第08話 あなたの聞いている音
窯の乾燥を待っていた十三日目、エリンは農園で針を持たされていた。
「測りに来たんだろう。そっちの布の幅も測っておくれ」
園丁長のベラは、麻布の端を膝で押さえている。温室用の夜布は、苗床を一度に覆うには重すぎた。二枚に分け、重ねて掛けられるようにするのだという。
窯が乾くまで、エリンにできることは寸法の確認くらいだと思っていた。けれど、夜布の下を通す支えの幅も、窓の開く向きも、図面だけではわからなかった。
「この紐を南側の窓の留め金に掛けたら、開けにくくなりますね」
「ああ、そうか。じゃあ、紐をこっちへ逃がす」
ベラはあっさり結び直した。昨日縫ったところをほどいても、惜しむ様子がない。
エリンは、自分も窯の乾燥を待つ時間を惜しんだことを思い出した。
作業小屋へルシアンが入ってきたのは、紐の位置を決め終えた頃だった。
彼はエリンの指に引っ掛かった針を見て、足を止めた。
「硝子の職人に、縫い物まで頼んだのか」
「手が空いている人には頼むさ。閣下も、そこの布を持って」
「……私もか」
差し出された端を、彼は両手で広げた。
高価な外套の袖が床に触れそうになり、ベラが容赦なく捲り上げる。エリンは笑いをこらえながら、残りの針を抜いた。
「窯の方はどうですか」
「予定どおり、十六日目の夜に火を入れます。まだ試作の開始は遅れますが、中間検収の日は動かしていません」
「では、こちらもそれまでに木枠を合わせよう」
ルシアンは布を置き、エリンが持参した包みへ目を留めた。
「その中身も、温室のものですか」
「宿屋仕事の端材です。木工班に、板を押し込む強さを説明しようと思って。割れ片なので、触るなら縁に気をつけてください」
ほぼ同じ大きさに揃え、縁を処理した二つの端材を、薄い革を敷いた台へ並べる。一方には、端から短い亀裂が入っていた。
ルシアンは身を屈めた。
「見ただけで、すべての傷がわかるのですか」
「いいえ。だから、いくつも検査をします。音も、その一つです」
エリンは小さな木の検査棒で、同じ位置を軽く打った。片方は短く澄み、もう片方は響きがすぐに途切れる。
彼は目を閉じ、もう一度、と頼んだ。
「こちらが、良い方だ」
「逆です」
「……そうか」
ルシアンの眉間に、図面を検討していた時より深い皺が寄った。
自分で試したいと言うので、エリンは台の前を譲った。彼は慎重すぎるほど小さな力で棒を落とし、今度は両方ほとんど同じ音にしてしまった。
「これでは検査になりませんね」
「力を揃えるところからです。音が良ければ必ず安全、というものでもありません」
「難しいな。数字なら、同じ欄に並べて比べられるのに」
うっかり笑うと、彼が顔を上げた。
エリンは叱られるかと思って、口元を押さえた。
「いえ、その……あまり真剣でいらしたので」
「真剣にもなる。あなたが聞いている音を、私も聞きたかった」
言われて、返す言葉をなくした。
検査に時間をかけるな、と言われたことなら数えきれない。けれど、同じものを聞こうと、こんなに時間を使ってくれる人はいなかった。
「では、もう一度。棒を落とす高さを揃えてください」
「こうか」
「ええ。さっきより、ずっと」
今度は彼自身にも違いがわかったらしい。灰緑の目が、子どものように少し開いた。
その顔を見ている方が、音を聞くより難しかった。エリンは視線を台へ戻した。
「仕事が増えたねえ、閣下」
ベラが布の向こうから言う。
「領主の次は硝子職人かい」
「まず、聞き分けられるようになるだけだ」
ルシアンは真顔で答えた。それで、エリンはまた笑ってしまった。
練習用に貸してほしいと頼まれ、二片を厚い布に包んで渡した。
彼が借受の控えまで書こうとしたので、「それは要りません」と止める。代わりに裏へ傷の有無を書き、確かめられるようにしておいた。
「答えを見ずに、お試しください」
「厳しい先生だ」
「納品の時は、もっと厳しくなります」
初めて、ルシアンが声を出して笑った。
十六日目の夕方、夜布の取り付けを確かめて、エリンは農園を辞した。
最初の練習で彼が何度目に正解したかを、帰り道でも覚えていた。
工房へ戻ると、マルタが火入れの支度を終えて待っていた。
エリンは練習用の検査棒を棚へ戻した。
彼に教えた音を、この窯でも聞けるようにならなければ。明日から溶かす砂も灰も、王都のものとは違う。




