第9話 合図貝と泣き袋
刃のあとは、息の話をしましょう。
こちらの世界では、熱や力は、薪や石炭よりも生き物から借りるほうが早いのです。かまどには炎這いを入れ、重い荷は竜の息で運びます。そして戦場の音もまた、生き物から借りたものでできています。
【人間の王国】
◆合図貝
大海魔の殻から削り出した大きな巻貝。吹き方ひとつで「進め」「退け」「伏せよ」を陣の端まで伝える。貝は吹き手の息を覚えていて、ほかの者が吹いても鳴らない。吹き手が遠くで死ぬと、陣に置かれた貝がひとりでに一度だけ鳴る。その音を聞いた兵は手を止め、誰の貝かを確かめに行く。
◆泣き袋
竜の喉袋で作った袋の笛。吹くと竜の咆哮がわずかに混じり、敵の騎竜がたじろぐ。吹いてよいのは突撃の曲と、死者を送る曲だけと決まっている。送りの曲を吹くと、袋はその場で死んだ者たちの最後の息を吸い込んで膨らむ。笛吹きは袋を抱えて死者の故郷を訪ね歩き、袋は故郷に着くたびに一つずつ、その者の息を吐き出す。
◆拍子っ子
行軍の拍子を刻む少年鼓手。軍の太鼓は、叩く子の心臓と同じ速さでしか鳴らない。だから隊の歩みは、いちばん幼い者の鼓動に合わせて進む。鼓手が怯えれば隊の足も速くなるので、古参の兵は鼓手の少年にだけは決して怖い話をしない。
◆声文
霊芋の葉に声を吹き込んで家族へ送る手紙。運ぶあいだに葉は少しずつ縮み、遠い戦地からの声ほど小さくなる。書き手が死ぬと葉はその場で枯れるので、家族は知らせが届くより先にそれを知る。字の書けない兵がほとんどなので、陣中の手紙はたいていこれである。
泣き袋を抱えた笛吹きが、ひとりで街道を歩いていくのを、私は何度も見ています。袋が膨らんでいるほど、足取りは遅くなります。
次は、町の歌の話を。




