第31話 大綯い記と名消しの碑
この国の聖典を『大綯い記』といいます。どの村の子どもも、寝物語に一度は聞かされる話です。
私もこの話は好きです。少なくとも、途中までは。
【大綯い記】
◆一の段 白
はじめ、世界には何もなく、ただ白いだけだった。
◆二の段 三本の糸
そこへ綯い母が来て、月の光と、潮の満ち引きと、竜の息を三本の糸にし、一本の大縄を綯った。それがこの世界である。
◆三の段 十三の結び目
綯い母は一年かけて、大縄に十三の結び目を作った。十四番目を結ぼうとしたところで、疲れて眠ってしまった。だから一年には、どの月にも属さない綻びの日がある。
◆四の段 人という糸
人は大縄からほつれた細い糸である。生まれるとき大縄から一本抜け出し、死ぬと大縄へ戻る。戻る前に誰にも覚えられなくなった糸は、忘れ喰いに食べられる。
◆五の段 預けた目と手
綯い母は眠る前に、世界が綻びからほどけてしまわないよう、片方の目を月に預け、片方の手を竈に預けた。目は留め月になり、手は鍋の婆になった。留め月が片目なのは、そのためである。
◆六の段 結び目の王
綯い母が眠っているあいだ、大縄を結び直す者が要る。それが王である。王は大縄の結び目であり、眠る綯い母に代わって世界を結ぶ。
この段は、古い写本にはない。初代王の時代に書き足されたのだと説いた学者がいたが、その学者の名は、今はどの帳簿にも残っていない。
【大綯い堂の宝】
◆始まりの一結び
大綯い堂の奥に納められた、世界の最初の結び目とされる縄の切れ端。これをほどこうとした者は、自分が誰だったかを忘れたという。
◆名消しの碑
大綯い堂の裏庭にある、名を消された者たちの碑。字はすべて削られ、表面は白い。夜になると、削られたはずの字がうっすら浮かぶと言われ、夜番の衛兵はこの碑の前を通るとき、目を伏せる。
◆巨像の目
大綯い堂の綯い母の巨像は、刃集めで集めた刃物を釘にして組まれていて、釘が増えるたびに少しずつ姿勢が変わる。ここ百年ほどで、閉じていた巨像の目が、ほんのわずかに開いてきた、と言う者がいる。
『大綯い記』は六つの段でできています。けれど下町の年寄りが語る話には、七つめの段があります。
六つめの段がいつ書き足されたのか、私は知っています。七つめの段が、なぜ聖典に入れてもらえなかったのかも。
次は少し寄り道をして、森の民の話を。人間の神々を、いちばん遠くから眺めている人たちです。




