↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者と父に硝子工房を追われた私ですが、辺境の堅物領主とは見積書から恋を始めます  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/36

第16話 硝子は冬を追い払わない

昼の温室へ入ったエリンは、外套を脱ぐ間もなく、ベラに西側の窓を指された。


「そこを開けて。東側だけじゃ追いつかない」


日が雲から出た途端、室内の温度が上がり始めたのだという。ベラはすでに屋根の換気口を開き、苗床の上に薄い遮光布を広げていた。

エリンが金具を外すと、冷たい風が足元を通った。葉がわずかに揺れる。


「これくらい開けば、風が直接苗へ当たらずに通りますね」

「午後はそうだね。でも午前中は、屋根の口だけで足りる。人がずっとここに張り付けるわけじゃないから、誰が当番でも迷わないようにしたい」


ベラの日誌には、時刻と気温、窓を開いた幅が細かく残されていた。昨日の試運転から、何度も書き直したらしい。

エリンは図面の余白に、金具の位置と開き方を描いた。


「この留め金に二段目の穴を作れませんか。手を離しても、半分で止まるように」

「木工班に相談します。苗をどけなくても、外から作業できる場所です」


初めて会った日に、二人で赤線を引き合った図面が、今度は同じ向きに置かれている。

完成したら終わりだと思っていた窓にも、まだ直せるところがあった。


夜は、違う調整が必要だった。

暖炉へ入れる薪を増やす前に、ベラが苗床の下を確かめる。厚い布を掛けた場所と、その端に近い場所では、冷え方が違っていた。

エリンは二重扉の下へ細い糸を垂らした。揺れていない。


「入口からの風ではなさそうです」

「なら、夜布の合わせ目だね。昼に邪魔になると思って、端へ寄せすぎた」


支えの位置を変え、布を重ね直す。

エリンは硝子の工房主で、ベラは苗の管理者だ。二人で同じ場所を見ても、気づくことは違った。


「窓を増やせば、薪をもっと減らせると思っていました」

様子を見に来たルシアンが、小暖炉の前で言った。

ベラは日誌を閉じずに答える。

「昼の光は増える。でも夜に必要な薪まで、なくなるわけじゃない。買い足す判断は早めに頼むよ」

「記録を見せてください。今の備蓄で何夜もつか、アデルと計算し直す」


誰かが失敗を隠す前に、困っていることが机に載る。

エリンはその会話を聞きながら、図面の端に小さく日付を書いた。


退職から五十二日目の朝、町に初霜が降りた。


苗床を覆う布を取る時、ベラの指が少しだけ止まった。

外では地面が白くなっている。室内も、人が薄着で過ごせるほど暖かくはなかった。けれど、布の下の葉は、張りを残して立っていた。


「……こっちは傷んでない」


ベラが葉の裏を確かめ、別の列も見る。

エリンはしゃがみ、葉へ触れる前に手を止めた。硝子のように持ち上げて検査するわけにはいかない。

隣に屈んだルシアンも、同じように指を浮かせていた。


「触っていいよ。葉を折らない程度なら」

ベラに言われ、二人でそっと土へ指を当てた。

冷たい。だが、硬く凍ってはいない。


「生きていますね」

「ああ」


ルシアンは頷き、ベラに向き直った。

「夜番の人たちにも伝えてください。皆で守れた、と」


エリンの硝子だけが苗を生かしたのではなかった。それでも、六十四枚の一つ一つが、この朝につながっている。

窓越しに入る光を見上げると、胸の奥にようやく温かさが広がった。


作業小屋で分けた焼き菓子は、片側だけ少し焦げていた。

ベラが火から離れられなかったせいだという。


「焦げていない方をどうぞ、フローレン卿」

エリンが皿を差し出すと、ルシアンは焦げた端を取った。

「私はこれで。領主館では、いつも同じ形のものしか出てこない」

「焦がしてほしければ、そう言えばいいのに」

ベラが真顔で返し、エリンは吹き出した。


笑った拍子に、ルシアンがこちらを見た。菓子の欠片が口の端に付いている。

教えるか迷っているうちに、ベラが布を投げて寄越した。


「閣下、顔」

「……ああ」


受け取る手まで真面目で、また笑いたくなる。

エリンは、自分がもう一つ菓子を取ろうとしていることに気づいた。ここへ来てから、食べるのを忘れないで済んだ朝は初めてだった。


昼前、町の学校の教師が作業小屋を訪ねてきた。

薬草や葉菜の育て方を子どもに教えるため、小さな育苗室を直したいのだという。


「宿屋の窓を見ました。今度は、うちの古い枠も見てもらえませんか」


エリンは、食べかけの菓子を置いた。

領主の温室の評判に加え、八枚の最初の仕事を、町の人が覚えていてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。