第21話 夢番と歩き寝
ここからは、眠りの話をします。
先に白状しておきますと、私は眠ったことがありません。眠らず、忘れず、ただ見ています。ですから私にとって、眠りの話は味の話と同じです。見ることはできても、知ることはできないものの話です。
こちらの世界の夢は、見た人のものとは限りません。渡すことも、預けることも、売ることもできます。まずは、兵たちの夜から。
【陣の夜】
◆夢番
夜の見張りのこと。王国軍の陣では、見張りは番鐘がひとつ鳴るごとに交代する。見張りは目を開けて立ったまま、浅い夢を見続けるのが務めである。夢の中で聞こえた足音や羽音は、そのまま敵の気配として受け取られる。
交代のとき、見張りは次の者の額に自分の額を当てて、それまで見ていた夢を渡す。夢は一晩で陣地を一周し、明け方、最初の見張りのもとへ戻ってくる。そのころには夢の中に、見張りに立った全員の故郷が混ざっている。知らない海辺の家で、知らない母親が、自分の名を呼んで手を振る。古参兵はこれを「陣の朝夢」と呼ぶ。戦の前の晩ほど、戻ってくる夢は長くなるという。
◆歩き寝
退却のとき、兵は歩きながら眠る。眠った者の足は、腰の言霊縄に引かれて隊列についていく。縄が、持ち主の歩いてきた道を覚えているからだ。
縄を失くした者は、眠ったまま隊列を外れていく。朝になって数えると、何人か足りない。探しに戻ることは、退却の決まりで許されていない。
◆迷い霊
輪郭のぼやけた人影。顔だけが、どうしてもはっきりしない。
誰にも探されなかった死者が、ほどけきる前に、生きている者の記憶を少しずつ盗んで、ほどけるのを先延ばしにしている姿だとされる。退却の道筋には、とくに多い。月の光の中には入ってこられないので、兵は野営のとき、なるべく月の当たる場所で眠る。月干し飯を一粒持っている者にも、迷い霊は憑けない。
退却の道で迷い霊に出会っても、顔をのぞきこんではいけない、と兵たちは教えられる。のぞきこんだ顔が、昨日まで隣を歩いていた誰かのものだと、わかってしまうことがあるからだ。
一番はじめに、月干し飯を持つ者は迷い霊に憑かれない、という兵の言い伝えをお話ししました。効き目のほどは定かではない、とも書きました。今は、少しだけ定かになりました。
腰の縄は、兵にとって荷縄であり、汁のもとであり、帰り道の案内でもあります。その縄を失くした者がどうなるのかは、今日お話ししたとおりです。
次は、町の人たちの眠りの話を。




