第8話 七代目
この話には、悪い人はひとりも出てきません。決まりと、触れと、ひとつの癖が出てくるだけです。
一
鎚の谷の鍛冶場に軍の荷車が着いたのは、縄綯い月の、弦の一日だった。
荷台から下ろされた木箱には、刃こぼれした剣が十数振り、藁にくるまれて並んでいた。どれも戦で死んだ兵から回収されたもので、新兵の背丈に合わせて打ち直し、また戦場へ送り返す。谷の鍛冶場は、祖父の祖父の代からその仕事を請け負ってきた。
ナギは箱の底の一振りを持ち上げて、息を止めた。
柄に巻かれた革紐の結び方に、見覚えがあった。紐の端を一度くぐらせてから、左へ引いて締める。兄のトキは子どものころから、靴紐でも荷縄でも、いつもそうやって結んでいた。
二年前の縄納めの日、兄は初めての言霊縄を受け取り、次の春に谷を出た。戻ってきたのは、小石がひとつ入った白木の箱だけだった。
「刻みが六つある」
隣で父が言った。父は剣を受け取って柄を外し、茎を炉の明かりにかざした。打ち直されるたびに鍛冶場が入れる刻みが、六つ並んでいた。
「決まりどおりなら、こいつは鍬だ。七代目は畑へ返す」
父はそれ以上何も言わなかった。けれどナギは、父がいつまでも茎を見ていることに気づいていた。六つ目の刻みだけが、ほかの五つより新しかった。
二
三日後、都から触れが届いた。
村の広場で、役人が触れ書きを読み上げた。都の大綯い堂の綯い母像に打つ釘とするため、谷にある刃物をすべて差し出すこと。七代目の剣も例外ではない。集めに来るのは、次の満の一日。
家に戻ると、父は触れ書きの写しを炉にくべようとして、手を止めた。読み上げられた触れは、紙を燃やしても村じゅうの者が覚えている。
「釘になったら、どうなるの」とナギは聞いた。
「溶かされる」父は短く答えた。「名前も、癖も、金物と一緒にな。像の中で、誰のものでもなくなる」
その夜、ナギはひとりで鍛冶場に入り、その剣を握ってみた。
構えたこともないのに、腕がひとりでに上がった。肩が開き、足が半歩さがり、知らない誰かの呼吸が胸に入ってきた。六人分の剣筋が、重なって手の中にあった。そしてその一番上で、刃先がほんの少し、左へ逸れた。
兄は生まれつき左利きで、子どものころに無理に右へ直された。だから剣を振ると、どうしても刃が左へ逃げる。笑いながら、そう話していた。
ナギは剣を下ろし、しばらく炉の残り火を見ていた。
明け方、父が鍛冶場に来た。娘の顔を見て、父は何も聞かずに、炉に炎這いを入れた。
「満の一日まで、あと三日ある」と父は言った。「鍬なら、触れから外れる」
三
打ち直しは、思ったよりずっと難しかった。
鎚を振り下ろすたびに、剣は身をよじるように跳ねた。六人分の剣筋が、まだ戦っていたいと言っていた。父の腕では押さえきれず、二日目の夜からは、ナギが鎚を握った。
三日目の夜更けになっても、刃はまだ半分しか鍬の形になっていなかった。打っても打っても、刃先が左へ逃げる。
ナギは鎚を置いて、剣に顔を近づけた。そして、谷を出る前の晩に兄がこっそり教えてくれた名前を、小さな声で呼んだ。縄名は、命を預ける相手にしか教えない。兄は笑って、「お前に預けとく」と言ったのだった。
剣が、ふっと静かになった。
次に振り下ろした鎚は、まっすぐに入った。
満の一日の朝、役人たちが鍛冶場に来た。包丁も、鋏も、古い剣も、木箱に放り込まれていった。最後に役人のひとりが、壁に立てかけてある真新しい鍬に目をとめた。
「それは」
「鍬です」と父が答えた。
役人は鍬の刃を指でなぞり、しばらく黙っていた。それから触れ書きの写しに目を落とし、「田畑の鍬は除く」と読み上げて、出ていった。
春が来て、芽割れ月になった。
ナギはその鍬で畑を起こした。初めて握るはずの鍬は、驚くほどよく土に入った。
決まりどおり、夜は鍬を縄で縛って納屋に置いた。けれどある満の夜、ナギは縄をほどいたまま、納屋の戸を少しだけ開けておいた。
月が高くなったころ、鍬はひとりでに納屋を出て、畑へ歩いていった。そして月明かりの下で、一晩じゅう静かに土を起こしていた。
朝、ナギは畑に出て、しばらく立ち尽くした。
畝はどれも、少しだけ左に曲がっていた。
ナギはその朝、曲がった畝のとおりに、霊芋の種芋を植えた。
刃の話は、ここまでです。帳面の頁が、また少し減りました。
鎚の谷の畑では、今も畝が少しだけ左に曲がっています。谷の人たちはそれを「トキの畝」と呼んで、まっすぐに直そうとはしません。
次は、刃ではなく、息で戦うものたちの話を。




