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猫の滴り  作者: Jiru-man


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3/6

来ないで!?

挿絵(By みてみん)





詩織は走っていた。


辺りには竹の枯れ葉が積もっており、時折足を取られてしまい、すでに何度か転んでしまった。


挿絵(By みてみん)


何かが来ているのだった。


必死で逃げる詩織は、後ろばかり振り返ってしまう。


── ドサッ


後ろで音がした。

走りながら振り返る。


── ザッザッザッザッ


振り返っても何も見えず、自身の足音しか聞こえない。

ドクドクと心臓の鼓動も大きくなり、耳についた。


── ダンッ


後ろしか見てなかったため、詩織は何かに突っ込んでいた。

服の手触り、それから柔らかい肉の感触。


手で探ると、一部濡れているようだ。

恐る恐る振り返る。


白いワンピースの後ろ姿と、艶のある頸が目に付く。


── 叔母さん!?


叔母がゆっくりと振り返る。


『こら、詩織ちゃん…』


── ガバッと詩織が起き上がる


竹藪ではなかった。

実家の部屋のベッドで半身を起こしていた。


だが、心臓の鼓動は収まらず、ドクドクと耳に響いている。


私…どうしたんだろう…


考えがまとまらない詩織。


── そうだ! 同窓会終わって、送ってもらったんだ


そこまで思い出すと、ガタガタ震えてきた。


最後に覚えているのは、血のついた白いワンピース。

そして、叔母さんの後ろ姿だった。


外で気を失ったのか?

それともどうにかして部屋に戻ってきたのか?


全く覚えていなかった。

スマホを手に取ると、午前三時を回っていた。


さらに、チャットの通知が八件あった。

チャットを開くと、平からだった。


自宅に着いた、と言う内容から、もう寝てしまったのか?と言う内容まで。


少しだけ文面が違うが、同じ内容のものが来ている。

既読にならないのが心配だったらしい。


── 平くん…


クスリと笑いが出た。

そのおかげで、少しだけ現実に引き戻されたが、漠然とした恐怖は去らなかった。


完全に目も覚めたし、何より喉の渇きとトイレに行きたくなっていた。


トイレに行きたいが暗い廊下に出たくなくて、ノロノロと起き上がる。


「お花摘んできましたっ」


用を足した詩織は、おどけてみたが辺りの暗さに、逆に恐怖が濃くなってしまった。


台所の冷蔵庫を開け、炭酸飲料をコップに注いだ。

少し気の抜けかけた炭酸を、ゴクゴク飲み干す。


── コツコツコツコツ


台所の隣の居間から、大きな古めかしい掛け時計の秒針の音がやけに大きく響く。


詩織はコップ軽く洗って置くと、部屋へと急ぎ戻る。

だが、途中にある例の部屋。


夢に出てきた部屋で、開いた襖の奥に蝋燭を灯した叔母さんが何かしていた部屋。


どうしてもその襖へ視線が釘付けになってしまう。


途中まで手が伸びたが、今日の恐怖では耐えられないと思い手を引っ込める。


思い直して部屋と戻りかけたその時だった。


── ズズズッ


後ろで襖の開く音が聞こえる。

微かに何かの囁きも聞こえる。


── フ…


全く何かわからない。

詩織の足は恐怖で(すく)み、金縛りのようになってしまう。


── ツッ、ザッ


なんだろう、畳を擦って歩くような音も聞こえる。


── フ…フフン…フ


囁きのようなものは、ハミングだった。

詩織の全身から汗が拭きだし、鳥肌が駆け巡る。


── ツッ、ザッ


開いた襖に向かい、何かが歩いている!

そんな想像が詩織の頭から離れない。


── ツッ、ザッ、ぺちゃ


もう振り返れば、何かいるんだわ、詩織はそう確信した。


だが、相変わらず体が言うことを聞かず、振り返りもできなければ、歩くこともできない。


── トン


詩織の肩に手が置かれる。

声すら出せない、足の先からブルブルと震えが起こる。


「詩織、なんしようとね?」


声は美江だった。

その声で金縛りが解けたかのように、振り返ることができた。


「お母さん、襖が…」


そういって詩織が襖を指差すが、襖はぴったりと閉じられている。


「なんね、襖って?」


美江は笑っているが、なんだろう、どこか面白がるような、バカにするような、嫌な笑みが浮かんでいる。


「え、でも音が…」


そういって詩織が襖に手を掛けようとすると、美江が遮ってくる。


「もう四時になるばい、もう寝んばやろ」


美江は詩織の肩を掴んで回れ右をさせる。


「それかお母さんが子守歌ば歌うね?」


── フ…フフン…フ


言いながらハミングを始める美江。


「も、もう良かって、寝るけん」


あまりの恐怖に、詩織は半ば叫んでいた。


もう、なんなの? このハミングって…

詩織は部屋へ向かって走り去った。


その後ろ姿を、無表情で見送りながら、ハミングを続ける美江の姿があった。


部屋に駆け込んだ詩織は鍵をかける。

眠くはないがベッドに横になり、薄い上掛けを頭から被る。


何かがおかしい。


自分の記憶もおかしく、叔母さんもおかしい、母もおかしい、正志おじさんもおかしい、なにがあったんだろう?


いくら考えても何もわからなかった。


そこまで考えると、いきなり飛び起きて、机の引き出しを開けた。


右側に三段の引き出しがあり、三段目の大きな引き出しを開ける。


確かここにアルバムがあったはずだ…


少し色褪せた表紙に、『MEMORY』の安っぽいフォントで書かれたアルバムが出てきた。


アルバムを持ち上げ、開こうとしたとき、パラリと一枚の写真が落ちる。


── !!


取り上げた写真をみて、ゾッとする。

そこには、白いワンピースを来た女性が座っている。


だが、顔や身体の部分が刃物で引っ掻いた感じで、ずたずたになっている。


挿絵(By みてみん)


叔母さんで間違いないように思うが…


その写真を引き出しに突っ込むと、アルバムをめくっていく。


アルバムには、小学生で真っ黒に日焼けした詩織、手持ち花火を楽しんでいる詩織、お餅を食べて笑っている詩織、など今の状況とはかけ離れた思い出が詰まっていた。


それ以外に特に何も発見できなかった。


── ニャーン


アルバムを戻した時だった、外から猫の泣き声が聞こえる。


窓のカーテンを少し開いてみると、白と黒のハチワレ猫が電灯に照らされて鳴いている。


その猫が詩織を見ていた。

少なくとも、詩織は目が合っているそう確信したのだった。


何故かと問われると説明はできないだろうが、昔少しだけ世話した猫と同じ柄。


同じ猫だということはあり得ない、それはわかっていた。


だけど、あの時の猫だって、訳もなく確信している。


その猫の後ろから、何かが歩いてくるのが見える。

一歩ずつ、かなりゆっくりとした動作だ。


電灯が暗く、広い範囲を照らしていないのではっきりしない。


その近づく影が、電灯の光の範囲に少しだけ入ってきた。

足にはサンダルが履かれ、とても色白の素足が見える。


少し上のほうに目をやると、白いスカートが見えた。

裾が汚れているように見える。


ゆっくりと屈みこむと、ハチワレ猫を抱き上げる。


愛おしそうに猫を撫でると、ゆっくりと詩織の家のほうに歩いてくる。


電灯ですべてが見えたとき、詩織は再び震えが止まらなくなる。


白いワンピースを来た叔母さん。

電灯が後頭部からあっていて、ちょうど陰で顔は見えない。


だけど、口元だけがわずかに見える。

詩織には微笑んでいるように見えた。


そして、ヨタヨタとこちらに向かい歩いてくる。


── やだ、なんでなの?


何かを呟いてるようにも見える。

ヨタヨタゆっくりと迫ってくる。


── 来ないで!?


詩織はベッドに倒れこみ、上掛けを頭から被った。


何か迫ってこないか、廊下から音がしないか?

それだけに神経を集中する。


音が聞こえないか?

誰か来ていないか?


それだけにずっと気を配っていたのだが…


── 気を失うように、詩織の頭がとダラリと落ちる


気が付くと、辺りはすっかり明るくなっていた。

いつの間にか寝てしまったようだった。


上掛けをどかして窓から外を見る。

もちろん何もいない。


少しだけほっとして、何気なく机の上を見たときに凍り付く。


机の上に白い毛が数本落ちている。


間違いなく、昨日アルバムを出したりしているので、机の上に何もないことはわかっていた。


しばらく目が離せなかったが、乱暴に毛を取ってゴミ箱へ入れた。


おかしくなりそうだ、そう思った詩織は平へチャットを送っていた。


スマホからすぐにチャットの通知が鳴る。


『大丈夫ね? おいも休みやけん、良かったら気分転換にドライブでもするね? 迎えに行くよ』


すぐに迎えにきて欲しい、詩織もすぐに返信していた。


またすぐに平から返信があり、今から行くとのこと。

二十分くらいで到着するらしい。


窓の外を確認する、ベッドに座る。

その動作を何回繰り返したのだろう?


窓の外に車の音が聞こえ、ゆっくりと白のバンが入ってくる。


平のバンで間違い無い、こちらを見上げる平が手を振っている。


詩織は足早に外へ向かった。


「浜崎、顔色悪かね、ほんと大丈夫?」

「うん、気にせんでよかけん、早う行こう」


急いで乗り込む詩織。


「あれ? 誰かおるね」


後ろを振り返る平。

竹藪の間から、猫を抱いている女性が見える。


ハッキリとは見えないが、白と黒のハチワレ猫と、白いワンピースが風に揺れている。


「平くん、もう出して!」

「お、おう」


詩織の剣幕に押され、平が車を出す。

未舗装の砂利の道路なので、若干の砂ぼこりが舞う。


詩織はバックミラーからも目を逸らした。


バンが離れていく。


── フ、フフン、フゥ


叔母のハミングがかすれつつ、囁くように響く。

そして、バンの後ろをいつまでも眺め、猫を撫でている。


ハチワレ猫は喉をゴロゴロ鳴らしていた。


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