第22話 三度の名と月喰いの札
町の人たちには、眠る前に必ずすることがあります。
以前、忘れ喰いという神の名をお話ししました。忘れ喰いは夜にやってきます。だから町の子どもたちは、ものごころつく前から、眠る前に自分の名前を三度呼ぶように教わります。
【町の夜】
◆三度の名
寝床に入ったら、小さな声で、自分の名前を三度呼ぶ。忘れ喰いに「喰われませんように」と願うまじないである。
ひとり暮らしの年寄りは、自分の名のあとに、先に死んだ連れあいの名を三度呼ぶ。そうしておけば、少なくとも今夜ひと晩は、その人を覚えている者がいることになる。呼ぶ名をひとつ忘れた夜は、朝まで眠れなくなる、と言われている。
◆留め月
夜と死者を見張る女神。片目の女の姿で描かれ、ふだんは片目を閉じているが、満の一日の夜だけ両目を開く。ほどけかけたものを留める神で、月の光がほどけを遅らせるのは、留め月が見ているからだと信じられている。
いちばん信心が篤いのは兵である。死んだ兵の口には、月干し飯を一粒含ませて送る。
◆月喰いの札
結び初めの夜、枕の下に敷く札。紙に満月を描いておくと、その夜に見た悪い夢を、留め月が月ごと食べてくれる。翌朝、札の月がほんの少し欠けていれば、悪い夢が食べられた証拠である。
まれに、札の月がまるごと消えていることがある。それはよほど悪い夢を見たか、その年によくないことが起こるしるしだとされる。そういう年は、家の者がそろって、満の一日ごとに月を拝みに外へ出る。
◆枕元の月粥
割れた月干し飯で炊いたくず月粥を、子どもの枕元に置いておくこと。粥の青白い光が届くところまでは、留め月の目が届くとされる。迷い霊も忘れ喰いも、その光の輪の中には入ってこない。母親たちは器を置きながら、「お月さまが見てるからね」と言う。
路地で、怖がって眠れない子の枕元には月粥を置け、という言い伝えをお話ししました。あのときは、貧しい家の灯り代わりとして。今日は、その理由まで。
ひとつ申し添えますと、眠る前に名前を三度呼ぶのは、私には少しうらやましい習わしです。私の名前を呼んでくれる人は、こちらには一人もいませんから。
次は、宮廷の眠りの話を。宮廷では、夢は買うものです。




