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婚約者と父に硝子工房を追われた私ですが、辺境の堅物領主とは見積書から恋を始めます  作者: 他力本願寺


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第04話 領主様、割れる注文は受けられません

「この図面どおりでは、冬の前に硝子が負けます」


昨日広げられた温室の図面に、エリンは手にした鉛筆で躊躇いなく赤い線を引いた。


領主屋敷の簡素な執務室。長机を挟んで、領主ルシアン・フローレンが腕を組んで立っている。彼の傍らには、帳簿を抱えた神経質そうな家令のアデルと、日焼けした顔に焦りを浮かべた農園の園丁長、ベラが控えていた。


「どういう意味だ。この設計では強度が足りないとでも?」

ルシアンの低い声に、エリンは赤い線を引いた箇所――屋根を覆う、一枚の大きな硝子板の指定と、極端に細い木枠の構造――を鉛筆の尻で叩いた。


「はい。南側の屋根を一本の大板で覆い、しかもこのような過大な片持ち枠で支えれば、冬の初めの強い風圧だけでたわみます。そこに雪の重みが加われば、必ず割れます。それに、この狭い換気口では、晴れた日の昼間に内部の熱がこもりすぎてしまう」


「だが、板を小さく分割して木枠を増やせば、その分だけ採光が減る!」

園丁長のベラが、堪えきれないように声を上げた。

「冬の光は貴重なんだ。苗の列を一つ減らしてでも、日が当たる幅を残せるかい。暖炉も夜布も用意する。採光まで失ったら、温めるだけの物置になる」


彼女の苛立ちはわかる。だが、硝子は魔法の壁ではないのだ。


「温室は冬を追い払う箱じゃありません。昼に受け取った陽を、夜まで少し長く預かる部屋です」

エリンはベラに向かってはっきりと告げた。

「採光のために強度を犠牲にすれば、最初の雪で屋根ごと崩落します。その時、下にある苗はどうなりますか?」


ベラは図面を引き寄せ、南面の影の落ち方を書き込んだ。

「それなら、太い桟は苗床の列の間へ。これなら私も譲れる」

エリンは頷き、ルシアンに向き直った。


「私が引き受けられる仕様は、南面の屋根を二十五センチ掛け三十五センチの小板六十四枚に分割し、それぞれをしっかりした木枠で支えること。そして、手動で開閉できる十分な広さの換気口を設けることです」


「それをすべて反映させた場合、見積りと納期はどうなる」

ルシアンの問いに、エリンは頭の中で計算した数字を口にする。


「小板六十四枚の製造と検査には時間がかかります。木工班の枠の修正も必要になるでしょう。現在の休眠窯の修繕から始めたとして、最終的な据え付けと検収が終わるのは、退職した日から数えて、四十五日目。初霜の時期の、ぎりぎり直前です。見積り額も、当初の予定より跳ね上がります」


「今日から三十六日後ですね」

アデルは帳簿の納期欄へ指を置いた。

「初霜の直前です。枠の修正と窯の修理を並行できるか、木工班にも確かめましょう。そのうえで、早められる工程はありますか」


「材料の手配と採寸は重ねられます。ただ、乾燥と冷却、検査の時間は削れません」

エリンは図面の大板の指定を指した。

「予算に収まらない場合も、こちらの設計へ戻すことはできません。割れるおそれのある仕様のままなら、この注文はお受けできません」


執務室が静かになった。

手持ちの資金だけでは、窯を直して試作を続けるのは難しい。断られれば、明日からまた小さな修理を探すことになる。

それでも、引いた赤線を消すつもりはなかった。


ルシアンは長机に両手をつき、エリンが赤い線を引いた図面をじっと見つめた。

灰緑色の瞳が、図面の線とエリンの顔を交互に探る。


「……不思議な職人だ」

やがて、彼はふっと息を吐き出すように言った。


「小さな窯では無理だと言って、板の調達だけを請け負う手もあったはずだ。後から割れたとしても、『図面どおりに作ったのだから風のせいだ』と言い逃れもできただろう。なのに、わざわざ自分が不利になる仕様変更と、長い納期を提案するのですね」


「後から割れて誰かのせいにするような仕事には、私の署名は貸せません。それが、私の提示する条件です」


エリンが真っ直ぐに見返すと、ルシアンの口元に、微かな、しかしはっきりとした笑みが浮かんだ。

威圧でも、侮蔑でもない。目の前の相手を、同じ土俵に立つ仕事相手として認めたときの顔だった。


「暖炉は別工事にしたい。必要な分を残して、硝子と木枠へ回せる予算を出せますか」

ルシアンが尋ねると、アデルは帳簿の二つの欄を開いた。

「農園全体の建築予算を組み直します。暖炉を削ってよい範囲は、ベラと確認してからです」

「夜布だけで越せるとは言えないよ。薪の分も残しておくれ」

ベラの言葉に、ルシアンは頷いた。

「その条件で、見積を揃えましょう」


アデルが三人の要望を、図面の余白へ書き込んだ。


「アデル、もう一つだ。今のヴァイス職人の発言を、すべて議事録に残しておけ」

「……はい。どのような理由で仕様変更と納期の延長が行われたか、ですね」

「そうだ」


ルシアンは図面に引かれた赤線を指先でなぞり、エリンを見た。


「変更した理由も、あなたの言葉のままに」


エリンは思わず目を瞬いた。

権力を持つ者は、自らの不手際や見通しの甘さを記録に残すことを嫌う。だが、この若き領主は、後から自分が不利になるかもしれない「職人の反対意見」を、公的な記録として決して消さないと言うのだ。


「……承知いたしました、フローレン卿」

エリンは初めて、心からの敬意を込めて頷いた。

「ですが、正式な契約と着手金の受領は、今受けている宿屋の窓仕事を納め、私たちが本当にその金額に見合うだけの腕を持っていると証明してからにさせてください」


「いいだろう。あなたの仕事の成果を、楽しみに待っている」


ルシアンは、アデルが変更資料として綴じようとしていた原図を指した。


「こちらも保存を。私が間違えたときのために、あなたの反対意見を残してください」


エリンは、その手元を見た。父の机では、エリンの訂正はいつも破り捨てられた。

この人の机には、自分の引いた線が残る。


「……では、窓を納めたあとで、正式な見積をお持ちします」

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