第3話 宮廷の食卓
同じ素材でも、宮廷に上がると、ずいぶん顔つきが変わります。言霊縄は詩になり、兵を倒れさせた飴は、食後の遊びになる。贅沢というのは、ときどき少し意地が悪いものです。
◆星蜜
夜にだけ飛ぶ「星蜂」が、花ではなく星明かりを集めて作る蜜。一年に小瓶一本しか採れず、晴れた夜が少ない年はさらに値が跳ね上がる。宴の最後に一匙ずつ振る舞われ、口に含むと一瞬だけ夜空の中にいるような感覚が訪れると言われる。
◆竜卵の茶碗蒸し
飛竜の卵一つで百人分を作る、宮廷晩餐会の主役級の料理。卵を手に入れるには竜の巣から盗むしかなく、密猟は重罪とされているにもかかわらず、貴族の間では暗黙のうちに取引されている。草原の騎竜の民はこれを「竜殺しより卑劣な行い」と軽蔑しており、外交問題の火種になることもある。
◆詠唱料理
言霊縄の技術を極めた宮廷料理で、料理人ではなく専属の詩人が皿の前で詩を詠み、その言葉の美しさで味が決まる。下手な詩では味が濁るため、名高い詩人を抱えることが貴族の格の証になっている。庶民の言霊縄が「食べた記憶のある味」しか出せないのに対し、詠唱料理は「誰も食べたことのない味」を生み出せるのが最大の違いである。皿の土台になるものは都の倉から運ばれてくるが、その中身を知っているのは料理番の頭だけだという。
◆時止めの果実
収穫した瞬間に時間魔法をかけ、もぎたての状態のまま何年も保存した果物。真冬に夏の桃を出せることが富の誇示となり、季節外れの果物の数で宴の格が測られる。魔法を解くのは食卓で客の目の前、というのが作法。
◆エルフ年代酒
エルフの森から献上される果実酒で、人間の貴族には数百年ものが最高級品とされる。ところがエルフにとって三百年程度は「まだ若い酒」にすぎず、献上品はいつも彼らが日常で飲む安酒だという話が、半ば公然の秘密になっている。
◆真実の塩
毒に触れると青く変色する岩塩で、貴族の食卓には必ず小皿で置かれている。毒見役の代わりとして実用的だが、それ以上に「私は狙われるほどの身分だ」という見栄の意味合いが強い品である。
◆追憶の晩餐
軍で失敗作とされた記憶飴を、宮廷魔術師が改良した嗜好品。栄養がない点は変わらないが、貴族にとってはむしろ好都合で、満腹にならずに過去の名宴の味を何度でも楽しめる食後の遊びとして流行している。兵を倒れさせた品が宮廷の贅沢品になったという皮肉は、庶民の間でよく語り草にされている。
次は、皿の解説ではなく、ひとつの話をお送りします。港町でこの話を知らない者はいません。一尺の縄と、大きな鍋の話です。




