表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫の滴り  作者: Jiru-man


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

正志叔父さん

挿絵(By みてみん)





ゴソゴソという音で目が覚めた。

私……どうして!?


頭がクラクラするし、後頭部に鈍い痛みが走る。

そうなんだ、転んだのよね。


手を後頭部へ持っていこうとしたが、後ろで縛られているようだ。

そして、口は猿ぐつわで塞がれている。


横向きに寝かされ、身動きもなかなか取れない。

どうやら例の襖の部屋の中にいるのは変わらない。


手の戒めを外そうとモゾモゾするが、固く結ばれいて外れそうにない。

ゴソゴソという音に顔を向けると、美江が何かしているようだった。


「んんんーん!」


お母さんと言いたいが、うまく話すことができない。


美江は床に空いた穴を塞いだようで、その上から畳をズリズリと滑らせて置いている。


詩織の声も届かないようで、畳をしっかりとはめ込むと、虚ろな無表情な顔で出口から出て行ってしまう。


「はあ、詩織ちゃんね。ほんと余計なことばしてくれてからさ」


詩織の背後から正志の声が聞こえる。

苦労して寝返りの要領で、体ごと後ろに向ける。


薄暗い灯りに照らされた叔父が、美江と同じ無表情で虚ろな目をして詩織を見下ろしている。


挿絵(By みてみん)


昔の暖かな印象はなく、冷酷な視線が痛いくらいだった。


「ダメたいね。他所の人に、ここのこと言うたらさ…」

「んんんーんん」


正志は詩織のスマホを持っており、中身を見ていた。

私のスマホ、そう言いたかったがどうすることもできない。


「全くさ、よりによって、誰に言うたかと思えば、神社の息子って!!」


はあ、とため息をつく正志。

だが相変わらず無表情だったのが逆に不気味である。


「やけん、あそこの神主がなぁ…くそが…」


正志はブツブツと言っているが、その後は聞き取れなかった。


「まあよかたい、ここまで話しば聞いたなら、叔父さんからも色々教えてやらんばやろうね。スマホは返してやるけん、安心せんね」


そう言って、詩織のズボンのポケットにスマホをねじ込む。


「ああ、そうか。詩織ちゃん、ごめんねぇぇぇぇぇ。スマホ返すけど、もうたぶん使われんばい」


クスクスと笑う正志。

だが、やっぱり無表情のまま笑っていた。


(叔父さん、こんな人だったかしら?)


詩織の全身には鳥肌が立ち、叔父の異様な不気味さに言葉を失っている。


「あ、そうそう。色々教えてやらんとやった」


そういって次のようなことを語りだす。


浜崎家の前の持ち主で、猫を使った異様な儀式めいたことをやっていたのは、実は正志の祖母だったという。


戦時中であり、男手も取られてしまい、毎日の食べ物にも困る毎日だった。


祖母は幼い子供を背負い、畑に出たり、夜遅くまで着物を仕立てたり、働き通しだったようだ。


そんなある日、家に入りこんできた猫がおり、大切な魚を狙っていたようだった。


それを見つけた祖母は、猫を捕まえてしまう。


それからというもの


── ビギャァァァァ


家のとある部屋から、猫の尋常ではない鳴き声が響いた。


そんな日には決まって、


『今日は肉ば買うてきたけん、腹いっぱい食べて良か』


そう言って肉が出たというのだった。

何の肉かわからないが、喜んで食べる子供たち。


それから、周囲の人達も巻き込んで、辺りの猫を捕まえていた。


そのうちに、罪悪感からなのかわからないが、儀式的な意味を話すようになったとのこと。


『良かか? 猫はな、九つの命ば持っとる。やけん、この命ばありがたく頂戴してからな、代々伝えていくったい』


そのような怪しいことを言い出したようだった。


それから終戦となり、長崎の街は原子爆弾の被害もあり、大混乱に陥った。


人々は仕事どころではなくなり、県外や長崎市内から外れた田舎へ離散していった。


正志の祖母も例外でなく、被害こそなかったものの、積み重なる借金も返せずいた。


終戦のゴタゴタもあり、すぐに返済するよう求められるが、返す当てもなかったので、家を借金の肩代わりで取られてしまう。


過労や家を失ったショックもあり、祖母は間もなく息を引き取る。

そこで子供たちは、親戚を頼って各地へ散っていった。


その子供たちの中には、正志の母もいた。


正志の母は、熱心に祖母の儀式めいた内容を盗み見ており、子供のころから洗脳のように魅入られていたようだった。


親戚を頼って大きくなっていったが、あの家で過ごした日々がいつも脳裏にあったようだ。


祖母が出してくれた謎の肉。


いや、その正体はちゃんと知っている。

私は九つの命を継承しているのだ、そう思っていたようだ。


ここまで話すと、正志がニタァっと笑う。

もちろん笑うのは口だけで、目は虚ろで笑っていない。


「もうわかるやろ? 詩織ちゃんもおるこの部屋。ねぇ、昔からずぅぅぅぅぅぅっと、ここでさ」


そこまで言うと言葉を止める正志。


── プギャアァァァァァァ


いきなり正志がそのように呻く。

あまりの不気味さに、詩織はビクッとなって、冷や汗が背中を伝う。


そして、自分の首に親指を立て、真一文字に横へ動かす動きを見せる。


「そういうことたいね、うん、ここで猫たちと、楽しゅゅゅゅう、遊んでからな」


(やだやだ、叔父さんって、おかしくなってる)


「おいの母ちゃんはさ、ずぅぅぅぅぅぅっと、猫とどぎゃんして遊ぶか、色々遊び方ば教えてくれたったい」


正志が舌を出して、唇をペロリと舐める。

口角が上がっていて、目は無表情なまま、嫌な笑みを浮かべている。


「おいが中学生んときかなぁ。母ちゃんは海に入って行ってさ、そのまま帰ってこんやった。そのまま父ちゃんに育てられたとけど」


そこまで話すと、今度は正志が屈みこんで詩織の頭を撫でてくる。


「じゃあ、次はさ、詩織ちゃんの母ちゃんの話ばしようか?」


詩織はもう半ば諦めかけていた。

身動きも取れない、この状況では美江も当てにならないからだ。


そんな詩織の状況を見て理解したのか、ちょっと考え込む正志。


「まあでも、もう少しで終わるけん。まあ聞かんね」


正志は物心つく頃から、ずっと祖母の話や猫の話を散々聞かされて育ったようだった。


そのため、母が亡くなった頃には、祖母の家のこと、猫のこと、それが頭から離れないほど執着したようだった。


高校を卒業すると、長崎市内の小さな会社に就職した。

そして、山歩きと称しては、浜崎家の周辺を頻繁に訪れたらしい。


そこで美江と出会う。


これは偶然ではなく、浜崎家の家族構成や誰が何をしているかなど、事細かに調べ上げていたと、嬉しそうに話す正志。


「詩織ちゃんの母ちゃん、美江さんはさ、猫嫌いやったろ?」


そこで正志がニタァと、また口元だけの嫌な笑みを浮かべる。

正志のやり方は巧妙だった。


最初は偶然を装って近づいて、二言三言話して帰っていく。


それから数日後、また偶然を装って話をして、あまり深い入りしない前に帰る。


この辺の山が好きだと、適当なことを話していた。

そんな偶然が続いたこともあり、美江とはかなり打ち解けていた。


そんなある日、一緒に山登りをしようと誘った正志が、竹藪で猫を見つける。


美江は猫嫌いなので、どこかへ追っ払ってと正志にお願いする。

最初はその言葉に従う正志だったが、また別の日にも猫を見つける。


これは正志があらかじめ餌付けしており、猫が正志に懐いていたのだった。


それから少しずつ美江に対し”猫と楽しく遊ぶ”ことを教える。

最初は、軽いものだったが、やがて内容はエスカレートしていく。


「グフフフフ、ねぇ、詩織ちゃん。美江さんもな、大喜びで猫と遊んでからさ、猫たちもほんと、ヨロヨロになるまで遊んで、嬉しかけん大声で鳴きよったとさ」


(こんな話、聞きたくない……)


詩織の目から涙が伝う。


「あららら、楽しく猫と遊ぶって話たい。どげんした? 泣くことあるぅぅぅぅ?」


そう言いながら、詩織の目の前まで正志が顔を近づけてくる。

虚ろな目と、生臭い口臭がとても不快だ。


「で、次は智子たいね」


そしてまた、正志が得意げに話し出す。

智子とは叔母のことだ。


美江と仲良くなった事で、智子との繋がりもできる。

三人で遊ぶようになり、急速に親密なったようだ。


今でこそ正志は頭が薄くなり、腹もでっぷりと出ているが、詩織が小さい頃は密かに憧れていたのだ。


綺麗な叔母さんと、お似合いのイケオジだと。


当時は奥手な智子は友達も少なく、恋愛とは無縁だった。

正志と出会ってから、舞い上がってしまったようだ。


挿絵(By みてみん)


そして恋人同士となり、やがて結婚した。


浜崎家の実家に入って、そこから真の目的のため正志が動き出したようだ。


「智子はさ、純粋やったとさ。動物、特に猫も大好きやったもんね。やけん、本当にすこぉぉぉしずつ、本当の遊び方ば教えてさ」


正志の顔は赤身を帯びて、興奮しているようだ。


「智子のさ、本当の遊びを知って行く過程がさ、もう本当に……あぁ、たまらん」


そう言って前屈みになる正志の口からは、つうっと涎が滴る。


(もうやめて、聞きたく無い…)


詩織の目からは、止めどなく涙が溢れる。


「詩織ちゃん、ごめんたい。叔父さんちょっと興奮し過ぎてさ、まあ、そういう事でさ…」


それからは智子の壊れっぷりは加速したようだ。


『ふふふ、そうねぇ、猫には九つの命があるけん、私がたくさん命をもろうて、次に伝えんとやろ』


身体の弱かった智子は、そう言うのが口癖になったようだ。


だが、やがて智子のガンが見つかり、亡くなるに至る。


「ふう、やけんさ、本当はさ智子と同じに、詩織ちゃんも猫好きやろ? やけん、楽しく遊んで欲しかったとけどねぇぇぇぇ」


残念というように、ぶるぶると首を振る正志。


()()()()()()()()()()()()()()()


いきなり激昂する正志に、ビクッとなる詩織。


「あん神主は、少し前からうちの周りば嗅ぎつけよったたい、神主のオヤジも、ばあちゃんの邪魔ばしたって聞いたさ」


唾を飛ばして捲し立てる正志。


(叔父さん…完全におかしいよ…)


黙って聞くしか無い詩織には、恨めしく睨むしかできない。


「仕方んなかね、残念やけどここも無理かなぁ」


やれやれと首を振ると、キッと詩織を睨む正志。


「あぁあああ、詩織ちゃんが悪かったとさ、諦めてな。うんうんうん、綺麗にせんとな」


そこでいったん目を閉じて沈黙する。


そして、ぱっと目を開くと、虚な目と狂気に満ちた口元で笑った。


「もちろん、綺麗にするのは詩織ちゃんもやけどな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ