村を守護する者
森の中にあって全く違和感のない小さな村。自然に溶け込んだその村はほぼ全てが植物でできていた。枝や藁、丸太を上手く組み合わせて造られたような家々。地に建っているものだけでなく、ツリーハウスも点々と建てられている。チベトーナの隠れ里も木造の家々であったが、それよりもずっと自然に近い造りだ。
そんな村の中へとユリクスたちは足を踏み入れた。すると一斉に自分たちに視線が集まる。この村に余所者が来ることなど滅多にないはず。故に物珍しいのだろう。
ラックが大きく手を振った。
「みんなただいまー!」
それに対して村人たちが反応した。皆「おかえりなさい」と親しげに迎え入れている。とても小さな村だ、きっとほとんどの人が顔見知りなのだろう。顔見知りどころか身内のような感覚なのかもしれない。そこまではまだ判断できないが。
ラックを迎え入れつつも、村人たちはざわつきながらユリクスたちを見ている。しかし不快な視線ではない。表情も心做しか嬉しそうに見える。どういうことだろうか。
様子を伺っていると、一人の男が歩み寄ってきた。五十代ほどだろう。人好きのする柔和な表情を浮かべている。男は一度会釈をした。
「私はここ、フォレイト村の村長をしております、リンドと申します。失礼ですが、もしやあなた方は〝ギルド総長の懐刀〟龍王様とそのご友人の方々でしょうか?」
「……そうだ」
「やはりそうでしたか」
どうやらここはフォレイト村というらしい。
柔らかな表情を深めたリンドはユリクスへと手を差し出してきた。
「皆様のご活躍は聞き及んでおります。お会いできて光栄です」
「……今の俺たちはお尋ね者なんだがな」
そう言いつつもユリクスはその手を取り握手を交わした。
「我々はあなた方を歓迎致します」
「ほらね! 言った通りでしょ!」
リンドの言葉を聞いたラックが胸を張ってニカッと笑った。そんなラックにリンドは視線を移す。
「おや、私たちのことを話したのですか?」
「うん! みんなユリクスさんたちを歓迎するよって!」
「なるほど、そうでしたか。連れてきてくれたことは感謝しますよ。……しかし」
「いったっ!」
リンドが表情を変えぬままラックの額にデコピンを食らわせた。なかなか大きな音がしたのでかなり痛そうだ。
「また一人で町に行きましたね? 危ないからやめなさいといつも言っているでしょう」
「だって……」
「『だって』ではありません。次はもっと痛くしますよ」
「そ、それはやだ……」
「ではもうやめなさい」
「……はーい」
あれで加減してたのか。そこに驚くユリクス一行である。
リンドがユリクスたちへと視線を戻した。
「この子から聞いたとは思いますが、我々は神人族を信じ、解放者たちに反する思いを抱く者の集まりです。大したおもてなしはできず心苦しいのですが、皆様の安息の地となれましたら幸いでございます」
「……休む場所を提供してくれるだけで十分だ」
「それはよかった。では皆様の宿舎をご用意しますので少々お時間をいただければと」
「ならその間この村を見て回りたいな。いいかな、兄さん?」
「……構わない」
ユリクスの迷いのない返事にティアはユリクスのコートの裾を掴んで顔をほころばせた。
「あたしたちの意見は一切聞かないわね」
「いつものことだろう」
やれやれと思いつつ、もう当たり前のように受け入れる五人である。その横でラックが元気よく手を挙げた。
「僕が案内するよ!」
「そうか! じゃあ頼むぜ!」
「うん!」
子ども好きなリューズがラックの頭を撫でながら豪快に笑った。ラックは頼りにされてとても嬉しそうだ。断る理由もないので任せるとしよう。
「ではラック、お願いしますね」
「はーい!」
「それと、守護獣様の所へご案内することを忘れないように」
「わかってるよ!」
村に着く前から守護獣とやらは気になっていた。とはいえ、ユリクスにはなんとなくどんな存在かわかっている。確証はないが、可能性を頭の片隅にでも置いておいたほうがいいだろう。あいつのようにうるさい存在でないことを祈る。
「じゃあついてきて!」
ラックを先頭にユリクスたちは歩き出した。歩いているとそこら中から「いらっしゃい」と声が掛けられる。もうユリクスたちの正体はわかっているようだ。それでも快く受け入れてくれることに一行の心は安らぐ。ずっと追われる身だったことで気づかぬうちに精神的に疲弊していたのだろう。だからこそ有り難いことだ。まぁ、ユリクスは特に変わらないが。
ラックの案内で村を一周するのはとても早かった。思っていた以上に小さい村だったのだ。村人も百人には全く届かない。
村にあるのはほとんどが家であり、店の数は多くなかった。村人が少ないのでそこまで多くの店を必要としないのだろう。ただ一つ気になったのは、店の多くは日用品を取り扱っているものだったことだ。食料を売る店は極端に少なかった。それに一番に反応したのは普段から食料を気にしている調理担当のライトだ。
「この村では食料はどうしてるんスか?」
「畑で作ってる野菜と、あとは木の実とか果実が多いよ。村の外にある木に生ってるやつね」
「それをみんなで収穫してるってことっスね」
「うん。男の人たちは大体の人が取りに行ってるかな。取ってきたやつは僕らにもくれるんだ」
「小さい村だからできることですね」
魔獣に遭遇する危険が高くなる収穫には男が行き、取ってきたものは女子どもにも配られる。恐らく女子どもは男たちがいない間に村や家のために動いているのだろう。まさに村の人間が全員で支えあって生きている、ということだ。とても平和な場所である。平和といえば、武器を売っている店がなかったこともその一因だろう。とはいえ森の中で武器がないのは大変危険だと思うのだが。
「ここの者たちは戦うということは一切しないのだな」
「だって戦い方なんてわからないし……。それに守護獣様たちが守ってくれるから大丈夫!」
「その守護獣様って?」
「あ、そうだ! 案内しないと!」
「こっちこっち!」とラックが先導してくれる。案内している間で最も元気に。
「ラックは守護獣様のこと大好きなんだね」
「うん! だって優しいし、それにみんなとっても強いんだ!」
「……複数いるんだな」
「三人いるよ!」
「……〝人〟?」
「とても尊敬しているみたいだし、〝体〟とか〝匹〟で数えないんでしょうね」
「気持ち的には〝御三方〟ってところじゃねぇか?」
まぁ、数え方などどうでもいいか。自分で疑問を生むきっかけを作っておいてそんなことを思うユリクスである。というより、なんだか会ったら面倒くさそうな予感がするのは自分だけだろうか。急に引き返したくなるユリクスだがもちろんそんなことは許してもらえないだろう。嘆息しながら観念してついていった。
「ここだよ!」
しばらく歩いて辿り着いたのは、一際大きな家であった。かなりでかい。一体何人の人間が入れるのだろうか。そんな家にラックが躊躇うことなく近づいていった。中が見えないように木の暖簾が垂らされた入り口の前で止まる。
「守護獣様! お客さんを連れてきたよ!」
『……そうか。ラック、お前は入るな』
「はーい! じゃあまたね!」
守護獣とやらの言葉に素直に従ったラックはユリクスたちに手を振って離れていった。それを見送ってからユリクスを先頭に七人と一匹は中へと入る。そこにいたのは、三体の鷲獅子であった。左右にいる鷲獅子はとても美しい。しかし、真ん中に座しているその存在は別格であった。翼、体毛、爪、体格。そして何よりも、威厳。全てにおいて洗練された非の打ち所がない存在。一目で確信した。上位眷属だ。さて、一体何を言ってくることやら。そう構えていたのだが、威風堂々たる姿で自分たちを待ち構えていたらしい上位眷属の雰囲気がすぐに崩れた。同時に左右に侍るようにいた眷属たちも動揺を見せる。
『なんと……』
大きく目を見張る上位眷属。
『雷……神……』
「……違う」
『まさかこのような場所で雷神にお会いできるとは……』
「……だから違う」
『これは……真に僥倖……』
「……」
全く話を聞かないなこいつ。ユリクスは冷めた視線を送った。そんな視線を感じ取ったからなのかはわからないが、三体の鷲獅子が急いで頭を垂れた。
『申し訳ありません。動揺のあまり礼を欠きました。私は風神の上位眷属であり、この者共は中位眷属でございます』
話を聞かないのはともかく、あのうるさい自称眷属の龍とは違いこちらは高潔な眷属らしい。神の眷属を名乗るならばこれが正しい姿だろう。見習え自称眷属。
『あ、そろそろ頭上げますね。首痛いので。さぁ中位眷属たちよ! いい口実ができたぞ! 今日は酒宴だ!』
『『はい!』』
前言撤回。こいつらも同類だ。というより眷属とはこういうものなのか? 仕える者たちがこれでいいのか神共よ。絶対お前たちのことを敬ってないぞ。ユリクスたちは一層冷めた視線を送った。もう去ってもいいだろうか。
「……用がないなら俺たちはもう行くぞ」
『そ、それはお待ちを!』
「……なんだ」
『一緒にどうです? 酒』
「……じゃあな」
『冗談ですから!!』
バッサバッサと羽ばたく翼が鬱陶しい。こちらに飛んでくる風が強いのでやめてほしいものだ。ユリクスは機嫌を降下させながらも仕方がないのでもう少し付き合ってやることにした。
「……それで、用はなんだ」
『用、と言いますか……唯一ご無事であった雷神にお会いできたのです……もう少し共に居たいと……。ですがこれでは用がないのと同じですね。申し訳ありません……』
三体の鷲獅子が心底落ち込んだように翼をたたんで項垂れた。本心で言ったことがわかる態度だ。とはいえユリクスには知ったこっちゃないのだが……。
「兄さん」
ティアがユリクスのコートの裾を引っ張った。悲しげな表情でユリクスを見上げている。
「もう少し一緒にいてあげてほしいな。可哀想だもん」
「……」
ユリクスは逡巡するものの、ティアの表情を見ていたら選択肢が簡単に消された。一択になってしまったのでユリクスは頭を抱えながらも口を開いた。
「……とりあえず座らせろ」
『っ! はい!』
パッと表情を輝かせた鷲獅子たち。一応敬虔の念があるようで、いそいそと隅に寄ってユリクスたちの座る場所を作った。広々とした床にユリクスたちは腰を下ろす。すると、隅に寄っていた上位眷属が首を伸ばしてきて控えめにユリクスの服をはむはむと啄んできた。とても嬉しそうなので喜びのあまりじゃれているようだ。あの龍が巻き付いてきたのと同じようなものだろう。それを見ているティアが「可愛い」と言いながら顔をほころばせているので好きにやらせておく。
「……お前は風神の眷属だろう。なのにそんなに嬉しいのか」
『確かに我々の主は風神です。しかし神という存在自体が我々眷属にとってのすべてであり、絶対なのです。……とはいえ、奴は別ですが』
最後の一言には恨みが込められている。もちろんアウシディスのことを言っているのだろう。上位眷属は啄むのを止め、同時に眷属たちの雰囲気に怒りが漏れ出した。
『奴は我々から主を奪った。決して許せることではありません。……しかし、我々眷属では敵わない。我々の無力さが嘆かわしく……そして遣るせない……』
「……無力、か」
ユリクスの言葉に眷属たちは項垂れる。そんな眷属たちを見据えてユリクスは言い放った。
「……ドラは俺たちのために動いているが、お前たちは諦めるのか?」
眷属たちが勢いよく頭を上げた。そして落ち込んでいた瞳を鋭いものへ変える。
『……いいえ。諦めたくなどありません』
「……そうか」
『はい。やっと、ご無事であった貴方様とお会いできたのです。ならば、我々は貴方様のお力となりましょう。貴方様は唯一の光明なのですから』
「……光明かどうかは知ったことではないが、俺は奴を殺す」
『ならばなおさらです』
決意に満ちた瞳でユリクスを見据える眷属たち。この様子ではもう嘆くことはないだろう。そう思っていると、不意に上位眷属が目をぱちくりと瞬かせた。
『ところで、「ドラ」とは?』
「……少し前まで一緒にいた龍の上位眷属のことだ」
『なんと……主と共にいられるとは羨ましい……。それにしても、眷属に名前ですか』
「そういえばみんなのことも呼ぶのに不便だね」
「……名前をつけてやれ」
「うん。じゃあ、『エイ』『ビイ』『シイ』で」
「……だそうだ」
『了解しました! 名前をありがとうございます!』
「もうちょっと捻ってあげなさいよ……」
「眷属らしさなど皆無だな」
「というよりなんか同じような名前の人たちがいたような気がするんスけど」
「誰でしたっけ?」
「いたような気がしなくもねぇが……わっかんねぇな!」
ユリクスとティア以外の者たちは眷属――エイたちに同情の視線を送った。当の本人たちは嬉しそうなので余計に可哀想である。そして飛び火した思い出してもらえない某取り巻きたちも哀れな。
しばらく翼を羽ばたかせて喜んでいたが、漸く落ち着くとエイたちはユリクスに向き直った。
『一つお聞きしたいのですが、ドラは近くにいないようですがどこに行ったのでしょうか?』
「……あいつなら上位眷属たちを集めにいった」
『上位眷属たちを?』
「……これから奴らとの戦争が起こる。そこで魔獣たちも敵として介入するだろうからな」
『なるほど……。それならば確かに上位眷属たちを集めた方がいいですね。なら……私も……』
エイたちが複雑そうに顔を見合わせ始めた。その様子の意味がわからずユリクスたちは首を傾げる。
「……どうした?」
『えっと……いえ、なんでもありません』
「……言え」
ユリクスの命令には逆らえないようで、恐る恐るエイが口を開いた。
『神々には人間を守るという意思がございました。その意思を継ぎ、我々は偶然見つけたこの村の人間たちを守り始めたのです。始めはただ継いだ意思のためだけに守っていたのですが……』
「……情が生まれたか」
『……はい……』
神が絶対とはいえ、眷属自身にも意思がある。情が生まれても仕方がないことだろう。しかしきっとこの眷属たちはユリクスを優先する。ユリクスは迷いなく口を開いた。
「……お前たちはこれからもこの村を守るといい」
『え……?』
「……お前にも無理に戦場に来いとは言わない」
『ですが……』
「これが兄さんの優しさなの。だから受け取ってくれると嬉しいな」
ティアがエイに微笑みながら言った。優しさかと言われたらユリクス的にはそんなことは一切ないのだが、まぁティアがそう言うのだから受け取れ。そう視線で命じた。
『……わかりました。感謝致します。お力になりたいと言っておきながらこのような……。しかし、せめて他の上位眷属たちを集めることだけはさせてください』
「……それで十分だ」
ユリクスの言葉にエイたちは恭しく、深く、頭を下げた。
「……それからもう一つ頼みたい」
『何なりとお申しつけください』
「……俺たちは王都に向かいたい。だから俺たちを連れていく奴を先に連れてきてくれ」
『かしこまりました……! ビイ、シイ、お前たちは上位眷属たちを一刻も早く集めに行け』
『『承知しました、エイ様!』』
命じられたビイとシイはすぐに家を飛び出していった。残ったエイがユリクスを正視する。一切揺らぎのない眼差しだ。
『私は貴方様と同じ戦場には立ちません。それは神々への反逆でしょう』
「……そう思うのか?」
『そう思われても仕方がないと思います。しかし、たとえ罰が下ろうとも、私はもう今の意思を曲げることは致しません。この村にいる人間たちを守る。これが眷属としての〝私の戦い〟だと覚悟を決めました。故に、天罰が下るその瞬間まで胸を張って戦いましょう』
言い切ったエイの瞳は威風に満ちている。眷属としての誇り、そして覚悟。それを確たるものにした姿は実に美しかった。これが神々に仕える存在であり、神々に相応しい存在であると実感させられる。そんな存在を前に、ユリクスは真摯に向き合った。
「……俺には神がどう思うかなどわからない。……だが、お前の選択を俺は否定しない。最後まで自分を貫け、エイ」
『っ……はっ!』
堂々と自身を貫くことを決めている者同士が向かい合うその場所は厳粛さに包まれていた。
……あくまで二人だけを包み込んでいた。
「名前のせいで緊張感全くないっスね……」
「締まらないですね」
「眷属らしい名前にしてほしかったわ……」
「それをいうならドラも同じようなものだがな」
「可愛いっちゃ可愛いんだが……やっぱ眷属っぽいイメージっつぅのは大事だよな」
ユリクスとティアを除き、はぁ、と呆れて嘆息する五人。まぁもう名付けてしまったのだから仕方ない。外野からは折角の雰囲気が台無しに見えているのだった。故に介入はしやすい。
「でも大丈夫なのか? エイだけになっちまったらこの村を守るのに支障が出るだろ?」
『いえ、私だけでも問題はありません。少々忙しくはなりますが』
「なら私たちがお手伝いするのはいかがですか? どうでしょう、ユリィさん?」
「……」
「いいそうですよ」
『っ……あ、ありがとうございます……!』
とても感激したように言うエイは今にも泣きそうである。実際に鷲獅子が泣くのかは知らないが。
「私は戦えないから、村の中でお手伝いするよ」
『この村の者たちならばそれでも十分に喜ぶでしょう。どうかよろしくお願い致します』
「うん!」
「それじゃあ、ここにいる間は収穫の時の護衛と魔獣の討伐を中心に村の手伝いをして過ごすってことでいいわね」
「了解っス!」
「……」
面倒な。眷属たちに命令しておいて自分が動くのは嫌だと思うユリクスであった。なにせ自分は「いい」とは一言も言っていないのだから。
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