第18話 置き薬と十の葉
町の人たちの薬は、信用で回っています。
それから、ひとつ前の話のつづきを。以前、物は誰にも覚えられなくなるとほどける、とお話ししました。そして前回、人もそうだとお話ししました。では、死んだ人はどうなるのか。
人が死ぬと、その人の暦縄の結び目は、ひと晩のうちに少しゆるみます。家の者は、朝いちばんにそれに気づきます。死んだ人の糸は天の大縄へ戻っていくのだと、こちらでは信じられています。ただし、戻りきる前に誰にも覚えられなくなった糸は、忘れ喰いという神に食べられてしまう。だからこちらの人たちは、死んだ者の名を、なかなか口から離しません。
【町の薬】
◆置き薬
薬売りが家々に置いていく木の箱。中には正竜丸、十の葉、熱さましの粉などが入っている。家の者は使った分だけ、次に薬売りが来たときに払えばいい。薬売りは一年に二度、同じ道をたどって同じ家を回る。
箱は、その家の者がかかった病を覚えている。薬売りは蓋を開けて匂いをかぐだけで、誰がどこを患い、どのくらい治ったかがわかる。払いが遅れても、薬売りは箱を引き上げない。「払えない年の箱ほど、引き上げてはいけない」と、薬売りたちは言う。
箱が覚えているのは、病だけではない。家の者がひとり死ぬと、箱は半年ほどかけて、その人の病を少しずつ忘れていく。忘れかけた箱を見つけると、薬売りは黙って、蓋の裏に小さくその人の名を書き足していく。古い家の箱の蓋の裏は、名前でびっしり埋まっている。
◆十の葉
どこの家の裏にも干してある草。煎じて飲めば、腹くだし、咳、腫れもの、虫刺されなど、十の病に効く。
ただし、その家の誰かが十一番目の病にかかると、干してある十の葉は一晩で残らず枯れる。十一番目の病が何なのかは、誰も知らない。わかっているのは、十の葉が枯れた家では、遠からず誰かが葬られるということだけだ。
◆名呼び
十の葉が枯れた夜、家の者が病人の枕元に集まり、朝までその人の名を呼び続けること。近所の者も、灯りを持って戸口に立つ。薬にはならないが、町の人はこれをいちばんの手当てだと考えている。
十一番目の病が何なのか、私は書きません。
ただ、ひとつだけ。名呼びをした家では、葬ったあとの暦縄の結び目が、ほかの家よりずっとゆっくりゆるみます。薬売りの箱も、なかなかその人を忘れません。
次は、宮廷の薬の話を。宮廷の薬は、町の薬とちがって、どれもよく効きます。




