第15話 初代王と始まりの詠み手
以前、誰にも覚えられていない物はほどけていく、とお話ししました。じつはこれは、物だけの話ではありません。人もまた、誰にも覚えられなくなると、少しずつほどけていきます。影が薄くなり、話しかけても顔を覚えてもらえなくなり、やがていなくなります。反対に、大勢に覚えられている人は、なかなかほどけません。宮廷の英雄の話は、ここから始まります。
◆初代王
この国の最初の王。王になる前は、ただの一族の長だったという。彼は町から町へ歌い手を送り、自分の名を織り込んだ歌を、待ち歌から綱曳き歌まで、あらゆる歌に混ぜていった。何十年かののち、国じゅうの誰もが彼の名を知るようになったとき、彼は王になった。皆に覚えられた者は、ほどけないからだ。それから何百年も経つが、初代の王は死んでおらず、大綯い堂の奥で眠り続けている、という噂がある。
◆始まりの詠み手
国の教えで最も尊ばれる聖者。大きな飢えの年、たった一つの霊芋を前に詠み続け、都ひとつを四十日のあいだ食べさせた。これが最初の詠唱とされる。詠み終えたとき、誰も彼女の名を思い出せなかった。自分の名を詠唱の材料にしたからだという。宮廷は「名を捧げることこそ最上の献身」と教え、詠み司たちは今も、名を持たない彼女に祈る。
◆名消し
この国で最も重い罰。罪人の名を、あらゆる帳簿と縄から消し、その名を口にすることを禁じる。消し役と呼ばれる役人が白い墨の壺を提げて国じゅうを回り、帳簿の名を塗りつぶし、名の結ばれた縄を焼く。誰にも覚えられなくなった罪人は、生きたまま少しずつほどけていく。この国で、死よりも恐れられている罰である。
初代王の名を私が書かない理由が、これでおわかりいただけたと思います。名前は、書かれるたびに、覚えられるたびに強くなります。
それから、名を消された人たちのことも、少しだけ。消された名前は、本当に消えてしまうのでしょうか。私は、そうは思っていません。
次は、子守歌の話です。




