第19話 不老の丹と黒い薬
宮廷の薬は、よく効きます。ためらいなく、たちどころに効きます。
ただ、こちらの世界のものは、消えるのではなく、どこかへ移ります。こちらでは止めた時間は消えない、とお話ししました。また、宮廷の蔵に止めた時間が溜めこまれていることも。今日の話は、そのつづきとして読んでいただければと思います。
本文
【宮廷の秘薬】
◆不老の丹
時止めの術を練りこんだ赤い丸薬。詠み司が百夜かけて、ようやく一粒を練り上げる。飲んだ者の体の時間はゆっくりになり、王は百年を越えて若いままでいられる。
ただし、遅れた分の時間は消えない。押しやられる。宮廷に伝わる古い処方には、一行だけ、こう書き添えられている。「丹の一粒ごとに、都のいずこかにて、誰かその分だけ早く老ゆ」。それが誰なのかは書かれていない。宮廷は、それを調べたことがない。
◆王の手
こちらの一年は十三の月でできているが、そのどれにも属さない日が、年に一日だけある。綻びの日と呼ばれ、暦縄にも結ばれない日である。
この日、王は大綯い堂の石段に立ち、並んだ病人の腫れものに、ひとりずつ手を触れる。触れられた腫れものは、その場で跡形もなく消える。民は王の手を「大縄の結び目の手」と呼んで拝む。
消えた腫れものは、ひと月ほどのうちに、都の下町の誰かに同じ形で現れる。宮廷はこれを「移った」とは言わない。「新たに生じた」と言う。
◆黒い薬
宮廷の奥でだけ使われる秘薬。古い亡骸を砕いて練ったもので、飲むと、亡骸の持ち主の力や覚えていたことが、ほんの少しだけ手に入る。剣を握ったこともない若い貴族が、これを飲んだ翌朝、古参兵のような手つきで剣を構えた、という話が残っている。
宮廷はこれを「遠い国の、古い王たちの亡骸」と説明している。確かめた者はいない。黒い薬は、黒い札で口を封じた壺に詰められ、年に何度か、荷車で都へ運ばれてくる。
下町の夏の熱を覚えておいででしょうか。都の蔵に近い町ほど、よく出る熱でした。私からは、それ以上は申しません。
黒い薬の壺がどこから来るのかも、私は見ています。ただ今日は、鎚の谷に帰ってきた白木の箱に何が入っていたか、それだけを思い出していただければ十分です。
次は、ひとりの見習い軍医の話を。




