第31話 雪の重さまで、硝子は知らない
温室へ着いた時、ベラは苗の箱を北の土壁際へ運び終えていた。
「南側にはまだ近づかないで。木工班が支えを入れている」
百十三日目の朝。夜通しの雪が、採光面の片側へ厚く寄っていた。外から見ると、二枚の板にひびがあり、その間の桟がわずかに下がっている。
エリンは道具箱を置き、まず離れたところから枠を見た。割れた板だけ取り替えても、同じ力を受ければまた割れる。
「雪は、どう落としますか」
「下から引き落とす。屋根には人を上げない」
ベラが除雪の者へ指示を出す。ルシアンもその中にいた。
いつものようにすぐエリンへ近づかず、渡された道具で雪を退けている。こちらに気づくと、一度だけ頷いた。
支えを入れて雪を除き、木工班が枠のたわみを測った。そのあとで、エリンは割れの起点と取付位置を確かめた。
板の中央ではなく、下がった桟に接する縁から割れている。寸法と退火の記録も持参の控えに合う。
枠の変形と除雪の遅れが重なった可能性が高い、と木工の責任者と意見が一致した。
アデルは、原因を書き取ってから言った。
「苗の避難はできた。だが、土壁側だけで何夜も保たせるわけにはいかない。仮に塞ぐ手配を頼めますか」
「はい。まず風を止めるものを。板の交換は、枠を戻してからにします」
契約別紙の有償応急条項を開く。製造不良の保証とは別に、アデルが銀貨六枚まで仮発注できる取り決めがある。
彼は費用の上限を書き、署名した。材料と取り付けは町の協力業者へ頼む。霜灯は、板の選定と適合確認を受け持つ。
枠が落ち着くまでの間、エリンは周辺の板も調べた。
除雪を終えたルシアンが、少し離れて見ている。
「その隣も、確かめるのですか」
「はい。割れたところの隣は、力が移っているかもしれません」
彼は検査棒を見た。
「同じ条件で比べられるなら、私も聞いてみていいですか」
エリンは周囲の安全を確かめ、作業台へ下ろした二枚の端材で力を確認してから、棒を渡した。窓辺でも、ごく軽く同じ位置を打ってもらう。
一枚目。短い音。
二枚目を打った時、彼の手が止まった。
「……こちらは、響きがすぐ消える気がします」
「音だけでは決められません。どの辺りですか」
示された下の縁を、エリンは光の角度を変えて見た。薄い亀裂が、留め材の下から伸びている。
木工職人に外してもらうと、枠に強く当たっていた跡もあった。これが三枚目だった。
ルシアンは、息を吐いた。
「当たっていたか」
「はい。聞こえましたね、フローレン卿」
彼は仕事の呼称に、少しだけ口元を緩めた。
「先生のおかげです」
「ずっと練習していたんでしょう」
最初の頃、両方同じ音にしてしまっていた手を覚えている。その手が、今日は異常に気づいた。
エリンはもっと何か言いたくなり、いったん検査棒を受け取った。嬉しい時ほど、先に仕事を終えなければならない。
三枚目までの交換と仮の風除けには、仮承認の上限を銀貨二枚超える見込みが出た。
アデルは超過を当然には認めなかった。エリンは必要な理由を記録し、応急条項に従って事後審査を求めた。不承認なら、その分を自動で客へ回すことはできない。
十三枚を不合格にした頃なら、発注者へ見せる前に、まず一人で帳尻を合わせようとしたかもしれない。
今日は、手を止めて説明できた。苗の安全を待たせずに、誰が費用を引き受けるかを残す方法を、皆で持っていた。
三枚目の札に「交換」と書く時、エリンはルシアンを呼んだ。
「気づいた時刻を、こちらへ」
「私の名も残すのですか」
「発注の決裁ではなく、異常の発見者としてです」
彼は一瞬迷い、名と時刻を書いた。職人のふりをして合否の印を押さず、自分が見聞きしたことだけを残す。
その次の欄へ、エリンが検査結果を書き、木工職人が確認の印を押した。
違う仕事の手が、一枚の記録に並んだ。
百十九日目までに補強と交換が終わった。
最終的な材料と施工の実費は八枚となり、超過二枚の審査は翌日だ。協力業者への支払日と、承認された場合の農園からの回収日を、それぞれ帳面へ記した。
片付けの時、ルシアンが検査棒を差し出した。
「返す時は、練習用の端材も一緒の方がいいですか」
「まだお持ちでいてください。私も、その音を聞ける人が増えると助かります」
彼は布に棒を包むエリンの手元を見た。
「仕事以外でも、助かることがありますか」
エリンは顔を上げ、思わず笑ってしまった。
「あります。終わったら、温かいものを飲みに行きたいです」
「それなら、私にもできます」
百十九日目の夕方、工房へ戻ると、机に修理の照会が三通来ていた。
三人の仕事は終わっている。ここからまた全員を呼び戻すのか、と考え、エリンは手紙を机へ置いた。
返事の前に、明日は皆の予定を聞こう。




