第26話 似た色と、違う出荷印
長机に並んだ二枚は、どちらも緑がかっていた。
八十八日目、市庁舎の調査室。片方はエリンが持ち込んだ失敗片、もう片方は取引所から調査員が封印して運んだ比較展示品だ。
現物の受け渡しの記録に、取引所の管理人が署名する。
「色が似ているのは、認めるんですね」
銀樹の北方営業所から来た代理人に問われ、エリンは頷いた。
「似ています。ですが、色だけでは、原料の配合も作った工房も決まりません」
展示品には「北方新製板」と書いた札と、細長い番号札が結んであった。霜灯の商号はない。
広告では、この札が目立たない大きさで描かれ、すぐ脇に霜灯への製法照会が記されている。紙一枚の配置で、別々のものが結び付けられていた。
「こちらが、霜灯の原料購入票です」
エリンは砂と灰の仕入日、試作日、出荷日を並べた。マルタの退火記録も置く。
ヨナは荷箱から順に資料を取り出した。見出しには、書いた者と日付が添えられている。ヨナが見聞きしていない製作の説明は、エリンとマルタの記録で行う。
「この十三枚は、納めていません。こちらの出荷票と分けてください」
あの失敗の数を、人前でまた読み上げる。
けれど、ここで隠せば、何を基準に納めたのかまで曖昧になる。
製法の事実調査を担当する組合の職人が、銀樹側へ尋ねた。
「持ち出されたという秘密は、どの工程の、何を指していますか」
代理人は、「元の責任者が同業を開き、似た色の硝子を作った」と答えた。
それでは、具体的な秘密を特定したことにはならない。エリンの資料だけで盗用が絶対になかったと決まるわけではないが、銀樹側にも主張を裏付けるものがなかった。
休憩に入る直前、ヨナが番号札へ顔を寄せた。
「親方。この数字、うちの番号には、こんなに桁がありません」
紙の見出しを作りながら、毎日見ていた番号だ。
トビアスが覗き、眉を寄せた。
「王都の取次倉庫で使う形式だ。銀樹が他所から買った板にも、同じ長い札が付いていました」
「作った窯まで、この番号で決まりますか」
調査員に聞かれ、彼は首を振る。
「俺には形式しかわかりません。倉庫の控えで照合してください」
その答えを、エリンはありがたく思った。わからない先まで断言しない。
調査員は札を写し取り、すでに提出を求めていた北方営業所の仕入控えと照合した。
翌日、取引所への搬入控えも届いた。銀樹が販売用に仕入れた他工房の見本と、番号が一致する。
さらに、エッダの書面にあった搬出日と数量も、営業所側の控えに合っていた。
「比較品は霜灯の出荷品ではありません」
第三者検査員が、受渡記録と照合結果を一つの報告書にまとめた。
その板がどう割れるかという試験結果を、霜灯の製品の性能として扱うことはできない。検査に要した実費七枚の領収書も、その場で渡された。
エリンは領収書を受け取り、展示品を見た。
板は、何も言わない。結ばれた札を外し、別の紙の隣へ置けば、見る人には違うものに見えてしまう。
だから番号を残すのだと、今はヨナにも説明できた。
休憩の間、トビアスが机の端で指を動かしていた。
「緊張しますか」と聞くと、いつもの切り出しの幅を空で測っているのだと言う。
「ここに座っている間、窯の方はマルタさんに任せきりでしょう。手を動かしていないと、さぼっているみたいで」
エリンも同じだった。記録を説明する時間を、生産を止めている損失として数えたくなる。
だが、自分たちの品の出所を答えられなければ、作るだけでは売れない。
「今日は、これを二人の仕事にしましょう。ヨナも、資料係の分は給料に含まれています」
「俺は、初めて来た市庁舎を見られましたけど」
ヨナが言うと、トビアスが笑った。緊張のせいで、若い者にまで気を遣わせていたらしい。
休憩が終わる前に、エリンは二人へ小さく頭を下げた。
「一緒に来てくれて、ありがとう」
今朝なら、親方が礼を言うようなことではない、と自分で飲み込んでいた言葉だった。
九十一日目、組合の調査結果が掲示された。
製法の盗用を示す具体的根拠はない、という内容だった。
別に、市の調査員からは、誤認を招く比較表示を認めた報告書が交付された。まだ強制の訂正命令ではない。広告主へ説明と訂正の機会を与える段階だ。
「私から持っていきます」
エリンが言うと、トビアスはすぐには頷かなかった。
「また、話を曲げられませんか」
「だから、書記に同席を頼むわ」
独りで立ち向かうために行くのではない。相手の目の前に事実を置き、その返答を、第三者にも聞いてもらうためだ。
書記は明日の時刻を帳面に記し、エリンへ確認した。
「自主的に訂正された場合も、解除された契約の損害は残ります。それでよろしいですね」
「はい。訂正とお金は、別に話します」
帰る時、ヨナが空いた試作箱を持っていた。
「捨てないで取っておくのも、仕事なんですね」
「ええ。でも、増やしすぎると工房が埋まるわ。保管期限も決めないと」
三人で笑った。市庁舎の中で笑えたのは、その日初めてだった。
報告書の封を確かめる。
今度こそ、「あとで」と言われて帰るつもりはなかった。




