第25話 月番と白木の箱
ここからは、弔いの話をします。
こちらの世界では、死んだ人の糸は天の大縄へ戻ると信じられています。けれど戻りきる前に誰にも覚えられなくなれば、忘れ喰いに喰われてしまう。ですから弔いとは、死んだ人を、戻りきるまで覚えておくための手順のことです。
戦場では、その手順がいちばん短く、いちばん急がれます。
【戦場の弔い】
◆月番の作法
戦が終わった夜、兵は倒れた仲間の口に、月干し飯を一粒含ませる。そして月の見える場所まで亡骸を運び、顔を月へ向けてやる。留め月に顔を見せておけば、ほどけるのが少し遅れ、そのあいだに家族が名を呼ぶのが間に合うと信じられている。
月の見えない谷や森で死んだ者には、誰かが代わりに月を見せに行く。その兵の兜や手袋を持って、月の当たる丘まで登るのである。この役を月番という。月番は、夜が明けるまで丘を降りてはいけない。
◆鳴き竜への鱗貨
戦の前、兵は鱗貨を一枚、空へ投げる。空と戦の神である鳴き竜に、死んだら空の道を通らせてくれと頼むのである。地に落ちた鱗貨は、誰も拾ってはいけない。
鳴き竜は、もともと騎竜の民の祖神である。敵も同じ神に祈っていることを、兵はみな知っている。戦のあとの野には、どちらが投げたともわからない鱗貨が、雪のように散らばっている。
◆野送り
戦で死んだ兵の亡骸は、家には帰らない。戦のあと、詠み司が戦場に残り、死者をまとめて天の大縄へ送る野送りを執り行う、と軍は定めている。兵は野送りに立ち会うことを許されず、その夜のうちに陣を移される。翌朝には、野にはもう誰も残っていない。
家族のもとには、白木の箱がひとつ届く。中には、その兵が倒れた場所の小石がひとつだけ入っている。
野送りの火を見た兵は、ひとりもいません。煙を見た者もいません。
鎚の谷に届いた白木の箱を覚えているでしょうか。あの小石が、どこの野の石だったのか。私は知っています。そして、その野で翌朝までに何があったのかも。
次は、町の弔いの話を。




