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婚約者と父に硝子工房を追われた私ですが、辺境の堅物領主とは見積書から恋を始めます  作者: 他力本願寺


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第28話 残った職人にも誇りがある

エッダの名が読み上げられた時、父は初めて口を閉じた。


九十八日目、市庁舎の審議室。

王都から来たベネディクトは、娘の退職で商会がどれだけ費用を負ったかを話していた。エリンは答えず、解約書の控えだけを机の上へ出した。

父自身の署名がある。委員長はそれを確かめ、本件の広告とは別だと告げた。


市の書記が、エッダの証言書を開いた。

本人が王都で認証を受けた書面で、事前に双方へ写しが渡されている。父の手元にも同じ紙があった。


『比較用として販売部が調達した見本には、当工房の検査印を出していません。広告に記された試験は、製造現場が霜灯の品を受領して行ったものではありません』


読み上げが続く間、エリンは父を見なかった。

エッダがあの工房の検査台で、どんな声でこれを述べたかを想像していた。


『銀樹に残る職人の製品と、販売部が調達した見本は、区別していただきたい。私たちは、他工房の品を自分たちの検査結果として扱うことに同意していません』


「現場は広告の文面まで見ていない」

レオンが言った。

「だから、その証言だけでは、販売上の意図は――」


「そのとおりです。意図は別に判断します」

委員長は遮らずに、彼の言葉を受けた。

「現物の受け渡しと仕入控えは、第三者の資料とも一致しています。ご報告を受けたあと、訂正しなかった理由をお聞きしています」


レオンは、次の広告で調整する予定だった、と答えた。

書記が九十二日目の回答と、翌日の掲示確認を読み上げる。

「その期限では出さない。うちの都合で出す」

エリンは、その言葉を今度は机を挟んで聞いた。


「お父様は、広告のことをご存じでしたか」


静かに尋ねると、父はレオンを見た。

「北の営業は任せていた。細部までは――」

「商会への調査通知は受領されています。広告を止める指示は出されましたか」

委員に問われ、父は答えなかった。


エリンは、勝ち誇る言葉を探さずに済んだ。

父に必要なのは、娘の反省を待つことではなく、自分が商会として受けた通知へ答えることだった。


次に、白鹿亭の解除通知が読み上げられた。

広告と製法の異議を見て解除したことは、主人自身が市の照会へ回答している。


「四十五枚を失ったと、おっしゃるのか」

銀樹側の代理人が尋ねた。

「いいえ。材料も作業も、まだ着手していません」


エリンは見積の原価欄を示した。

売上予定は四十五枚。かからずに済んだ直接費は二十七枚。予約取消の費用は零。

差額の十八枚が、家賃と常勤の給与を支えるために残るはずだった。


「そのうえで、比較品の確認に必要だった検査費七枚を求めます。保留された予備注文の分は、請求しません。契約前ですから」


代理人は内訳を確かめ、椅子へ戻った。

反対の立場から問い直されるのは怖い。だが、数字を大きく言わずに済むことは、エリンを落ち着かせた。


審理は一日で終わらなかった。追加の回答を待ち、双方が最後の意見書を出した。

百二日目、市は比較広告の訂正と二十五枚の賠償を命じた。この町の商事規則では、解除された契約の見込み粗利も、原因と額を立証した範囲で損害に含める、と算定書に記されていた。


霜灯が何一つ失敗しない工房だと認められたのではない。

比べられた品は違う工房のもので、その事実を知っても訂正されなかった。それが、今回の判断だった。


市庁舎の外へ出ると、トビアスがエリンの鞄を指した。

「持ちましょうか」

今日は断らずに渡した。ヨナが空いた手の方から、試作箱を受け取る。


「記録、役に立ちましたね」

「ええ。二人とも、ありがとう。マルタさんにも、早く伝えたいわ」


二人を先に帰し、石段を下りる。ルシアンには、審理の後に話したいと伝えてあった。

約束した角を曲がると、彼は本を閉じて立ち上がった。


「終わりました」

「……今日は、話せそうですか」


エリンは少し考えた。

父に何を言われたかも、二十五枚が認められたことも、話せる。けれど、まず言いたいのは別だった。


「少しだけ、一緒に歩いていただけますか」

「もちろん」


並んで歩き出すと、持っていた鞄がない分だけ、腕の振り方がわからなくなった。

ルシアンの外套の袖がすぐそばにある。それを掴む代わりに、エリンは手を一度握り、開いた。


「エッダさんが、残った職人を区別してほしいと書いてくれたんです」

「あなたのことだけではなく?」

「はい。だから、嬉しかった」


自分の勝利のために、あの工房が全部間違っていたことにしなくてよかった。

声にすると、張っていた喉がほどけた。


角までのつもりだった散歩は、橋まで続いた。

帰り際、ルシアンが「また話してください」と言った。

エリンは頷いた。今度は、困ったことだけでなくてもよいのだと思えた。

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