第13話 千縄のカグナ
ここからは、人の話をしましょう。
こちらの世界で「英雄」とは、いちばん多くの人に覚えられている者のことです。強さや手柄よりも、どれだけ多くの口に名前がのぼるかで決まります。だから英雄は、兵と、町の人と、宮廷とで、まったく違う顔ぶれになります。まずは、兵たちの英雄から。
◆結び初めのユイナ
ずっと昔、村々が次々とほどけて消えていった年があった。ユイナという娘は、千の夜のあいだ一度も眠らず、村じゅうの者の名を、毎晩ひとりずつ縄に結び続けた。千一日目の朝、まわりの村がすべて消えたなかで、ユイナの村だけが残っていた。それが最初の暦縄だと言われる。今も結び初めの夜には、家族そろってユイナの名を一度だけ唱える。「千の夜」は、やり遂げることのたとえである。
◆歩き鍋のオルド
背中に大鍋を背負い、火を一度も絶やさないまま大陸を一周した料理人。通った町すべての味を鍋に足し、四十年かけて港へ戻ってきた。その鍋は、旅のあいだ一度もほどけなかったという。最初の千年鍋である。鍋そのものは失われたが、汁は港町の鍋に一滴ずつ分けられ、どの港の千年鍋にもオルドの汁が入っているとされる。旅人が宿に着くとまず千年鍋の年を聞くのは、オルドの鍋につながっているかを確かめるためだ。
◆刻盗人のリオ
都の下町の盗人。宮廷の蔵に忍び込み、金でも宝でもなく、時を盗んだ。宮廷の蔵には、時止めの術で止められた時間が溜め込まれている。リオはそれを盗み出し、下町で死にかけていた子どもたちに分け与えた。のちに捕らえられ、名前を消されたが、下町の子守歌の中で、今も誰かがその名を歌っている。「リオに分けてもらった」は、命拾いをしたときの言い回しである。
千年鍋の宿を、覚えているでしょうか。港の外れの坂道に傾いで建つ宿の、大鍋の取っ手に結ばれた、数えきれない紐。そのいちばん古い一本が、カグナの紐です。あの鍋は、三百年前のある夜に始まりました。
次は、町の人たちの英雄の話を。




