第12話 十二の息
泣き袋を抱えた、ひとりの笛吹きの話です。届け物の話、と言ったほうがいいかもしれません。
一
峠の戦が終わった夜、笛吹きのセンは、雪の上に立って送りの曲を吹いた。凍て潮月の、いちばん寒い夜だった。
吹くにつれて、腕の中の泣き袋が膨らんでいくのがわかった。ひとつ、ふたつ。センは数えながら吹いた。隊の死者は十一人だと聞いていた。
袋が息を吸い終えたとき、センは笛から口を離して、しばらく動けなかった。
十二あった。
数え違いかもしれない、とセンは思った。雪の夜は、誰が倒れて誰が立っているのか、わからなくなることがある。けれど袋は、確かに十二人分の重さで、腕にずしりと沈んでいた。
笛吹きの務めは、袋の息をすべて届け終えるまで終わらない。翌朝、センは隊長に名簿の写しをもらい、袋を抱えてひとりで街道へ出た。
二
一つめの息は、川沿いの粉屋の村で吐き出された。
戸口に立つと、袋がひとりでに震えて、細い声が漏れた。「親父、水車の軸、替えとけよ」
粉屋の主人は笑った。それから戸口に座りこんで、長いあいだ泣いた。
二つめは港町の網小屋で、三つめは山あいの炭焼き小屋で。ある家では「ごめん」とだけ聞こえ、ある家では犬の名前をひとつ呼んだだけだった。最後に言えなかった言葉は、たいていとても短い。センは家を出るたびに、名簿の名前にひとつずつ線を引いた。
芽割れ月が過ぎ、長日月が来るころには、十一の名前すべてに線が引かれていた。
けれど袋は、まだ少しだけ膨らんでいた。
残ったひとつは、どの村でも、どの町でも出ていこうとしなかった。名簿を何度見直しても、もう訪ねる家はない。
ある晩、宿の寝床で、センは袋に耳を当ててみた。かすかな息の音の奥で、知らない言葉の響きがした。
三
国の外れ、草原の入り口まで来たとき、袋が初めて強く震えた。
見上げると、空の高いところを一頭の飛竜が渡っていくところだった。センは腕の中のものを見下ろした。泣き袋は、もともと竜の喉袋で作られている。
峠の戦の夜、送りの曲は、雪の上に倒れていた者すべてに届いていたのだ。敵の死者にも。
騎竜の民の天幕にたどり着いたとたん、センは槍に囲まれた。言葉はひとつも通じなかった。センは袋を地面に下ろし、黙って送りの曲を吹いた。
天幕の奥から、ひとりの女が出てきた。袋が、その女の前で大きく震えた。
吐き出された息は、センの知らない言葉を、ひとつだけ言った。
女は膝をつき、空を見上げた。しばらくすると、草原の向こうから一頭の竜が低く飛んできて、女の頭の上を三度回った。背に鞍をつけたまま、乗り手のいない竜だった。
その夜、センは天幕で、羊の乳で炊いた粥を食べさせてもらった。言葉は最後まで通じなかった。別れ際、女はセンの手に竜の鱗を一枚握らせて、何か短く言った。礼なのか、二度と来るなという意味なのか、センにはわからなかった。
帰りの街道で、センはときどき、空になった袋に耳を当てた。もう何も聞こえなかった。
それでも袋は、来たときよりも、少しだけ重かった。
歌と楽器の話は、ここまでです。帳面の頁が、また少し減りました。
あの息が騎竜の民の言葉で何と言ったのか、私は知っています。竜の名前でした。乗り手は最後に、自分の竜を呼んだのです。
ついでに、ひとつ。兵たちは年を、大きな戦の名で数えます。「峠の戦から二年」というように。この話の峠の戦も、もう誰かの年の数え方になっています。
次は、名前の話をします。覚えられた人たちと、消された人たちの話です。




