お節介婆の思惑は。(修学旅行編その9――2日目)
正月早々、未羽が険悪な感じですみません。気になる方は後日お読みくださいませ。
東京方面だと夢の国に行く日にあたる三日目は、大阪の某有名なテーマパークに行くことになっている。
今日もこめちゃんと遊くんは絶好調で二人して突っ走っていき、俊くんが「二人とも!最初に乗りたいって言ってたやつ、そっちの方向じゃないよ!」と追いかける。それを「あいつはいつも一人であの二人のお守りをしているんだな……」と言いながら鮫島くんがフォローし、「結人はああいう不憫なお世話タイプも放っておけないんだよねぇ。君恋にいたらあいつはげてたんだろうなー」と斉くんがのんびりと呟いている。
あとの私たちは先行組を追いかける形でついていくのだが、これだけたくさんの人がいる中に攻略対象者様方と突っ込むわけだからそりゃあもう。
写真を勝手に撮られているわ、一緒に写真撮ってほしそうな顔をするわ、さりげなくずっと後ろからついてきて同じアトラクションに乗ってくるわ。
こんな状況でも周りの人たちが一斉に迫ってきたりしないのは、三馬鹿が私たちの周りで護衛をしているからだ。
「近づかないでくれッス!」
「後ろに下がってー」
彼らもちゃんと私たちに着いてきていたんですよ今回も。語り忘れていただけで。
「それはそれとして。ねぇ桃」
「なんすか?女王陛下」
「なんで全員黒スーツにサングラスなの?もしかして要人警護のイメージ?」
「気づかれたとは流石なんす!」
不自然すぎて気づかない方がおかしい。
「気分の盛り上げにはいいと思ったッス!」
彼らはただの補助員で下僕であってボディーガードでは断じてない。ちなみに、彼らは登場時に秋斗と冬馬くんにボコボコにされている通り、警護対象より弱い。
だが彼らの恰好は意外と役に立った。
「なぁなぁ、あの人たちげーのーじんちゃう?」
「そうかぁ?制服やで?修学旅行生やろ?」
「でも周りに黒服おるで?あれ、ボディーガードやないん?」
「まじで?ほんまもんのボディーガード初めて見たぁ!かっこええなぁ!」
一切声を出さないことでクールっぽさをアピールしているが、内心は「お、俺っちらが注目されてる!天国行ける!!」「あぁ誰か蹴り飛ばしてくれないかなぁ」「ちぃ、おいらここまでの地位になったんすよ!」とか思っているに違いない。
口元がぴくぴく動いてるからお見通しなんだからね。
「なぁ写真撮ってええ?顔曝すのはあかんの?」
「すんません」
すみません、といいながらちゃき、とサングラスをとったのは強面の桃だ。
曝す気まんまんじゃないの!
「うはぁ、顔ごついで!!」
「ほんまや!ゴリラにしか見えん!さすがボディーガードさんやなぁ!」
「おもろいで!みんなこっち来て見んー??」
猿と雉だと貧相さが露呈するから取れないんだろうけど、取りたくてうずうずしているのは見たら分かる。手がさっきから髪をいじる方にばかり向かっている。
「さ、あいつらが惹き付けている間に行こうぜ?とっとと!!」
「あれ、惹き付けているっていうんですの……?見物、ですわよね……?」
ものは言いようなんだよ、京子。
三人がそれなりの役得で一部を引き離してもなお、かなりの人数が付いてきた。ついてくるどころか彼らが捨てたゴミまで拾っているところを見たときは背筋が凍った。
「あのさ、……あれ、気にならないの?」
「何が?」
「自分が捨てたティッシュとか割りばしとか拾われて大切に保管されてるかもとか考えたら気持ち悪くならない?」
「雪、人が考えないようにしてたことに突っ込んでくるなお前は!」
全身羽を抜かれた鳥状態になった雹くんに対して雨くんは冷静だった。
「捨てたものですからね。そんなもの気にしても仕方ないですよ。」
「俺も同意見。慣れたというと悪い言い方だけど気にしてたら身が持たない。」
達観した様子の冬馬を見るに、おそらく初めてじゃないんだろう。イケメンすぎるというのも苦労ものだ。
「それに、そんなものを拾うことに熱心になるような女性に男子が気持ち悪いと思わないわけないでしょう?そんな性癖なんていつかどこかではバレるものです。自分の品格を自分で落としているなんて逆に哀れですよ」
にっこりと笑って心なしか大きな声で言ったところを見ると、雨くんでも不快なことは間違いないんだろう。あえて聞かせるように言っているところが流石の腹黒。
「あ。明美さんならいいんですよ?拾って間接的に俺への愛を示さずとも直接構い倒しますから」
「ちょっと一緒にしないでよ!そこまで落ちたりしないわ!だ、大体私には近くに本人がいるんだし!雨、なんかそーゆーの不快だったら私が本人に直接ガツンと言ってやるから言ってよね?」
「あぁもう、これだから好きなんですっ!俺の彼女は凛々しいでしょ?ほらほら!雹!!ね、京子さん!」
「うわぁ!雨、人前っ!!」
「あーはいはい。お前らのおかげで鳥肌収まったわ」
「微笑ましいですわね」
「明美も言うようになったわねぇ」
雨くんがいつもの通り明美に抱きつき、それを雹くんと京子が見守っている隣で、未羽は今日もにやにやとカメラを構えている。その様子は、とてもいつも通りとは言えないものだ。気づいてしまったから余計に目立つのかもしれないが、今日の未羽はちらとも俊くんの方を見ない。普段から作用範囲360度でイケメンレーダーをフル稼働させ、みんなを視界にいれている未羽にしてはあり得ない行為だ。
これはきっと私が言ってしまったせいなんだろうな。しかし、そうと分かればそれを放置しておくわけにはいかない!
「ね、冬馬」
「ん?どうかした?」
昨日の一件でつもりに積もった感情を爆発させられたおかげか、ようやく動悸がましになった私は冬馬と二人だけで話すことも出来るようになった。昨日の冬馬の色気を発揮されたら元の木阿弥だろうけど、 冬馬も色々と抑えてくれたみたいだから一安心だ。
「ちょっとお願いしたいことがあるんだけど、いい?」
「何?」
「こめちゃんのお守り、手伝ってあげて欲しいんだ」
「まぁそれはいつものことだしいいけど……いきなりどうかした?」
「ちょっとね。秘密!」
にんまりと笑うと、冬馬は無言で頬を突っついてきた。
「ちょっ。何をする!」
「何考えてんのかは雪の行動から当てることにするよ」
「じゃあなんでぷにってしたの?」
「んー。秘密にされたからうっぷん晴らしみたいなもん?横田の顔が崩れてるし、さっさと行こうか」
振り替えると未羽が国民的人気の某幼稚園男児と同じくらいにやにやしていた。
誰のためだと思ってるのさ。あとで「雪様ありがとう!」と思わせてやるからね、未羽!
そのあとは私がこめちゃんダッシュに適度にセーブをかけ、時には刺激して、なんとか俊くんと未羽が同じ空間にいられるように努力した。アトラクションで隣になるようにしたり、待つ列でも隣にさせたり、話に二人を無理矢理巻き込んだりした。
それはもう、露骨なくらいに。
「なぁ雪」
「何?」
「大体読めたんだけど、さっきから横田が雪を見る目に殺意が混ざってる気がしないか?」
「いいの。わざとだから」
「わざと?あいつを怒らせるのが?」
「それが狙い。冬馬には迷惑かけちゃうけど手伝ってくれる?」
お願い、と手を合わせれば、無茶するなよ、とだけ言ってそれ以上突っ込まずにぽん、と頭に手を置いてくれた。
夜になり、このテーマパークの名物のゾンビ行進が始まった。パークの九割くらいをゾンビの恰好をした人たちが歩き回り、お客さんにいきなり縋り付いたり猛然と迫ってきたりするあれだ。服装やメイクに運営側の気合が入っている上、演技力もなかなか、照明なんかも見事に夜闇に赤い光なんかを当てているから迫力満点だ。
お節介婆になりきっている私は当然、未羽と俊くんをセットにしてゾンビの方に押しやってみた。ゾンビ軍団はあの、よたよたしているくせに無駄に速い動きで未羽にすがりついたが、未羽はひどく冷たい目で、「化粧とか服につけたら弁償してもらいますから。制服汚れるの困るんで」とだけ言ってあしらっている。
お化け屋敷でも叫ばなかった未羽が怖がるとは思わなかったが、私への怒りで余計に冷静になっているようだ。荒ぶる未羽の怒りの矛先が向いたゾンビさんたち、すみません!
俊くんの方は動じない未羽に苦笑しながら、怖くて縮こまりながら泣いているこめちゃんを宥めていた。
そうこうしてホテルに帰ってきたその直後のこと。
「ちょっと雪、顔貸しなさいよ」
予想通り怒りすぎて無表情になった未羽が私を睥睨する。雹くんたちの部屋に集まって遊ぼうとしていたところに私に向かってきた未羽の剣幕に、ただ一人、「あぁやっぱり……」と呟いている冬馬を除く全員が固まった。
「い、や、だ」
「ほう?じゃあここでもいいわ。昨日言ったわよね?余計なことするなって」
「言ってた?私耳遠いから」
「あんたは私との距離感を分かってる子だと思ってたわ。だけどもういい。私、あんたと関わるの面倒になった。今度からは別行動でよろしく」
全く笑わない未羽がみんなの前で私を冷たく見下ろし、踵を返した。




