かけっこ
遠く、上方から聞こえた銃声に町の人々は天を仰いだ。すると一体の魔獣が地に落ちていくのが見える。撃ち落とされたのだと理解するのは早かった。しかしあまりにも唐突で、しかも理由がわからない。そのため町中が混乱によって騒然となる。
「おい! あそこだ!」
声を上げた者がいた。一人の男が一点を指さしている。その方角へと一斉に顔を向ける町人たち。その先には町の中に降りてくる複数の人間の姿があった。加えて獣もいる。信じられない光景に呆然とする人間が多い中、降りてくる者たちが何者なのか気づいた者もいた。
「〝異端なる獣たち〟だ!!」
その通り名を知らぬ者などいない。故に町中に困惑、そして敵意が広がった。冒険者に伝えなければ。殺さなければ。この国の町人たちは皆、突如現れた無法者たちに身構えた。
そして敵意を向けられた無法者たちはというと。
「みんな殺気立ちましたねぇ」
「この町の人間はなかなか気骨があるようだな」
「がっはっはっ! 良いことだ!」
「それはともかく、ライト、さっきのなに?」
「え? なんか雰囲気的に良くないっスか?」
「相変わらずセンスがないわね」
「ひどいっス!! 兄貴! リアナの姐さんが虐めるっス!!」
「……それを狙って言ったんじゃないのか?」
「もっとひどいっス!!」
敵意なんざ知ったこっちゃねえと歯牙にもかけず町に闖入した。全員が着地すると一斉に駆け出す。ゴールは町の外。町のつくりなど知らないが、まぁ何れ着くだろう。そんな軽い気持ちでスタートされた。
六人と一匹は同じコースを走る。魔獣狩り競争なので違うコースは走らないのだ。虚偽申告防止である。ちなみに魔獣を避けては意味がないので速度調整として全員身体強化のみだ。解放者を含む冒険者も魔獣も嘗めきっての行動である。
本人たち的にはゆっくり走っていると、冒険者たちが障害物となって徒競走を盛り上げようと駆けつけてきてくれた。一般人という観客もいる。これはなかなかいい。面白い競技になりそうだ。
一行の気持ちが昂ってきた頃になって、漸く標的がやってきた。単種族の魔獣、複合種、走るもの、飛んでいるもの。あらゆる種類の魔獣が迫ってくる。全員の思いは合致した。狩り放題だ!
神器を顕現すると、全員が獲物を狙う獣のように目をギラつかせて攻撃態勢になった。さぁ来い!
魔獣たちが最初に辿り着いたのはリアナの元。リアナは好戦的な表情で舌を小さく出して艷やかな唇を濡らした。大鎌の刃が獰猛に光る。ぎりぎりまで魔獣を引き付け、大鎌を薙ぐ。血飛沫が舞った。
「三よ」
それはもちろん魔獣の数。今行われているのは魔獣狩り競争なので当然だ。
魔獣がリアナに辿り着いた時点で多くの個体はユリクスたちのすぐ近くまで集まってきている。そして数で押しつぶさんと隙間なく一斉に襲いかかってきた。魔獣たちは自分たちの標的である人間がそれを待っていたことには気づかない。
ユリクスたちと魔獣たちは衝突した。その瞬間、閃光が走った。そう錯覚するほどに数多の魔獣たちが一瞬で無惨な姿に一変した。視界いっぱいに広がった血飛沫と共に。
「同じく三です」
「六っス!」
「八だ」
「……十五」
「一! 二! 三!」
「リューズの旦那は叩き潰すことしかできないから一体ずつしか無理なんスよね……」
「薙ぎ払ったら町が壊れるもんね」
血のベールに包まれたように立っている連中は緊張感の欠片もない暢気な口調で話している。それは町の人間にとって異常でしかない。狂気すら感じる集団に周囲の観客たちは震え上がった。そんな人々に構うことなく再びユリクスたちは走り出す。どこにあるかもわからないゴールを目指して。
走っていれば自分たちを狙う新たな冒険者と魔獣がやってくる。そしてユリクスたちによって冒険者は殴り飛ばされ突き飛ばされ蹴り飛ばされ、魔獣は一掃される。その光景を見た人々は震え上がって足を止める。その繰り返しが行われた。
「八っス!」
「同じくです!」
「七ね!」
「ふんっ、十だ!」
「一!! 二!! 三!!」
「……二十五」
魔獣たちが来るごとに選手たちは盛り上がる。めっちゃ楽しい。段々と表情が生き生きとしていくのでそれを見た人々は戦々恐々と立ち尽くすことしかできない。しかしそんなことはお構いなし。自分たちが楽しければそれでいいのだ!
そうして、何度目かのポイント地点を通り過ぎると。
「あー! 兄貴こっち! こっち来て!!」
ライトがうるさい声で呼びながら爆速でとある店に向かっていった。ユリクスもそれに続く。やってきたのは食料を売っている屋台だ。するとライトがユリクスの魔導袋をガシッ! と掴んで食材をこれまた爆速で詰め込んでいった。そして金をを取り出してバンッ!! と屋台に置く。
「はい食材詰めたー! 代金置いたー! ミッションクリアっス!!」
「……そんなミッションがあったのか」
ミッションを終えたライトはユリクスを置き去りにして先を走る仲間たちの元へと走っていった。なんだかいいように使われたようなのでユリクスは若干イラッとした。強靭な脚力を遺憾なく発揮し、前を走るライトを大人気なく追い越して先に合流する。
「あー! 兄貴ひどいっス!」
「……自業自得だ」
幼い子どものようなやり取りである。それを見ていたティアはメラの上でお菓子を食べながらくすくすと可憐に笑っている。そして再びお菓子を一つ口に入れようとした時、冒険者を避けるためにメラが動きを変えた。
「あっ」
大きな揺れで抱えていたお菓子を袋ごと落とした。無惨にも地面にばらまかれ、遠ざかっていくお菓子。ティアの動きが止まり、徐々に表情が歪んでいった。今にも泣きそうである。
「……しぃ……」
「……大丈夫か?」
ユリクスがティアの様子に戸惑ったように声をかけるが、ティアはその問いに答えることなく叫んだ。
「悲しい!!」
叫びと同時に淡く白い光を放つティア。同時に六人とメラも光に包まれた。力がみなぎる。六人は唖然とした。
「こんな力の使い方はありなのか……?」
「てか今祈ったか?」
「……まぁ、なんでもありだろ。それからライト、また作れ」
「あ、はいっス」
「ティアのお兄ちゃんからの命令よ。反故にしたら怖いわよ?」
「わ、わかってるっス」
そんなこんなでバフをかけられた選手たちのパフォーマンスは上がる。最初にそれを発揮したのはユリクスであった。ユリクスは光の速さで屋台に向かった。何かを取って何かを置いた。そして戻ってきた。何事もなかったかのような速度であった。
「……ティア、今はこれで我慢しろ」
「……うん。兄さんありがとう」
ユリクスがティアに差し出したのは可愛らしいペロペロキャンディである。ティアに笑みが戻ってきた。
「すげぇ速さだったな」
「神子の力にこんな使い方が……」
「いやなんつぅ使い方よ」
「シスコンにも程があるだろう」
「まぁ兄貴っスから」
義妹のためには全力を尽くす義兄に呆れ果てる五人である。まぁいつものことか。
ティアが再びにこにこしながらキャンディを舐め始めると同時にポイントたちがやってきた。今までで一番数が多い。重量を感じてしまうほどだ。しかしこの連中は高得点が狙える! としか思っていない。双方が衝突した。
「十一です!!」
「十二よ!!」
「十六っス!!」
「二十一だ!!」
「一ッ!! 二ッ!! 三ッ!! 四ッ!! 五ッ!!」
「……三十五」
「え? そんないた?」
計百体いたようだがティアに数える術はないので、まぁいたのか、で済ました。そんなことよりキャンディ美味しい。
心から競技を楽しむ選手たちとお菓子を堪能しながら観戦するティア。こんな機会はなかなかないので面白いのだが、数百体相手にしていれば流石にそろそろ飽きてきた。それに膨大な魔力と体力を有しているとはいえ若干の疲れも感じ始めている。それも当然だ。町中を駆け回っているのだから。そもそも戦いながら町を突っ切ろうとしている時点で頭がおかしいのである。しかし常識の消え去った連中に気づけるわけもなく。
「うーん、どうしたらゴールに辿り着けるんスかねぇ」
「町の反対側を目指してはいますが、少しずれた場所にあったら辿り着けないですよね」
「とりあえず真っ直ぐ進んでいきましょ」
「……いや、曲がるぞ」
「え?」
確信めいた口調で言ったユリクスに視線が集まる。誰が見てもユリクスは迷いのない無表情をしていた。仲間たちはそれを信じることにした。辿り着いた分かれ道。そこをユリクスたちは曲がった。
「もしかして気配でわかってたりすんのか?」
「……いや、そうじゃない」
否定するユリクスに首を傾げる一同。どういうことかと聞こうとしたところでポイントたちがやってきた。疑問を解消するのは後にして臨戦態勢に入り、問題なく一掃した。再び走り出したところで。
「あ!」
ライトの声と同時に町の外にある森が見えた。ゴールだ。ラストスパートというように全員がスピードを上げる。そのまま町を出て森の中へ。追手が来ないよう暫く森を走り、ユリクスは足を止めた。追手の気配がないからだ。顔を見合わせる。
「楽しかったっスね」
「楽しかったわね」
「楽しかったです」
「楽しかったな!」
「悪くなかった」
「みんなお疲れさま」
とても満足そうにそれぞれが清々しい顔をした。
ふぅ、と一息ついていると。
「そういえば、どうして道がわかったの?」
ティアの問いに思い出した一同はユリクスへと視線を向ける。ユリクスはその視線を受け止めてから仲間たちから顔を逸らし、一点を向いた。
「……出てこい」
その一言の後、木の陰からひょっこりと人が顔を出した。正確な歳はわからないが、十歳よりも少し上くらいだと思われる少年だ。快活そうな印象がある。木の陰から出てこないが、興味津々というような表情でユリクスたちを見ている。
「兄貴、これってどういう……」
「……こいつがずっと屋根の上から道を示していた。敵意がなかったから従ってみた」
「全然気づかなかったんだけど……」
ユリクスとティア以外は訝しげに少年を見た。ユリクス程では当然ないが、それでも気配を感知する能力はそれなりにある。しかし全く気づけなかった。故に少し警戒してしまう。
「ん? おい待て、こいつは俺たちの速さについてこられたということか?」
「……そうだ」
これは余計に怪しい。しかも奇妙なことに、この少年から強さが感じられないのだ。強さを測ろうと注視してみても実力者には見えない。
「ユリィさん、彼は実力を完璧に隠せるということですか?」
「……そうじゃない」
「じゃあどういうことなんだ?」
ユリクスは顎に手を当てて少年をじっと見た。
「……珍しいな」
「珍しいって?」
「……身体強化に使われる魔力が足に集中していた。そして上半身にはほとんど魔力が巡っていなかった。ここまではっきり分けられることはなかなかない」
「そうなの?」
「……あぁ。本来ならやろうと思ってできるものじゃない。とはいえ、それが実力に繋がるかといえばそうでもないがな」
ユリクスの言葉に皆少年を興味深そうな表情でじっと見た。いくつもの視線に少年が更に木の陰に体を隠す。
「えっと……そんなに見られると怖いんだけど……」
「……お前が不思議だから仕方ない」
「不思議? 僕って不思議なの?」
「……あぁ」
少年は戸惑ったように首を傾げた。自覚はないらしい。
「……その身体強化のやり方は誰かから教わったのか?」
「え? うん。父さんと母さんから教わったんだよ」
「……気配の消し方は?」
「それも父さんと母さんから。ちゃんと消せてた?」
「……あぁ。よくできていた」
「やった!」
少年は心底嬉しそうに破顔した。警戒か、あるいは緊張がほぐれたのか木の陰から出てくる。
それにしても不思議な教えだ。普通ならそんな教え方はしないと思うのだが。
「道を教えてくれてありがとう」
「ううん。皆さんの役に立てたなら嬉しいよ」
「有り難いっスけど、ボクたちを助けてよかったんスか?」
「うん。助けたかった。だってやっと会えた神人族の人たちだもん」
「珍しいわね。その歳で神人族を信じてるなんて」
「だって父さんと母さんは信じてたから。それに……解放者なんて大っ嫌いだ」
明るかった少年の表情が翳った。強い怒りを感じさせるものだ。
「……何があった?」
触れづらい事にも関わらずそんなことは気にしない、というより気づかないで問うユリクス。しかし少年は気にした様子もなく両拳を握りしめて怒りを隠さぬ声音で答えた。
「父さんと母さんは……解放者に殺されたんだ」
「……」
「神人族の話は父さんと母さんから聞いてた。だから悪い人たちじゃなかったんだろうなとは思ってたんだけど……解放者を見てそれが本当なんだってよくわかったよ。解放者の方がおかしいんだって。普段の偉そうな態度だって嫌だし、なにより、神人族を信じてるからって理由で殺すなんて……! それも、あんなに楽しそうに……!!」
少年が俯いて涙を零す。悔しくて悔しくて、たまらない。そんな涙だ。少年にレージェが歩み寄った。涙を優しく拭う。
「私たちも、解放者によって大切な人を失いました。状況が違うのであなたの苦しみをちゃんと理解してあげることはできませんが、とてもつらかったことはわかります。本当に、つらかったですね」
「……うん」
レージェは少年の頬を撫でる。
「それでも、人を助ける優しさを忘れないでいたあなたはとても強いと思います。だから、どうか顔を上げてください」
少年はゆっくりと顔を上げた。レージェは少年の頭を撫でる。
「私たちを助けてくれて、ありがとうございました」
レージェの柔らかな言葉に、少年ははにかんで笑った。
「……解放者が嫌いなのによくあの町にいたな」
「あんたは余韻と遠慮を知りなさい」
ユリクスはリアナからチョップを受けるが、わからないものはわからないのである。その様子を見ていた少年が再び明るい笑みを浮かべ、快活さが戻ってきた様子で答えた。
「あの町に住んでるわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
「うん。村に住んでるんだ」
「村だと?」
「近くに村があんのか?」
「森の中にね」
「……森の中?」
「うん。解放者はいないから、もし他に行く場所がないならうちの村においでよ!」
一同は顔を見合わせる。そしてユリクスへと視線が集まった。いつものことながら選択はユリクスに委ねられたらしい。そのことには少々納得いかないが、それもいつものことなのでやれやれと思いつつ少年に答えた。
「……連れていけ」
「うん!」
少年は満面の笑みで頷いた。しかし他の連中は呆れたような表情で溜め息をついた。
「あんたね、お邪魔させてもらうんだから上から物を言うんじゃないわよ」
「……」
文句があるなら自分で対応しろ。そう非難する視線を送っているのだが、リアナは知らん顔で少年へと視線を移した。
「連れていってくれるのは有り難いのだけれど、あたしたちが突然行って大丈夫なのかしら?」
「大丈夫だと思うよ! だって村のみんな、皆さんに会いたがってるもん!」
「……会いたがっている?」
「だって皆さんって有名な〝異端なる獣たち〟の人たちでしょ? 『たくさんの人たちを助けたのに神人族ってだけで指名手配されるなんておかしい! 力になれることならなりたい!』ってみんなよく言ってるよ!」
「私たちに関わるなんて危険なのに……。でも嬉しいことですね」
「……危険だとわかっていてそこまでする意味がわからない」
「ちょっとユリィ」
訝しげに言ったユリクスに対して、少年は真剣な表情で真っ直ぐにユリクスを見据えた。この歳の少年にしては不相応な、しっかりとした決意を感じさせる眼差し。
「僕らはみんな解放者が大嫌いだもん。でも僕らじゃ戦えないから。だからせめて力になりたいんだよ。……でも、僕だって力さえあれば……」
少年は俯き、唇を噛んでその先の言葉を呑み込んだ。両親を失ったこの少年の言葉の先が、ユリクスにはわかった。自分も同じだったから。
ユリクスは少年のすぐ側まで歩み寄る。
「……俺たちを連れていくんだろう? お前の力を貸せ」
そう言うと、少年は大きく目を見張ってから朗らかな笑みを浮かべて頷いた。
ユリクスたちは少年を先頭に歩き出す。
「そういえば、あなたのお名前を聞いていませんでしたね」
「僕はラック。皆さんの名前は知ってるよ。……名前だけ。でも誰が誰だか……」
ばつが悪そうに少年――ラックは言うが、手配書には容姿が書かれていないので当然のことだろう。しかしそうは思わないあたり、どうやら彼は真面目な性格らしい。くすくすと笑ったレージェがそれぞれが誰であるか紹介した。それが終わると、ユリクスが唐突にラックへと声を掛けた。
「……ラック、身体強化をしてみろ」
「え? うん、わかった」
突然のことにも関わらず、ラックは素直に従った。ラックの魔力を見てユリクスは顎に手を当てる。
「……それは自然にやっているのか?」
「そうだけど……」
「……お前の両親は変わった教え方をしたものだな」
「そうなの? でも村のみんなこんな感じだと思うよ?」
「……みんな?」
ユリクスは訝しがりながら首を傾げた。それを見たラックも首を傾げる。嘘は言っていないようだ。ティアがユリクスを見上げる。
「やっぱり魔力の巡りが珍しいの?」
「……あぁ。やはり足にだけ集中している。これでは足が速いだけ……そういうことか」
「何かわかったんスか?」
「……逃げ足を速くしたんだろう」
「逃げ足っスか?」
ユリクスは頷く。恐らくこの考えは合っているはずだ。
「……ラック、村に神核を持っている奴はいるか?」
「いるわけないよ。だってそれじゃあ解放者と同じだもん」
「……やはりな」
「どういうこった?」
「……森の中に魔獣がいないわけないだろう」
「あぁ、なるほどな」
即ち、戦う手段がないなら逃げるしかない、ということだ。とはいえそれでは限界があると思うのだが……。すると、ラックが話に得心がいったというように「あ!」と声を上げた。
「魔獣のことなら大丈夫だよ!」
「どういうことなの?」
「だって、守護獣様たちが守ってくれてるから!」
「……守護獣?」
「うん!」
守護獣。ふむ、とその単語について考えていると。
「着いたよ!」
話している間にいつの間にか森の深い場所まで来ていたらしい。辿り着いた場所を見回してみると、全てが森に溶け込んだ小さな村がそこにあった。
お読みいただきありがとうございます。
運動会でよく流れる曲が頭から離れなくなりました。




