第1話 兵の荷袋
兵の荷袋をのぞいてみましょう。もっとも私には、どの袋の中も、はじめから見えているのですが。
軽いこと。腐らないこと。湯で戻せること。塩が取れること。どこの兵も、この四つを目指して工夫しています。そして、その土地で手に入るもの——月の光、鉱石、竜、海の魔物——が、そのまま袋の中身になる。食べ物というのは、そういうものです。
【人間の王国】
◆月干し飯
炊いた米を満月の夜に三晩さらして乾かしたもので、王国軍の基本の携帯食。月光を吸った米粒はうっすら青白く光るため、灯りを使えない夜襲のときでも袋の中で手探りせずに済む。兵の間では「月干し飯を持つ者は迷い霊に憑かれない」と言われているが、効き目のほどは定かではない。
◆火打ち味噌玉
味噌に干し野菜と、炎這いの尾の粉を練り込んで丸めたもの。炎這いは人の顔ほどある羽のない竜で、その尾の粉は水に触れると熱を出す。おかげで水に落とすだけで玉が自ら発熱し、火を焚かずに温かい汁物が作れる。煙を上げられない斥候部隊には欠かせない品だが、量を間違えると椀ごと沸騰して大惨事になるため、新兵が最初に教わる失敗談の定番になっている。
◆言霊縄
霊芋の茎を味噌と神酒で煮しめて編んだ縄。普段は荷縄として使い、食べるときは一尺ほど切って湯に入れ、作りたい料理の名を唱える。「豚汁」と唱えれば豚汁の味に、「けんちん汁」と唱えればけんちん汁の味に変わる。ただし唱える者が食べたことのない料理は再現できないため、貧しい村出身の兵の縄はいつも同じ味しかしないという、少し切ない話も残っている。なお、戦で死んだ兵の縄は、軍が一本残らず回収する決まりになっている。
【森と山の種族】
◆石パン
ドワーフが鉱石の粉を混ぜて焼き上げるパンで、一枚で三日は腹が持つ。ドワーフ以外が食べると歯が欠けるほど硬く、人間の傭兵の間では「食料ではなく砥石」として扱われている。実際、刃物を研ぐのに使うと驚くほどよく研げるので、ドワーフ軍と共闘した部隊はこれを交換品として欲しがった。
◆露葉包み
エルフが朝露と花蜜を夜通し葉の上で煮詰め、銀樫の葉で包んだ小さな菓子。一つで一日分の力が出るとされる。ただし人間が続けて食べると時間の感覚が薄れ、「一晩休んだつもりが七日経っていた」という事件が何度も起きたため、人間の軍では一日一包までと定められている。
【草原と海の民】
◆竜干し
騎竜の民が、倒した飛竜の肉を乾かして粉にし、その竜自身の胃袋に詰めたもの。袋一つに竜一頭分が収まると言われ、湯に溶かすと百倍に膨らんで濃いスープになる。遠征の速さはこの軽さに支えられており、敵国からは「奴らは補給隊を持たない」と恐れられた。
◆潮漬け触手
海賊たちが大海魔の触手を塩漬けにしたもの。塩に漬けても何週間も動き続けるのが特徴で、船乗りの間には「動かなくなったら腐った証拠」という見分け方が伝わっている。味は良いそうだが、夜中に樽の中で暴れる音に慣れるまでが大変だという。
【砂漠の傭兵団】
◆嘆き果
梅干しに似た、極端に酸っぱい赤い実の塩漬け。口に入れると誰もが涙を流すほどで、砂漠の傭兵はその涙を舐めて水分を少しでも取り戻すと言う。見るだけで唾が湧くので、隊長が「この先に嘆き果の林がある」と言って行軍を続けさせる古い策も知られている。
【失敗例として語られるもの】
◆記憶飴
魔術師ギルドが開発した、御馳走の味と満腹感だけを封じ込めた飴。軽くて大量に運べるため一時は採用されたが、栄養はまったくないため、兵たちは満足げな顔のまま次々と倒れていった。以来「記憶飴を配る」は、見かけだけの施策を皮肉る言い回しになっている。
記憶飴の話は、ここで終わりではありません。この飴とは、宮廷の食卓でもう一度お会いすることになります。




