下ろし、鉄扇ごと陰摩羅鬼を斬りつける。
鉄扇は真っ二つに裂けた。
陰摩羅鬼の右手首が斬り落とされて切断面から鮮血が噴き上げた。
着物の胸のあたりが裂かれており、縦に走った深い太刀傷から赤黒い血が地面に流れて血だまりを作っていた。
「……ぬぬ。不覚を取るとは口惜しいのう。じゃが、まろは商人……ただでは終わらぬ」
陰摩羅鬼は意味ありげに笑うと裂けた鉄扇を持ったまま、傷口からあふれ出る血をまき散らしながら後方へと飛び退り、昇降台から離れた。
「汝を道ずれにしてくれよう!」
陰摩羅鬼は死相が浮かんだ顔に笑みを浮かべ、天井から巨大な昇降台を支えている主鎖に向かって鉄扇を投げつけた。
鉄鎖が悲鳴のような音を上げて千切れる。
それを見届けた陰摩羅鬼は満足そうな顔で息絶えた。
主鎖を失ったことでバランスが崩れて周囲の細い鎖がぶつんぶつんと鈍い音を立てながら寸断されていった。
やがて、滑車装置から切り離された昇降台が落下した。
「なっ……!」
椿はその叫びを残し、昇降台と一緒に奈落の闇底へ吸い込まれていった。




